サラルート〜ミソギとケジメ【前篇】誰よりも私自身が幸せになってはいけないのを分かっているのです

 何だろう?誰かの夢を見ていた気がする。

 長い、なが~い、夢


 私の…私達の信じていた信仰もの、神と呼ばれる祈り

 それは光り輝く塔となり、やがて人の姿を模して救済は始め、人は皆、祈った


 しかし、何処からかやってきた化け物が、我々の神の前に立ち…破壊した、信仰は無惨にも霧散した。


 神に従う天使達を叩き落し、羽を引き千切り、最後は巨大な拳による殴打で消失していく

 

 光の神を信仰していた天使、人、生き物、植物まで全て殴打して消失させた


 悲鳴をあげながら逃げ回り、殴打され消え失せる


 この惨状を眼前にして…女王たる私は逃げ出した


 逃げながら思い出す…何故この様な惨状になったのか?私を信じた民は、私や民が信じたものは、大事なものは?

 信仰、そして民、街、城、王国

 これから全て消失する、手に入れたもの全てが。


 私が…流され、間違えを重ねてきたからだ…

 何度も何度も繰り返した。繰り返しては同じ過ちを繰返す。

 無知だからじゃない、これはきっと…私の本質だ。

 

 



 幼い頃からバラが好きだった。


 周りは皆美しく品が良かった、憧れる。

 それにひきかえ…私は…

 近隣の国の姫や貴族に比べて劣る顔や才覚、社交性…誰をとっても劣り、何も優れたものが無かった。

 皆、社交界ではあんなに綺羅びやかなのに、周りを貶める棘を隠し生きる…その様に生きれたら…いつしかその生き方に反発した。

 正直に生きる、妥協しない、嘘をつかない。

 だから気に入らないものは全て無視した。


 そんな態度の私に、親である王は呆れ、后は見捨てた。

 だから、美しくも剝き出しの棘のあるバラが好きだった。

 正直に生きる、誇り高く生きる、棘があっても仕方ない事。

 だけどそれだと敵ばかり増えて上手く行かなかった。


 近くの森にバラの群生地があり、よく一人で遊びに行って怒られた。

 近くの森にタタロという龍がいるから近付くなと。

 いっそ会ってしまえば、タタロに食べられてしまえば…楽になれるかもと思い探した。


 それはいた、とても臆病で静かな心。それは争いとはかけ離れた…

 龍のタタロはバラの園にいた。

 頭の大きく傷だらけ、手足が短い歪な形。

 バラを臭っては顔を傷つけ、動けば身体に傷をつけていた。

 それでも笑っているような、嬉しそうにしていた。


「私もバラが好きなんですよ?貴方も?」


 言葉なんか通じる筈ないのに話しかけた。

 しかし、まるで『そうだよ』と言うように私のオデコにキスをした。

 社交界の殿方よりずっと紳士だった。恋をした。


 それから一緒にいた、バラの園に、ずっと一緒に。

 私もタタロもバラが好きだった、でも私は少しずつ…バラが嫌いになっていった。

 大好きなタタロを傷つける…タタロを好きになる程、そんなバラが嫌いになっていった。



 ある日、私にお見合いの話が来る。

 何処かの国で宰相をやっていたという。

 王子がいなかった私の国は、どうしても国を存続させる為にとった手段だった。

 

 最初は嫌だった…別にお見合いの相手が嫌な訳じゃない。王家に生まれた以上仕方ない事なのは理解している。

 ただ、タタロとの時間を奪われるのが嫌だった。

 正直に気持ちを伝えると男は言った。


「だったら捕えて飼えば良いじゃないですか?」


 それが正解か分からない…だけど私は…一緒にいたいから、ずっと一緒に。

 それが正しいと思い兵を差し向けタタロを捕えた。

 

 バラ園から出されたタタロは悲しげな目をしていた。

 後から聞いた…バラ園を燃やし、炙り出して罠に嵌めたらしい。

 そんな事も知らず会いたかったとタタロを抱きしめた。

 タタロは元々優しい生き物だったんだろう…それが私の指示であったとしても私を殺さなかっただろう。

 それに…バラをタタロが好きだから…少し嫉妬していたから…

 ただ優しい目で私をジッと見ているだけだった。



 そこから世界は急転する。

 隣国や自国の民がこぞって信仰する教義が広まる。それは光と言われた。


「愛し、愛され、皆が光によって1つになるべきだ」


 私の夫となり、我が国の宰相となった男。

 その男に私は狂っていた。正確にはその信仰に。

 そして国が乗っ取られてるとは思わなかった。私も光を深く信仰した。


 その時もタタロの目は優しかった。


 私は仮初めの女王となり傀儡として国をまとめた。

 国をまとめていたのは光の教え。

 そもそもこの国には急速な流れに対応できる人材なんておらず、法もあってないようなものだから。

 

 

 国が大きくなった時、大きな戦争があった。

 異能、異形、蛮族、猛獣、人の枠を外れた化物。

 軍を再編し、教義を深く信仰していた私の国は強かった。

 私の国は教義の中にある目的を遂行する。


【かの者達は闇である、その上に立つのは絶望を統べる者、そして破壊そのものである闇を払うべきである】


 海の向こうからやってくる。遠くに見える青白い炎。


【不知火】


 無から生まれし復讐の狼煙。詩うような呪詛、憎しみの奏でる音。


【聖堂】


 私は狂信的に、その闇と敵対した。

 【光】を信仰しない国を批判し、軍勢を持って潰した。

 我々はその闇と呼ばれる者達を滅ぼした。

 宰相と【光】から送られてくる使徒と共に。

 信仰を強めると、その分だけ力を手に入る。

 私を蔑む者、侮る者、見下す者は居なくなった。


 タタロは少し悲しい目をした…何で?

 

 そして…時が飛んだ様な気がして…バラバラの景色の中でいつも此処に辿り着く。

 私が逃げ回る、現実から、責任から。


 何者にも縛られない。本能とは思考する事、悲しみと喜びを叫ぶ魂達がやってきた。


 空を飛ぶ膨らんだ魚の様な、巨大な方舟【天照】

 魂に訴える悲しみと歓びを無限に繰返す【絶望】

 何者にも縛られない、無限大の破壊衝動【破壊】


 戦いにならなかった。我々、人は地を這う蟻。


 光の使徒達ですら蝿を払うように落とす。


 その時、まるで我々の肉体が消失すると同時に、その魂を吸うように光の柱が立つ。

 光の柱と巨大化した破壊が暫く対峙したが…

 突然、破壊が自分の頭に乗っていた【絶望】を自分の股あたりに押し込み…

 宙を飛ぶ方舟【天照】で光の柱を殴り始めた。


 そこからは地獄…光の柱は消え、天使達は方舟による振り回しに巻き込まれ消失し、数え切れない拳が我々、人を襲う。

 軍は消え、民も消え、宰相も消え…


 私はタタロを戦場に連れてきていた。

 格好良い私を見て欲しいから、だけど見られていた姿は泣きながら逃げ惑う姿…それでも最後はタタロにすがった。

 

 タタロは私を背負って城まで逃げた。

 逃げたのはタタロを閉じ込めていた地下牢、そこにはバラが咲いていた。


「タタロ…私は間違えていたのかな?バラを好きでいれば…タタロを捕らえなければ良かったのかな?」


 それからタタロはずっと側にいた。私は言い訳を繰り返しては寝て…起きたらまた不満を洩らしていた。


「誰も何も認めてくれない。何で私だけがこんな事に」


 城には誰もいない、タタロは優しい目でずっと聞いてくれた。


「でも、手に入れなければ良かった。私のせいで皆滅んでしまった。でも…私がいけないの?皆同じ様にしてる。少しぐらい私だって…」


 私の後悔を、懺悔を、欲望を、甘えを…話していくうちに気付いてくる。

 自らの愚かさに、過ちに…その罪に…


「ごめんね、タタロのバラ園…燃やしちゃったね…ごめんね…タタロは自由に生きていたのに縛っちゃった…ごめんね…ごめんなさい…うぅ…ごめんなざいぃ…」

 

 私が再び泣いた、今までと違うのは…私に後悔しかなかった…罪を告げ…謝罪を繰り返した


 同時にタタロも鳴いた。まるで私の代わりに大声で泣くように、まるで何かを呼ぶように。


 そして私が好きだったバラが、タタロの咆哮に応えるように、私とタタロをくっつけるように巻き付いてくる。


 私は…望まなければ良かった…国も信仰も持たず、ただ森の中で遊んでいた頃に戻りたかった…


 その時、牢屋の入り口に…見た事のある姿。

 あんなに恐ろしかった【破壊】【絶望】【天照】


 それが今や…今は断罪…罰される事に心が安堵していた、やっと…。

 

 【破壊】が狂喜に満ちた顔で言語になっていない言葉を発し始めた。


「シャー オマエウソダッタラ イツショウ カンチョーウチツヅケルゾ ハナシキケヨ ウタッテンジャネーゾ クルマイスノオンナヲ イシキモドルマデ ナグレッテ ナンノジョーダンダ ポリスガミタラ オレタイホジャン ネェヒロユキサン」


「ナンカヨク ワカラネーケド、コウナッタノハ

オマエノセイラシイゾ」


「マァ ダイタイノコトㇵ フジワラサンノ セイデショウネ」


「ホラデタ オレノセイ マジカヨー ホントニヤンノォー? オレヲウラムナヨォ…ホイ、ホイ…」




 メキャ ゴキィ  痛い   グチャ   ゴッ   グチッ


 断続的に繰返す衝撃、振りかぶらずダラダラと私の顔面を、上半身をダルそうに殴る。

 やる気は、無いのに…とても痛い、逃げ出したい。

 タタロとバラが必死に巻き付いてる、逃げるなと言ってるようで向かい合うけど…


 ベキョッ ゴチャ やめて   ドチュッ  イタッ ヤメ


 痛みの繰返し、途中で色のついた海が見えた

 色?色って何だっけ?赤 靑 黄


グシャ   ゴキ   ゆるして   ベコ  ドグッ  もう   だめ


 青 靑 碧 蒼  先輩ごめんなさい 先輩?


 色がつく、今までセピア色だった世界が色付く

 視界に入る あお   海?    空?


 飛び散る 赤   朱    紅   血?



ドンッ グチョ ガゴ  聞こえる   ドスッ  ガギッ  グチャ


「オイ タロァオ ソコマデミッチャクスルト オマエニアタルガ?」


―――世界が許さなくても私は隣にいます♪ 何も赦せなくても♪ 私が手を繋ぎます♪ 何故なら おねえちゃんだから♪―――


【俺ごとやってください!おいサラッ!戻って来いっ!なぁ頼むよ!置いてかないでくれよ!サラッ!サラァっ!!】


 ドゴッ   バキャ   ドゴ    聞こえる


 ドゴ  バギッ お ねえぢゃ いい の ?   


―――また一緒に♪ 花を摘んで♪ 本を読んで♪ ご飯を食べて♪ 2人で眠ろう♪ あの毎日に♪ 戻ろう♪―――


グシャ   ゴキ  ボギ   たろ さ


  ドス   ドス  ドン  ゆるして くれる の


【海に行こう!サヴェージが直ったんだ!また一緒に!デートをしよう!サラッ!お前が逝ったら…俺が生き残った意味がねーじゃねぇかよっ!】


 うみ   うみ   すなはま   バイク


 眼の前に…広がっだ 血が飛び散る…けれど何処までも広がる青い海



 バゴッ「いたいよぉ かおが いた い  やめぇ」


 顔が痛い…鼻も折れてる…身体が動かない…


「許し てぇ ごめ んなさい」


「ストップッ!タツさんストップっ!!もう、殴るのやめて!サラの意識が!!」


「何だシャーてめぇっ!やれって言ったりやめろって言ったり…え?警備員?オレ逮捕?おかしいって!チクショウ!テメェ覚えてろ!」


 顔中や上半身の痛みの中、見えたのは【破壊】と呼ばれている化け物とそっくりな、手が血まみれの女性が走って逃げていった。


「タツってすぐ逃げるからすぐ問題になるんだよな、まぁ開き直られても困るけど…」


「藤原さん、馬鹿だものね…ちゃんと説明すれば解決するのに…いつか指名手配になるわね」


 変な会話が聞こえる…それよりも…


 私にしがみついて泣いている人…顔から血が出ている…この人は…先輩だ…太郎さん…一番大切だった人…王子様じゃない…タタロ…夢の中で一緒に…泣いてくれた…大切な人…


「サラッ!?気付いたのか?良かったっ!サラッ!分かるか!ずっと!ずっと会いたかったんだ!」


 ずっと会いたい?ずっと泣いてくれてたの?私の為に?私は…思い出したよ…泣いてもらえるような…じゃないのに


「サラ!?良かった!ずっと待ってた!私達!サラを待ってたんだよ!?」


 お姉ちゃん?酷い事をした私なんかを待つの?みんなを、裏切ったのに。


「やさ  しく  しないで  だめ だよ」


 精一杯声に出す 思い出していく 私のやった事


 苦しんでる先輩から誑かし 苦しんでる姉から先輩を取り その先輩を支えると言いながら裏切り 最後は収集がつかなくなって逃げた卑怯者 それが私だ。 


 まず何より先に罰されるべき人。それが私なんだ。


 全てを思い出し、そんな事を思いながら、また気を失った。




 目を覚ました時は病院のベットにいた。

 眼の前に眼帯を付けた女医さんがいる。

 私は思い出した…色々と、女王であったのは夢。

 実際は…何もないくせに他人の力とドラッグで有名人になろうとした卑怯者。


 あの後、悪魔に魂を売り、生意気にも先輩に許されたと思って手を伸ばしてから…どれくらいの時が経ったんだろう?


 ただ、相当時間が経っている事は分かる。

 自分の手を見ながら思う。

 手足が細い。身体が動かない。それに、それでも身体が大きくなっている。


「3年だよ、分かるか?たった3年…あれから3年だ…」


 眼の前の女医さんが、顎に手を当て私の心を見透かすかのように見つめながら言った。

 

「長いようで…短い3年だったよ。この時を待っていた。お前も私も高校行ってたら卒業してるな、ハハハ」


 女医さんが立ち上がる…スラッとして、だけど立ち姿の綺麗な人。

 私が昔、憧れていたような大人の女性だ。

 もし3年だったとしたら…私は何も変わってないな…相変わらず貧相な身体、そして鏡を見る。


 私の顔…

 昔見たパンのキャラクターにソックリだ。

 膨れ上がった顔、大きく丸い鼻。

 およそ女性らしさとはかけ離れた、面白い顔だ。


 私はあのライブ前に…売り出す時に多分…不思議な力で顔の形を変えられた。

 似ていなかったお姉ちゃんと同じ顔になり、そこにキツイ化粧をしていた。

 腫れているが…戻ったとしても元のブサイクな顔になるだろう。


 そんな私を見ながら、綺麗な人は言う。

 そしてこの人は…


「羨ましいな…お兄ちゃんは、ずっとお前を待っていたんだよ。高校卒業したら仕事してお前の面倒を見るって言ってな。九州に行くと言い出した時は本当に困ったもんだ…私やシアさんのおかげでやっとこっちに来れたけど…なぁ?サラ、分かるか?」


 あぁ…メグミちゃんだ。変わった…綺麗になった。

 そして、ここまで微笑みながら話す人じゃなかった。

 3年で心まで綺麗な人になったんだ。それに女医さんになったのかな?やっぱり凄いな…メグミちゃんは…

 

「何だ?ジッと見て…私か?私だってこれでも秘密組織の医療班で頑張ってるんだぞ?なんてな(笑)3年間で医者になれる訳無いだろ、まともな道を歩けなかった成れの果てだ。って、私の事分かってる?分かってなかったら私、ピエロ何だけど…」

 

「分かってるよ…メグミ…ちゃん…それに…その…」


 分かってる…謝らなきゃいけない…最後の時…最初に私のことを手を差し伸べくれたのはメグミちゃんだ。

 私に色々教え込む人達と戦っていた。助けに来てくれた。

 それを私は振り払った。

 だけどなんて言ったら良いか…分からない。


「その…ごめ…あ…ご…「悪かったな、サラ…お前をあの時救えなかった、すまん」


 メグミちゃんが頭を下げた…駄目だ!違う!


「違う!私が…悪かったの!ごめんなざい!メグミちゃん!許して貰えるとは思ってない!だけど…」


「ゆる…?何で?」


 そう、許される筈はない。だから償いを考えないと…


「許すよ。友達だもの。私にとってはたった1人の同級生の友達だもの。」


「何で…なんでぇ…?私は…酷いこと…」


「私は友達だ、だからサラの選んだ道を否定したのは私の我儘だよ。正しい道なんて分からなかったし、今も分からない。だけど私が気に入らなかった…それだけだ。憎しみはない」


 そう言うと緩く微笑んだ後に真顔で言った。


「多分お前は世間に憎まれるラインの…ギリギリ…だったんだろうなぁ。あの後ドラッグで記憶が飛んでた人達の記憶が…戻ったらしい。するとどうなるか…力を騙す為に使った奴は。例えば…サラの事務所の…ポプラだっけ?」


 社長…最初は私を認めていてくれた気がした…だけどいつしか…ドラッグの素晴らしさ…それしか教えてくれなくなった。

 そのドラッグは新たな芸術を生み出すと。


「死んだよ、同じドラッグをヤッてたそこらへんの売れてないモデルに刺されて死んだよ。騙し過ぎたんだろうな…殺されたのにネットは炎上して死んでもなお叩かれてたよ…シアさんの事務所の社長も同じくな…サラは…まだ…関係者以外には直接やってないし、顔も変わってたからな…だけどもうイラストレーターのシャカシャカとしては…」


「ポプラさんは死んだ?何で私は死んでないの?先輩に!太郎さんに!タタロにあんな酷いことしたのにっ!」


「お兄ちゃん?」


 死んだ…現実感か無い…シャカシャカも死んだ

 結局私だけ逃げたのではないか?夢でみたタタロと混ざった…

 ドアが開く…そこには絶世の美貌と言われ、歌声は女神と言われた私の…自慢のお姉ちゃんがいた…


「サラ…ゴメンね…私がもうちょっと、シッカリしていたら…サラは巻き込まれずに済んだのに…」


 それは違うよ、今なら分かる…絶対違う…

 だけど言葉に出ない…涙だけが…病院の白い掛け布にポタポタと斑点が出来る。

 情けない…ごめんなさい…


「お姉ちゃんを許して?これからは一緒に…」


「だかっらっ…違…っつ…」


 言葉に出来ない…

 謝るべきなのは私…謝って済む問題じゃないのに身体が動かない…

 そして3年で磨かれた外見、声も変わった…心に響く…羨ましい…嫉妬してる場合じゃないのに…心では私なんかが話しかけてもらう立場じゃないのに…この人は何でこんな…


「良いの…サラ…言いたい事は分かる…自分が悪いって思ってしまう気持ち…だけどね、私はお姉ちゃんなんだよ…」


「違うっ!違うの!あ…」


 違うよ…自分が悪いって思ってしまう事もあるけど…もっと醜い事を考えてる自分が…



 静寂が訪れる…




「羨ましいんだよなぁ…悪いとか思う前にさ…萎縮しちゃう…自分が小さく見えて突き放しちゃう…それが普通だと思うわ、なぁ?…サラ…」


 え?


 その声は私の後ろから聞こえた…起きてからお姉ちゃん以外誰も入ってない…ずっといた…

 聞いた事のある…ずっと聞きたかった声…

 聞くことが許されなくなった…音…


「高校の3年間…相手の気持ちを考えず逃げて…逃げてる事を認めず言い訳してサラに逃げで…その後の3年間…やらなきゃと思いながらやれず…やってもやっても先が見えず…でもさ、今日やっと1つ見えたよ。」


 今すぐ振り向きたいのに後ろが振り向けなかった…今すぐ抱きつきたいのに抱きしめる資格なんて無かった…


「想像して、相手の気持ちを考えたら、許すなんて傲慢な行為だ…俺はさ、何があってもサラと一緒にいたい…それが今の気持ちなんだ」


「私は…わたじぃはぁ…ぜんばいの…ぎも…ぢを…ぃうらぎっだのにぃ…」


「関係無い、それでも好きなんだよ。シアとも話した、シアの事も想像した。誰も理解してくれない悲しみ…俺の想像を遥かに越える苦しみ…そしてサラ…誰もサラ自身を見ない孤独…周りへの不安…俺は…それでもサラが好きだよ。好きになったんだ」


 奪って、居着いて、逃げて、逃げて…


「ごべんなざい…おねえぢゃん…めぐみぢゃん…わだじは…まだせんばいがぁ…」


 好き…私に資格は無いけれど



 それでも気持ちは…好きなんです…



 皆、大人になったから余計分かる。

 パンみたいな不細工な顔で、ちんちくりんな身体で、絵を描く才能も失った。

 いや、元から無かったんだ…新しいものを生み出す才能は…

 更に言えばわがままで子供で嘘つきで…



 今の私は何もない…ただ先輩…太郎さんの事が好きなだけ…お姉ちゃんの方が…


「安心…して。私は…フラレたから…だから…私は私の道を行くの。でもね!私はタロァとサラと繋がらなくても近くを歩きたい…だめかな…?」


 お姉ちゃんが一粒、涙を流しながら言う…

 私に駄目なんで言えるわけ無い…


「お姉ちゃん…私…お姉ちゃんと…『おおおおおおいッッッ!?シャー!シッカリしなさい!説明を!そんなに百倍カンチョリたいか貴様?このクソ漏らしフラレポンチ!警備員に説明せず放置…完全な冤罪だ…』


「ヒッ!?」


 私は短い悲鳴を上げた。いま寝ている窓際にあるベッドの窓のサッシに、爪先立ちしている手と頭が血だらけの女の人…夢に見た、全部壊す人がいた…


「あ、あー…タツさんなら大丈夫だと思って…」


 目を逸らしながら返事するお姉ちゃんを、タツさんという人は鷹のような眼でお姉ちゃんを睨む。


「おい、NTR妹…お前の姉ちゃん、NTR姉妹は電車で痴漢冤罪をしているヤカラと一緒だ。何がアイドルだ。今流行りのアイドルは嘘をつくってやつか?良いご身分だこと。このヨウピン自家発電お化け!」


 この人はお姉ちゃんに何を言ってるの?


「あの…タツさん…妹の前でそういうのは…」


「カァアッ!その澄まし顔…私はアイドルですが何か?みたいな態度で、タロァ下着泥棒のくせにしてないと言い張り、クンカクンカオーイエスオーイエス!綱引きでもしてんのか!?そのアイドル嘘のせいで警備員というハブファンを使い、崖からオレを落としたのか?案の定尖った岩の崖に!警備員がなんで逃げるんだ?って言うから、追いかけてくるからだ!って言ったら更に詰めて来たから崖から飛び降り『タツっ!やめろっ』むぐぁっ!?」


 ガンッ!ゴンッ!


 女の人か視界から消えた…ここは2階…落ちた?

 下から言い合いが聞こえる…


「博之さん!?奥さんをジャンプした勢いで足首掴んで2階から落とすのが旦那の務めですか!?」


「いや、話が進まないし大分時間も経っているのに誰もお前の滅茶苦茶は望んじゃいない、それに貞淑なタツはそんな事しない。俺は貞淑なタツじゃない奴の足を掴んだ」


「なる程…確かに貞淑なタツは崖から落ちませんね。間違いなく。さすが名推理、探偵ヒロの事件簿ですね♥」「そうだな、間違いなく」


「藤原さん、頭が悪いどころか気が狂ってるわね…」


 えっと…つまり?…ついつい振り返ったら優しい顔の大好きな人…太郎先輩に抱きしめられた…


「好きなんだよ…サラ…今度は俺が…サラの為に生きるよ…」


 

 先輩に包まれて…温かくて、嬉しくて…お姉ちゃんや、メグミちゃんが笑ってて…いつまでもこの時間か続けばと思ってしまう自分は、あいも変わらず悪い子だと思う…

 


※次回で【サラの場合】は終わりです。な、難産…ものは投げないで下さいませ(土下座)

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