じゅうはちわ〜音の鳴る方へ行くと逆に深く沈む方に行く

 8月終わり近く、いつも通り店を締め、俺のバイクの停めている鬼頭君のバイク屋に行くと、鬼頭君が2つの缶コーヒーをテーブルに置いた。

 バイク屋にはまだお客さんがいる…と言っても常連客だけだけど。

 何となく話したい事があると鬼頭君はこうする。

 別に俺はいつもバイト後に用事なんかないから、置かれると「何か話したい事があるんだな」と想像がついた。


「俺と蘭子の事についてな、蘭子から聞いたよ…ありがとうな…お前から祝福されるのが一番嬉しいわ…反対されたらどうしよかなぁってな…」


 あれま、鬼頭君、こんなに気弱だっけか?


「俺が反対って…今更「蘭子は俺のだ!」って?それこそどういうつもりなの?(笑)それは良いんだけど…何で寝取った時は黙ってやって今回はちゃんとするのよ(笑)」


「うるせぇな…前とは関係も何もかんも違うだろ?それとな…太郎…多分、子供が…」


 うん、それも知っている。生まれるのは蘭子の卒業後か…卒業式はお腹大きいのか…ウ~ン。ヤンキーだなぁ…でもまぁ旦那の鬼頭君の実家は自営業だし上手く行ってるみたいだし…蘭子の親も自由人だしな。まぁまぁ、良い環境だよなぁ。生むの早い方が母体には良いっていうし…


「おーい…太郎?お前聞いてる?一応、お前も関わってるし大事な話なんだけど?」


「いや、おめでとう鬼頭君!ちゃんと聞いてるよ(笑)いや、本当に2人に対してはおめでとう以外言葉が見つからないんだよ。子供でしょ?知ってるよ、式やるの?」

 

「いやー産んでからだなぁ…って何で知ってんの?まだ確定してないし俺から話すって蘭子には言ったんだけども…顔に出てた?」


 うーん、あの変な未来予知みたいなの言っていいのかな?そもそもあの無茶苦茶な人達の話があってるかどうかすら怪しい…


「未来を見せてくれる人に会いましてね、2人が結婚して子供を生む夢を見たんですよ…だからそうなのかなぁって…でも何と言ってもいいやら…」


「太郎…お前…頭、大丈夫か?ホントはショック?」


 だよねぇ…普通そうなるよねぇ…



 そんな時、運命の悪戯か、ひょろ長い狐っぽい人と童顔だけどやたら顔つきの鋭い人が入ってきた。


「おーい、鬼頭いるー!?SRにデコンプ付け直してくれ!譲るんだけども俺仕様はやっぱり駄目だ。デコンプ無しスカチューンで渡してくる辰さんは頭がおかしい!」


 見かけた瞬間に鬼頭君が「うわ、ヤバい人達が来た…」と小声で言ったのを聞き逃さなかった。


「ちょ、ちょっと大事な話してるんで明日にして貰って良いッスか?」


 少しプルプルしながら話しかける鬼頭君…そんなに嫌なの?


「あーそう、んじゃ、待ってるよ。大事な話を先にどうぞ!…んでさぁ…だからヒロ、俺の魂のSR譲るしそのまま俺の組織も譲るって!何だったら俺のレトロゲーコレクションも…」

「いやいや、孫一さんマジで何考えてんですか…俺バイクの免許ないし…確かにバイクは格好良いけど付いてくる組織は要らんしレトロゲーはちょっと欲しいけど…とにかく不知火が付くなら要らないっすよ!千代さんもゴリ押すけどマシロ君で良いじゃないっすか?…」

 

 何か聞いた事ある声だけど…とりあえず話す事は今は無いので鬼頭君に行ってもらおう。

 

「鬼頭君、また今度ゆっくり聞くよ。2人の所、行っておいでよ?」


 待て待てと言いながら、小声で鬼頭君が俺に耳打ちする。


「ふざけんなお前、あの2人とあのバイクは関わりたくないんだよぉ…あのバイクは一世代前の伝説の族の総長のバイクだし、それに今乗ってるたまに来るヒョロ長い狐顔の人は日本の裏社会のトップらしいし…でも個人的には何より横にいる目つきのイカれてる小さめの人がヤバい…なんでいんのか知らんけど、昔行ってた道場の先輩なんだけど気が狂ってるで有名な人でとにかく怖いんだ…俺も調子にノッてる時、拷問受けたから知ってんだよ…」


 俺はバイクに乗るようになってSRは知っている。

 でもそんな意味分からない、暴走族の都市伝説は知らない。

 そしてこの街じゃ一匹狼でタイマンの喧嘩じゃ右に出るもの無しと言われた鬼頭君がメッチャ怯えてる…んで、俺はどうしたら良いんだろうと思ってたら、俺と同じぐらい身長で鬼頭君の嫌がっている目つきの悪い感じの人がこちらを見ていた…何故…俺?


「君は…ん〜…あぁっタロァ君か?そうだ!タロァの太郎君だ!俺は根多博之っていうんだ、皆からヒロって言われてるよ!てか、鬼頭、知ってんの?太郎君の事?」


「こ、後輩っす。仲の良い後輩!『本当に?』本当ッス!何で疑うっすか!?ホントっすよ!」


「え?シアの呼び方…?あー、はい。こんちわ!鬼頭君の友達?…ですか?確かにタロァとも太郎とも呼ばれてますが…」


 一瞬、店のローカルルールで常連客同士は敬語無しなので、クセで敬語使わずに喋りそうになったが、鬼頭君の目がカッとなったからすぐ敬語にした。

 しかしシアと同じ呼び方で名前呼ばれるって…

 

「いや、シアちゃんとウチの奥さんが…んー…最近知り合ってね。話は聞いていたからすぐ分かったよ。」

 

 話聞いてるだけで俺って分かんなくない?てか、外見もバレてるしやっぱりあの夜来たのはシアか…それにこの声…何となく覚えている…あの時聞いた…唯一の男性の声だったから。

 だったら聞きたい。あの時の事を…サラの真実を…


「あ、あの…何か以前、奥さんも含め何人かがウチに来て変な未来みたいなものを見せてくれましたよね?あの時にいた女性はシアですか?それと頭の中にグアーっと入った未来みたいなの…アレは一体…」


「そうだね、あの時はご迷惑を…って変な未来…?見せた?頭?おぉ…あー…ぐおぉ………ィイクエぇぇぇエエエっっ!!」


 こわ!?急にイクエとか叫び始めた…そしてヒロさんの横に何か変なハイレグ騎士っぽいコスプレした女性がまるでその場に居たかのように急に現れた。


「やはりコケシ馬鹿ではなく私が有能と…御用命あればこのアマテラス、すぐお側に!お呼びですか?ネタキュキュキュキュぐえろっ!?ギギギイイィィィっ!?♥ギヒィッ!?♥ウィヒッ!?♥」


 プッシャー………


 そのヒロさんは女性が何かの名乗り口上の途中に、素早くバイクを吊り上げる鎖の付いた器具を使い、その女性を首吊り状態にした。

 更にワイヤーと鎖を使い、首吊り状態で手足が大の字引っ張られる形に力がかかっており、更にブレーキワイヤーらしき物で亀甲縛り?をした。

 この間、僅か10秒ぐらい…


 そして何か体液を撒き散らしながらあげる奇声…


「うわぁ!ヒロ先輩!やめてください!せめてうちの店で拷問はやめて下さいませぇっ!世間体が!」


「安心しろ、イクエは死なないから…他の客に見られても洗脳するから大丈夫…事件にならないから…だから機材貸して、頼む…………イクエエエェェッッ!何をやったぁっ!?言ええええええ!!!」 


「オヒョッ!♥オヒョヒョヒョ!?♥ウヒィギヒ♥イグエッ♥イグッ♥エ!♥」


 人間に対してやってはいけない事を、女騎士みたいな人に行うヒロさん。

 この時、強面でガタイの良い鬼頭君がチワワの様に震えながら教えてくれた。


 根多博之、あだ名はヒロさん。


 鬼頭君の行ってた道場の先輩。


 鬼頭君が低学年の時は頭がおかしいんじゃないかというぐらい強い人達が出入りしていた阿修羅道場という道場に入り努力したが、時が経つに連れ、強かった人達が殆ど来なくなった。


 鬼頭君は小学校高学年になった時、身体が大人顔負けのガタイで喧嘩も強く、中学生や高校生にも喧嘩で勝ってしまう為、とても調子にノッていたらしい。

 親が精神修行で行かせていたのに、道場の中学生やら高校生をパシりに使っていたらしい。

 近隣で『阿修羅道場の鬼頭』はすぐ有名になった。

 

 そして、鬼頭君は強さに酔い、上の年代にいた阿修羅流の歴史上、最強と言われた当時女子中学生の女師範代と自分を重ねていた。

 そして思い違いをする、この女師範代を倒せば阿修羅道場で逆らう奴はいなくなると。

 しかもこの女、最近不良崩れになったりゲームばかりしているという。勝てる…と思った。

 練習の組手ではなく寸止め無しの本気でやり合う死合を挑んだが…急に幼馴染と名乗る男が出てきた、先に俺を倒してからだと。

 

 道場でたまに見かけた程度の雑魚が今更…

 …しかしそこからは地獄だったという。


 常に優勢だった…だがあと一歩で勝てない…そんな時間が繰り返していると、気付けばボコボコにされていた 

 しかも調子に乗っていたという理由で気絶しない程度に…気絶しても起こされてまたボコボコにされ、最後は拘束し始めて何か気持ち悪い虫とか変な機械を持ってきた。

 壊される…そう思った時に女師範代が鬼の肩に手を置き止めた。

 すると、今度は、止めた女師範代の胸をもみ始めた。

 

『鬼頭おおおおお!!!きざばぁ!じょうじにのったぎゃあああああッッッ!?この乳首がっ!オレをなめでんがぁっ!?!?』


『ちぎゃう!♥ビロ♥ぞれおリェの乳頭♥!ヤメレ!こでょもがみでる!♥きょーいくもんでぃゃい!♥』


 今度は女師範代を襲い始めた…狂っていた。


 知らなかった…本当に恐ろしいのは女師範代じゃなかった。その横に居るヒロさん…本人曰く雑魚…だが、中学生だろうがおっさんだろうが最強だろうが構わず向かっていき、絶対負けず死なず相手を追い詰める狂気の鬼…根多博之、通称・博鬼と呼ばれた狂人…




「鬼頭、どうした?おーい鬼頭やーい」

「鬼頭君、ブツブツ何いってんの?…」

 

「とりあえず鬼頭は置いといて…アレに関しては説明なんてしようがない。アレは、コレ《イクエ》の予測だよ。頭に直接行く…『イグ!』…のは超能力みたいなもんとしか言いようがない。今も聞こえたと思うけどきっと幻聴。それに確率聞いても『なるかならないか、それは貴方次第!』みたいなクソみたいな回答しか得られない。だから不愉快な予測だったら犬に噛まれた程度に考えて頂ければ…」


 えぇ…なにそれ…後、女騎士の人が行くって言葉に合わせて『イグっ!』っていうのは何なんだろう…


「でも…今までは大体合ってますけど…ちなみにサラという…シアの妹なんですが…やっぱりドラッグを…」


 現実問題、サラが…と思うと、やはり心の何処かで悲鳴をあげる。まだ認めたくない気持ちがある。

 しかし、現実は非情であり残酷だ。

 

「本当にマンタロァはどっちつかずだな。イライラするな、さっさとどっちか選べよ…まぁどちらにせよドラッグまみれだがな。博之さんの行ってた大学のサークルと一緒。薬で酒池肉林、ラリパッパで間違いない。後、ヒロの初めてタンデムはオレ、奥さんのタツだ」

「…俺はサークル入ってなかったし、普通のサークルはそんな事しない、それは太郎君のバイクだし、何で来た?」


 先程まで居なかったであろう、ガタイの良い作業服を着た綺麗な女の人が、何故か俺のバイクのタンデムシートに跨っている‥何故、俺のバイクに…?

 この人達…この意味不明な会話…シアといた人達だ。

 意味の分からない人達だが確かに言った。シアもサラもドラッグと関わっている。

 良く分からないがその界隈で有名な人達。 

 そしてドラッグを使っていると分かった所で俺に何が出来るんだろう…どちらを選べと言われても、そもそも選ぶ資格があるのだろうか?


 苦い顔をしていると奥さんを無視してヒロさんは言った。


「好きな人であれ友達であれ、大事な人が道を外れるのは辛いよなでも結局向き合っていくしか無いんだよな…俺はな、向き合って壊れそうになったからこのタツに助けを求めた、結果邪魔しかしなかったが…1人で向き合っていたらきっと孫一さんみたいに壊れていた。」


「隣にいる人間を壊れていたとか言うな、お前なんか最初から壊れてたじゃねーか」


「まぁそのつまりな、考えて自分の納得いく『イグッ!♥エ!♥』結論を出していく『イグッ!♥エ!♥』しか、結局自分の『ホアアアアアアアアアアエアアアアッッッ!やめだやめだやめだッッッ!!!』


 急に周りの女の人が騒ぎ出した。ヒロさんが喋る横で、まるでニワトリ小屋のように騒ぐ騎士みたいな人とガタイの良い人…そしてガタイの良い人が言った。


「博之さん!?だからNTR耐久トレーニング!?アレを他人にも強要するつもりですか!?もうやめるって言いましたよね!?他人にしないって!またしようとしてますよ!?やめだやめだっ!」


「いや、別に強要は…」


「おい!タロァ!その事務所に案内しろ!今から言いに行くぞっ!『薬やめますか?アイドルやめますか?』ってなぁ!?それで選べっ!どっちか選べ!長いんだよ!いつまでもグタグタ!」


 ガタイの良い女の人に無理矢理バイクに乗せられる…え?本当に行くの!?


―――――――――――――――――――――――


 …という事で、国道を走る俺の愛車アメリカンバイクのサヴェージ400。

 その後ろにヒロさんの奥さん、タツさんが座る。がに股で仰け反って座り、腕を組む。

 白い騎士みたいなイクエさんという女の人はハンドルの上に足を開いて立ってマントをバタつかせている。


「トバせぇっ!」


 ビックリしてアクセル回す、勢い良く加速する。


 と、同時にがに股のままひっくり返るようにタツさんは70キロのバイクから落ちた。

 


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