塚原卜伝vs蘆屋道満 9

 あり得ぬ。あり得ぬ。あり得ぬ。

 急所を捉え切れてないとはいえ、相手は手負い。

 得物は破損し、半分に折れている。

 だと言うのに、だと言うのに、だと言うのに――どうして張り合える。どうして渡り合える。いや、どうして押し返せる。

 あり得ないであろうが。

 こんなはずじゃない。こんな事になるはずはなかった。こんな事が起こっては、自分は一生奴には勝てぬ。勝てぬではないか――

「おぉのれぇぇぇっっっ!!!」

 壁の中から、道満が飛ぶ。

 手数の多さを利用して攻め立てる道満に対し、卜伝は限界を超えた反射速度で応じ続ける。

 激しい応酬の中、見出した隙を掻い潜って蹴りを繰り出し、腹を蹴飛ばした直後に肉薄。両足の裏に張った札で水上を滑る道満に斬り掛かり、速度を殺さぬまま攻め続ける。

 縮地。雲耀。剣技の中でも高速とされる世界さえ置き去りにした、まさに神速とでも呼ぶべき速度で以て水上を走る卜伝に、最早手数の多さは関係ない。

 警戒すべきはただ一つ。道満の剣に宿る、得体の知れない呪詛だけだ。

 剣撃の応酬。互いに牽制し合いながら繰り出される剣撃により、火花が散る。

 水上から飛び上がり、地上へと移動しても両者は止まらない。二人の足裏にスキー板でもついているかのように滑りながら、剣をぶつけ続ける。

 最中、今度は隙を見つけた道満の蹴りが腹を捉え、飛んで行く卜伝へと剣の呪詛を斬撃と共に飛ばした。

 空中で身を翻し、壁に着地した卜伝は迫り来る斬撃の幾つかを相殺。跳躍し、放たれる呪詛を叩き落しながら脳天をかち割らんとする唐竹を振り下ろし、防御させる。

 弾き飛ばした道満の刺突を躱し、着地。懐まで一挙に飛び込んだ卜伝の斬撃と道満の斬撃とが衝突し、互いに引かぬ斬撃の応酬合戦へと持ち込んだ。

 弾かれた互いの斬撃が様々な方向に飛び交い、弾け、爆ぜる。

 観客席には防御結界が張られているが、そうでなければ、崩壊を始める戦場を多くの血が濡らした事だろう。

「ご、互角に渡り合ってる……」

「様に見えるか?」

「え?」

 実際、互角に戦っている様に見える。

 だが実際は、道満が辛うじて喰らいついているだけだ。

 未来を先読みしている卜伝に死角なく、辛うじて死角を生じさせて突いたとしても、それは過去に介入する剣が防ぐ。そして今に迫る剣は、今の卜伝が応じるだけの事。

 手数の多さで何とか均衡を保っている様に見せているが、この戦況が続けば分が悪い。

 卜伝が消耗しているのは体力だけだが、道満は体力に合わせ、術を維持するための魔力に気力と、三つの力を同時に行使している状況だ。肉体的にももちろん、精神的にも消耗は激しいはず。

 勝機はある。が、どんどん過去形になりつつある。

 時間が掛かれば掛かるほど、どんどんと勝機が薄くなっていく。

「さっさと決めろ、道満……!」

「卜伝……!」

 互いのチームの監督よりも、勝利に餓えた獣が吠える。

 双方が思っていたよりも、卜伝に掛かっていた負荷が相当だったか。斬撃を受けていないはずの卜伝の体から、内側から弾けた血飛沫が爆ぜる。

 だがそれでも攻撃を止めず、寧ろ血を失った分加速して道満の剣を捌き、剰え反撃で道満の体に徐々に切り傷を付け始めていた。

 そして道満も譲らない。

 過去に介入されようと、未来を変えられようと、今に尽くして剣を揮う。その腕に握る刀に全てを託す。

 そこに陰から他人を呪い、殺める術師の姿はなく、無類の剣聖に正面から挑む異形の鬼神が猛威を揮う姿であった。

 一進一退。斬られれば斬り返す、血で血を洗う攻防戦。

 今までの六戦よりも壮絶なる激闘を繰り広げる両者に対し、観客は言葉を奪われる。五感の全てを目の前の戦いにのみ注ぎ、見入るその目には、どちらが勝者になるかわかってなどいなかった。

 そしてそれは、剣を揮う当人らも同じ。

 片や、久しく餓えるほど渇望した勝利を求めて。

 片や、好敵手とも呼べる者との戦い、そして勝利を目指して。

 今ここで勝利を望む。今ここで勝利を求む。相手の事情など知った事ではない。だが越えさせろ、貴様の屍を。

 卜伝の唐竹が道満の顔面を捉えると、呪詛返しが卜伝の左目に斬撃を返す。

 顔の左側に縦一閃の傷を負いながら、両者怯む事無く迫り続け、斬撃を重ね続ける。

 一瞬の交錯が幾重にも重なり続けて、人々が一部始終を永久に感じ始めた時、危うくも保たれ続けていた均衡が突如として崩れる。

 互いの血と、先までの戦いで上がった水飛沫とで濡れた水の溜まり場に片脚を突っ込んだ卜伝の足裏が、先までのダメージを蓄積させていった結果わずかにだが滑る。

 生じた隙を逃さず捉えた道満の剣が卜伝の腹に十字傷を付け、鮮血を弾けさせた。

 揺れる卜伝へと、道満は止めの一撃を振り被る。

 が、卜伝は斬られながらも踏み留まり、怪物に壊された足を爆散させながら前方へ跳躍。血を噴き出す腕で刀をしかと握り締め、渾身の一振りを繰り出す。

 ――“肆面楚歌式しめんそかしき阿羅貴神あらたかがみ”!!!

 ――“最初之太刀はじまりのたち”!!!

 決着の時が来た。

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