塚原卜伝vs蘆屋道満 8

 同じ剣士と言っても、アーサーやドン・キホーテと毛色は違う。

 芹沢と同じとするには、剣聖と呼ばれた男は剣一つを限って極め過ぎた。

 故に異能スキル。魔法。剣以外の分野において、彼は他の転生者のように柔軟な思考で受け入れる事が出来なかった。

 など知らぬ。

 魔法も妖術も知らぬ。

 知らずとも、塚原卜伝には剣がある。

 剣聖と謳われた剣技。そして悟りを開いた目を以てすれば、そのような怪しげな物に頼らずとも勝つ事は出来る。生きる事は出来る。

 事実、無類の剣聖は異世界にあっても、知らぬうちに体得していた魔眼じみた未来視と剣技で以て、どれだけ偉大な魔法使いだろうと引けを取らず、どのような異形の怪物相手にも後れを取らず、聖剣使いだろうと魔剣使いだろうと屈服させ、負けなかった。

 だから今、卜伝は新鮮な気持ちでいっぱいだった。

 未来どころか今さえ見えない漆黒の中で、卜伝の体は陰陽術という形を得た魔力を受けに受け続けた。

 結果、未知の力を受け続けた刺激によって、卜伝の体は魔力という力を覚え、未来を視る眼力と合わさって魔眼として開眼――基、開花したのだった。

 付けられた名は――“不可説ふかせつ不可説転華鏡ふかせつてんげきょう”。

「これが魔力。これが魔法。これが、魔眼か……ようやく、おまえを斬り殺せるな。陰陽師」

「何を世迷言を。翼を片方斬ったくらいで――」

「忘れたのか? 既におまえは俺に斬られていただろうが、その左腕を」

 気付かぬうちに、などと言う表現が正しいのかわからない。

 そう思えるほどに、何の違和感さえ生じる事無く、道満の左腕は再度奪われていた――いや。再度斬られたという表現さえ誤解していると思えるのは気のせいか。

 そもそも再生など出来ていなかった。そう感じられるよう改竄されたが如く、思考処理がまともに働かない。

「蜥蜴でもあるまいし、斬られた腕が元に戻るなど都合が良過ぎる。そう思うだろ? 陰陽師」

「ケッケケ! ケッケッケッ!」

「な、南條……?」

 これはもう笑うしかない。

 笑う以外に何も出来ない展開だ。

 最早この先の展開を悟らざるを得なかった南條は、もう笑うしかなかった。

「あの野郎……この戦いの中で、進化しやがった。天性の目を、本物の魔眼に変えやがった。化け物め」

 今の卜伝に、死角はない。

 まだ見ぬ未来さきも、変えられた過去むかしも、現在いまの卜伝の間合いの内。狭い間合いながら、未来にも過去にも介入出来るのだから強いの一言。

 攻撃力はもちろん、攻撃の範囲は格段に広くなった。

 都合の悪い事を先延ばしにしたところで追い付かれ、今に都合が悪い事をされようと、過去に戻って破られる。

 まさに不可説不可説転。過去も未来も現在も、異なる世界線さえも見て、剣を届かせる。無数よりも多くの世界に届かせるただ一刀。ただ一振り。

 曰く――“最初之太刀はじまりのたち”。

 全ての世界に届く、初めの一振り。剣聖、塚原卜伝の新たな始まりを示した太刀。

「感謝するぞ、陰陽師。おまえにやりたい放題されたお陰で、新たな境地に辿り着けた。礼はこれで、返させてくれ!」

「舐めないで頂きましょうか!」

 “貴人斬衆きじんざんしゅう”――!!!

 “最初之太刀はじまりのたち”――!!!

 刺突の応酬を横薙ぎ一閃で一掃。一刀両断して落とす。

 剣を上に抛った道満は肉薄。右腕の籠手を展開し、龍の爪に青い炎を灯した。

「“蒼天龍火斬そうてんりゅうかざん”!!!」

「それか。さっき俺の手を焼いたのは」

 折れた刀で受け止める。

 龍の爪を模した籠手に亀裂が生じ、蒼炎が爆ぜて、道満の右手がグチャグチャに変形する。

 すぐさま回復を施すが、過去に介入した剣が回復術式を付与した札を切り伏せて、回復を阻止。道満の右手は歪み、爪は完全に破壊された。

 白虎ひだりに続き、青龍みぎまで破壊された道満に焦りの色が生じ始める。

 が、道満は狂ったように笑い出し、歪み折れた右手で辛うじて札を取ると、狂い笑う口に入れ、咀嚼し始めた。

『両腕を失った道満、札を口に入れたが、一体何を……?!』

 最早理解出来ない事ばかりが起こる戦いに、実況が口を挟む余地もない。

 辛うじて一言挟めたが、実況とは言い難い独り言に近かった。

 そんな苦しい実況に、誰も文句を挟まない。

 卜伝の進化もそうだが、それに対して道満がどう出るか気になって、最早実況をまともに聞いている人は悲しいかな、誰もいなかった。

「本来は、我が身の一部を差し出さねば発現しないのですが……これだけ損傷も激しければ、最早必要ありますまい……今出しましょう。蘆屋道満、最後の奥の手にございます……!」

 伸ばした舌の表面に、口に入れた札に描かれていた文字が刻まれる。

 舌の上で映った墨汁が焼けて、生じた漆黒の瘴気が広がって道満の姿を覆い隠したその先に何が出て来るのかを知っているのは、他でもない卜伝ただ一人であった。

 右腕弐本。左腕弐本。両目の下にもう一対の双眸。耳の裏に更に尖った耳が重なり、口は頬の端まで大きく広がって、鋭い犬歯が並んだ隙間から白い熱を吐く。

 その禍々しき異様。異形の体躯はまるで両面りょうめん宿儺すくな。悪鬼羅刹を従える魔導の王。もしくは、悪鬼羅刹を狩る鬼神として伝えられる怪物そのものであった

 空に抛っていた貴人の剣が戻って来て、四本の腕で握り取る。

 すると四本の腕を同時に振り下ろした時に剣も四つに分裂していて、それぞれの手に握られていた。切っ先に、禍々しい呪いを帯びて。

 曰く――“肆腕宿儺しわんすくな貴人剣神きじんけんしん”。

「剣聖に挑むのであれば……剣神になるしかありますまい……」

 ドン・キホーテと同じ四本の腕。

 が、持っている得物の禍々しさは比較にならない。

 剣聖ならば一度は拝みはしただろう剣の神になったと宣う道満に対し、卜伝はただ折れた剣を持って構えていた。

「無類の剣聖も、剣の神には恐れをなしたか。宿儺の体に貴人の剣……これだけの力を前に、賢明な――」

「世迷言を。ただ、やり合いたかっただけだ。ただの外道の成れ果てなれど、剣の神を謳うのならば、剣聖と呼ばれし者として、対峙しないのはもったいない。ただ、それだけの事」

「ほざけ!!!」

 酒の肴にと試合を見に来た荊軻は、怪物と成り果てた道満を見て考える。

 腕は四本。目も四つ。剣も四振り。ただ二人の人間を相手にするよりもずっと面倒で、ずっと手強い相手だ。

 暗殺者として、仮にあれを殺す方法を考えるが、どれもこれも。おそらく南條も同じ事を考えているだろう事を想定すると。

「最後の最後で、悪手を掴まされたな。我らが総監督は」

 神を騙る者と、剣聖と謳われし男がぶつかる。

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