塚原卜伝vs蘆屋道満、後半

塚原卜伝vs蘆屋道満 6

 複数の未来を同時に見る事が出来る、塚原卜伝つかはらぼくでんの“不可説転華鏡ふかせつてんげきょう”。

 未来を先に見るのなら、今を閉ざしてしまえばいいと考えた蘆屋道満あしやどうまんの“招来無限暗夜しょうらいむげんあんや”は、未来を見る卜伝の視界を漆黒で閉ざした。

 更にダメ押しで道満の展開した奥の手は、卜伝を着実に追い詰めていた。

 名を、陸壬式りくじんしき玄天戦衣げんてんせんい

 東の青龍。西の白虎。北の玄武。南の朱雀。手にした武器は天空の貴人。

 陰陽道における最強の式神、十二天将の中でも特別最強の五つを選択。その他七つの十二天将は呪符となって、道満の背後に円を組んで浮かんでいる。

 屈強かつ禍々しい雰囲気を放つ道満に対し、光を閉ざされた卜伝は圧倒的不利に立たされている様に誰の目にも見えた。

「さぁ、ここからが本当の戦いです。お手柔らかにお願いしますよ? 無類の剣聖殿」

「……斬り殺す」

 構える卜伝相手に繰り出すは、左手の爪。

 形状を変え、螺旋を描く槍の様に変わった左腕を、大きく引く。

 纏う風が渦を巻き、轟々とうねって回る様は、まるで小さな竜巻を左腕に宿しているかの様。

「“強襲きょうしゅう白虎びゃっこ”!!!」

 攻撃の型は手刀と酷似しているが、槍のように間合いが広い。

 何より視界が封じられてすぐの状態で攻めに出るのは不安だったのか、卜伝は繰り出された刺突を受け止め、逆巻く風に手の皮を抉り切られながらも耐え忍んだ。

 ならば、と道満も手段を変える。

 一点に纏めていた五指を広げ、幾度となく振り下ろしながら加速させていく。そうして生まれる衝撃波、鎌鼬が卜伝を襲う。

「“猛襲もうしゅう白虎びゃっこ”!!!」

 直接の斬撃と鎌鼬の斬撃と、二つの種類の斬撃が豪雨の様に降り注ぐ。

 刀を折られず砕かれず立ち回る卜伝だったが、全身に切り傷を付けられ、血を噴いた。

『傷! 傷! 傷! 無傷必勝の無類の剣聖、塚原卜伝が傷だらけだぁ!!!』

 左手に剣を持ち替え、右腕を構える。

 人差し指と中指、薬指と小指をくっ付け、龍の手を模した型で構えた五指は、青く燃え上がった。

「“蒼天龍火斬そうてんりゅうかざん”!!!」

「熱っ……!」

 目が見えないため、熱源が何かもわからない。

 皮膚が裂けた手の感じる熱から炎だと言う事はわかったが、炎の灯す明かりは見えない。

 今も、先の光景も黒。どの世界の未来を見ても――つまりこの先何をしようと光景は変わらない事を悟りながら、怪物に噛み砕かれた足を引きずるように半ば強引に摺り足で下がる。

 が、道満は決して逃がさない。

 炎を纏った右腕を高く掲げ、巨大な火球を掌から天へと召し上げる。

「“蒼炎青龍弾そうえんせいりゅうだん”!!!」

 上空の巨大火球から、小さな炎弾が次々と降り注がれる。

 卜伝もまた次々と炎弾を捌いていくが、的確に核を捉え切れていないせいで負わなくていい火傷を負い、ジリジリと戦場の際まで追い込まれていた。

 感覚の鈍った足の裏でも自分が追い詰められている事がわかったが、今の状況を打開するにはどうすればいいのか、どうすべきなのかわからない。

 何を戯言を。

 右も左もわからぬ世界に産み落とされた日を、忘れた訳ではあるまい。

 魔法などという概念が理解出来ぬまま、結局は剣に生きた第二の人生にも悔いはない。わからない事をわからないまま、知っている事をただ極めただけの事。

 だがだからといって、わからないから負けたなどと宣うつもりもない。もしもそんな事を一瞬でも考えたなら。

「斬り殺すぞ」

 己に言い聞かせ、前に出る。

 上から降り注いでいる炎弾は、道満ではなく上空の火球から放たれているもの。ならば必然的に、道満の周囲が安全圏となる。

 最初に肉薄した時の感覚で、道満の罠が如何様に張られているかは体で覚えた。故に近付く事は難しいが、出来ない事はない。

 懐にさえ入り込めれば、得物など滅多に振るう事のなかったろう道満に負ける筋合いはない。必ず決めてみせる。それが出来る一撃が、塚原卜伝にはあるのだから。

 第一の生涯から不敗にして無敗。義父より賜った奥義、“壱之太刀ひとつのたち”が。

「接近戦に持ち込めば勝てると? 甘い!」

 朱雀の翼は飾りではない。道満一人の体を浮かせ、飛空する事など朝飯前だ。

 更に翼が広がり、炎上。光輝を湛える翼から、硬質化した羽が散弾として放たれる。

「“神々朱雀こうごうすざく”!!!」

 炎弾より攻撃力はあるが、物理攻撃な分刀で弾きやすい。

 が、炎弾より数が非常に多く、攻撃の一つ一つが小さいため、炎弾より小さな隙間を掻い潜って襲って来る。

 その分一振りで多くの攻撃をはたき落とせるが、より多くの斬撃を求められた。

 が、徐々に、徐々に慣れていく。徐々に斬撃の速度が増していく。風切り音さえ置いて行き、燃える翼から放たれる散弾を叩き落としながら確実に距離を縮めていく。

 唐竹。袈裟。斬り上げ。逆風。刺突。逆に返しても速く、速く、速く。ひたすらに加速し続ける。

 跳躍して迫る卜伝にはもはや斬撃による結界が出来上がっていて、羽の一つも届かなかった。

「叩き落されましたな」

 叩き落された羽の残骸が、再び舞い上がり、燃え上がる。

 道満へと迫る卜伝の背後から渦を巻く羽の作り上げる竜巻が、圧し掛かって来た。

「“終炎輪廻しゅうえんりんね”!!!」

 卜伝を呑み込んだ燃える竜巻が、大気摩擦で雷電さえ起こし、巻き込んで回る。

 が、卜伝の繰り出した唐竹に頭の天辺から底まで両断され、灰燼と化して霧散した。

 しかし、道満の狙いは接近。燃える竜巻は単なる囮であり、先を見通す力こそないが、竜巻がすぐさま突破される事は道満の眼力を以てして見切っていた。

 狙うは心臓。繰り出すは、十二天将最強の貴人が放つ最強の一撃。

 “阿羅貴神あらたかがみ”――!!!

 “壱之太刀ひとつのたち”。

 完璧なタイミング。完璧な角度。完璧な威力。

 光を閉ざされて尚、卜伝の剣が廃れる事はない。

 だが全ての完璧を捉えて尚、神として数えられし貴人の一撃は致命傷こそ捉えられなかったものの、剣聖の一撃を粉砕し、刀を折り、急所からわずかにズレた箇所に突き刺さった。

 卜伝の腹を穿った貴人の剣が、血に濡れて震える。

「おやおやおや、おやぁ?」

 必殺の奥義、破れる。

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