塚原卜伝vs蘆屋道満、前半

塚原卜伝vs蘆屋道満

 無類の剣聖、塚原卜伝。

 陰の陰陽師、蘆屋道満。

「へぇ、日本人同士の戦いになりやがったかぁ。面白いねぇ」

 銀髪の女性が絵筆を立て、戦場に立つ二人を流れる様に描く。

 異世界に女性として転生してしまったものの、日本が誇る絵師、葛飾かつしか北斎ほくさいの画力は衰えを知らない。

 剣の達人と術の達人が、それぞれ仁王と魔王のようなタッチで描かれ、何やら大作が描かれようとしていた。

壱与いよが出て来たのでもしやと思うたが……違ったの。じゃが、我が邪馬台国にあのような者達が生まれ出でたと考えるといやはや。誇らしいの」

 日の下を治めた最初の女王、卑弥呼ひみこが鉄扇の奥で笑う。

 その隣では席にも座らず、ひたすら汗を掻き塩を噴き、四股を踏む大男がいた。名を、雷電らいでん為右衛門ためえもん。相撲の歴史上、最強の力士と呼ばれた男。

「せいが出るの、雷電」

の監督は気に入らんが、下剋上しよっていう根性は気に入った。だから声援は送らん。代わりに、力いっぱい四股を踏むだけよ!」

「雷電の四股たぁ、縁起がいいねぇ。まさしく雷電! ビリっとくらぁ」

 三つもの席を占領して横たわる大男の名は坂田さかた金時きんとき。かの有名な金太郎のモデルであり本人。源氏の頼光らいこう四天王が一人だ。

 四人揃ってチーム日の丸。此度の戦いの観戦者一行の一つである。

「どうやら、この戦いに関心があるのは俺達日本人だけじゃあないらしいな」

「おぉさぁ。最終戦が同郷同士となっただけで、今までは異国人もたくさんいたからねぇ。弱小チームから強豪チームまで! こりゃあ観客席を観てても良いのが描けそうでぇ!」

 チーム日の丸から戦場を挟み、正反対の位置。

 一般の観客とはとても雰囲気――基、世界観の違いそうな者達が集っていた。

 今回のチームルーザーの参戦がなければ、次にチームレジェンズとやり合う予定であった相手、チーム三国志の面々である。

 その中央で脚を組み、誰よりも上から戦いを見る者の名は、呂布りょふ奉先ほうせん。戦いに生き、戦いのためならば平気で裏切り、遂には独力で中華という広大な土地を駆けた男。

 半身に刻まれた龍の逆鱗を思わせる火傷跡が、龍の生まれ変わりではないかとする説を濃厚にさせる。

 その隣に座る黒いスーツを着こなし、知的に思わせる眼鏡をかけた男の名は陳宮ちんきゅう。呂布に仕え、呂布を支えた参謀であるとされているが、異世界での経験を経て、彼は一人の戦士に成り上がっていた。

 故に、呂布は陳宮に戦士として問う。

「陳宮よ。この戦い、どう見る」

「そうですねぇ。片や剣の達人。片や術の達人。同じ達人同士でも、正反対の領分。戦いの行方は、どちらがより自身の個性をより強く出せるか否か、でしょう。殿」

「ウム」

 その下の席では、老人が隣から香る煙管の臭いを嫌い、咳払いで訴えていた。が、女は構う事なく煙管を銜えたままでいるので、とうとう老人は術を駆使し、煙管を女の手から掬い取った。

「観客席は禁煙ですぞ。隣がこの張角ちょうかくでよぉございましたな。ワタクシめは寛大な心の持ち主故……のぉ、諸葛亮しょかつりょう殿」

 三国志の始まりとも言える反乱を起こした男が、希代屈指の軍師に語る。

 女として転生したというより、元より女であったかのように思わせる立ち居振る舞いと色気は、一般人客の目を引き寄せながら、受け入れない。

 ドレスのスリットから見える艶めかしい白い脚が、男の下心を誘っていた。

「そうですね。助かりました。では珈琲を買って来てくれますか? 爺様。頭の回転を良くしたいのです」

「えっと……ワタクシ、しもべではないのですがねぇ……まぁワタクシめは? お優しい心の持ち主ですから? 買って来て差し上げましょう……微糖でよろしいでしょうか?」

「いや、無糖で。なければ外へ買いに行ってください」

「か、畏まりました……っ!」

 笑顔が引きつり、目元の血管が切れそうになりながらも面目を保った張角はそそくさと買いに行く。

 仮にも先の世を生きた一教団の創始者相手を揶揄って楽しんでいた諸葛亮しょかつりょう孔明こうめいは前髪を掻き上げ、異色双眸ヘテロクロミアを見開いた。

「さてさて、どうなるか……そして、皆はどう見るか」

 孔明の異色双眸ヘテロクロミアが見つめる会場左側。

 チームプリンス・アンド・プリンセス――通称、チームプリプリ。通称の可愛らしさとは裏腹に、チーム日の丸、チーム三国志に次ぐ強豪チームだ。

 その主将でありチームリーダーでも転生者が、ファンの女子に囲まれて対応に追われていた。

 王となった後、ヨーロッパの父と呼ばれた男。異世界に転生してイケメン王子となった男の名はシャルルマーニュ。

 今のフランスから始まり、ヨーロッパの十七ヶ国を支配したフランク王国の王にして、ローマ皇帝にまでなった大帝だ。

「シャルルマーニュ様ぁ」

「握手! 握手して下さい!」

「いいよ。だけどもうすぐ戦いが始まるから、始まったら一端……ごめんね?」

 ウインク一つで女性ファンを卒倒させる。

 が、ファンが完全に倒れる前に氷の彫像が皆の体を支え、観客席までの通路付近まで運んで行った。

 異能の使い手はアナスタシア。ロシア皇帝の第四女、アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。悲劇の最期を迎えた皇女は、氷の魔法使いとして転生した。

「陛下……あまりファンを、篭絡するものではありませんよ……」

「あぁ。いつもすまないね、アナスタシア」

 美男美女が会話する。

 それだけでも絵になる光景だ。

 その光景を隣でキャーキャー言って見ているのは、アナスタシアにも引けを取らぬ美女にしてフランスの王女、マリー・アントワネットだ。

 冠のような形の帽子を被った彼女もまるで人形のような可愛さで、チームのマスコット的存在なのだが、戦うと血塗れの王女となってしまう。そのギャップがまたいいと、一部のファンからも人気だ。

「美男美女が見つめ合う……絵になりますわぁ」

「あなたも負けず劣らぬ美女ではありませんか、マリー。先ほどからあなたへの視線を感じて止みませんよ」

「それを言うならあなたもですわ、ラーマ。先程から、向こうで女性がサインを欲しそうにしていますわ」

「失礼。僕はシータ一筋だったもので、視線に疎くて」

 インド叙事詩の主人公、ラーマ。

 誘拐された妻のシータを救うための物語が、民衆の間で広く親しまれていた。

 最後には永遠に出会えない呪いを受けた悲愛の物語は、多くの人々に感動的物語として受け入れられた。

 誰にも靡かず、最愛の王女シータ一筋である点も、ファンの心を魅了するポイントだ。

「どうぞ。サイン、書きますよ。しかしチーム日の丸にチーム三国志。揃いも揃って強豪チームばかり見に来ていますね」

「えぇ。それだけチームルーザーが、延いては、総監督リヒト・ナンジョーを皆が注目しているということでありますわ。その証拠に……見えましたわ」

「本当に来たんですね。ただの噂かと、思っていましたけれど」

 去年チームレジェンズに一位を奪われた、元主力チーム。

 全員が半神半人――とまではいかずとも、全員が神の加護を受けし者達で構成されたチーム・ヴィクトリア。その総監督、通称ヴィクトルが、四名の転生者を率いてやって来た。

 人から神へと至った者、ヘラクレス。

 女神の寵愛を受けし者、アタランテ。

 太陽より生まれた施しの英雄、カルナ。

 神の血を引き継いだ牡牛の怪物、アステリオス。通称、ミノタウロス。

 全員が全員、人の歴史どころか神話にさえ出て来るような者達ばかり。

 神の血を引く者。

 神の加護に愛された者。

 そんな者達ばかりが集いながら、今はチームレジェンズに序列の最上位を許してしまったチームだ。だからこそ、チームレジェンズを今追い詰めているチームがあると聞けば、見に行かない手はなかった。

「塚原卜伝……奴を引きずり出すとは、相手もなかなかやるようだ」

「だが奴は、うちの英雄アキレウスを葬り去った男。それ以前の戦いも全て初撃で終わらせている。奴を相手にどこまでやれるか、見ものだな。ヴィクトル」

「あぁ」

 反応薄。

 だがそれがこの男だ。

 一見、何故こんな事に手を出しているのか不思議なくらい静かな男だが、自身の中に在る軍師としての才覚を自覚し、上手く楽しいようにやっているようだ。

 そういう意味ではチームルーザーの監督も、似通った人種の人間なのかもしれない。

「相手は……ドーマン・アシヤ? 強いのか?」

「強いですよ」

「おや。あなたが来るとは珍しい。神の気紛れですか? 素戔嗚スサノオ様」

 半神半人どころか、もはや神。

 が、人として生を受け、人として英雄となったためか、他の者達と同じく転生し、今はチーム・ヴィクトリアの主将を務めている。

「彼が出て来たが故に来たまでの事。仮にも剣の神として祀られていれば、剣聖の戦いに馳せ参じるは至極当然の事なのですよ。西洋の方々」

 剣の神が見守る中、ずっと沈黙を貫いていた戦況が、動く。

 ジリジリと摺り足で間合いを詰め、呼吸を静止。

 一挙に肉薄し、一閃。道満の首が落ちる様を見ようとしていた卜伝の首が、落ちた――

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