塚原卜伝vs蘆屋道満 2
剣聖、塚原卜伝。
目覚めた人と同じく、彼もまた悟りの境地にいた。
人の域を逸脱し、人ならざる人のまま生涯を終えた剣聖の二度目の人生は、酷く、退屈なものであった。
前世で経験した事全てを覚えている彼にとって、魔力という未知さえ体験してしまえば全て、取るに足らない事ばかりだと、わかってしまっていたからだ。
全てを悟り、知ってしまった彼にとって、世界の変化など些事に等しい。
どんな世界に行こうとも、いつだって彼の目には、彼の進むべき道。進んで行く道が見えていたのだから。
* * * * *
「……」
「何か?」
「……先延ばしだ」
「何がです」
「陰陽術だろうと、魔法だろうと、何だろうと。俺の剣を躱したところで、延命措置に過ぎない。ほんのわずか生き延びたところで、勝敗が変わる訳でもあるまいし……無駄な抵抗はやめて、大人しく立っていろ」
「勝利宣言、と取ってよろしいのかな? ……強気ですねぇ。滑稽なくらいに」
互いにまだ、手の内を探り合っている状態、と傍からは見えているだろう。
だが戦いが始まって一分足らずで、道満は仕掛けられる全ての罠を仕掛け、卜伝は見通せるだけの未来を見た。
そのうちの一つに、首を斬ったつもりが気付けば自分の首が転がっていた、などという物があったが。
「呪詛返しと言う奴か。下手に傷付けると、俺の命が危ないらしい」
「お見通しというわけですか。ならば、どうします」
「……」
どうするか、などと問われたところで、やる事は変わらない。
やりたい事ではないが、やらなければ進まない。時計の秒針と同じだ。このまま立ち続けて呆けていたところで、何も変わらない事は見え透いている。
そんな事は、二つの前世で知り尽くしたが故に飽きた。
「斬り殺す」
「やれるものなら」
摺り足で間合いを詰め、呼吸を静止。
そこから一挙に踏み込んで首を狙えば、呪詛返しによって反射された斬撃が自分の首を絶つ未来はもう見た。
故に、一挙に踏み込みながら首を狙いつつ、首を斬る手前で止める。
今度は逆袈裟で肩を狙い、当たる寸前で止める。
これを道満の全身に向けて、何度も何度も繰り返す。
繰り返すうち、最初は緩慢に見えた卜伝の剣撃が加速し始め、まるで道満の目の前に障壁か何か張られていて、卜伝がそれを打ち破らんと斬撃の応酬を繰り出しているような光景が出来た。
「え、え? え、あの人何してるの? え?」
「ケッケケ! さすが塚原卜伝。道満の呪詛返しは早速見抜いたか。おまけに接近するまでに仕掛けられてた罠の類も全部躱してやがる。さすが、悟りを開いた
“
「奴の見る未来は一つじゃねぇ。俗にいうパラレルワールド――つまり幾つもの分岐した
「普通に考えてまず無理だよ……チームヴィクトリアのアキレウスでさえ負けたんだから」
「踵以外壊されても不死身のアキレウスが、なぁ。一撃で看破された上に二撃でバッサリだものなぁ。ケッケッケッ! 皆伝した奥義とは真逆の性能で批判買ってるのマジウケるな」
「そんなこと言ってる場合……? 道満は勝てるの……?」
「は? 何言ってるんだ。んなもの無理に決まってるだろ」
「無理に決まってる?!」
夜明かしテンションで少しおかしくなったボリュームが監督室で響く。
南條は片耳こそ塞いでいたがあとは冷静で、未だ斬撃の寸止めをされ続ける道満を見下ろしながら淡々と。
「そもそも、幾つもの分岐した未来が見える相手の裏を掻こうと思っても、相手はその思惑さえ見通してくるんだ。そんな相手に勝とうなんざぁ、それこそ神様でもなければ無理だろうよ。たかが陰陽師にそんなの無理無理」
「無理無理……お、終わったぁ!!! わぁぁぁっ!!!」
本気で嘆く安心院の隣で、南條は本気で戦いを見つめていた。
そう。元より勝てるなど思っていない。
だから、勝てると思えるだけの準備をして来た。負けたら死ぬのだから、殺されぬよう準備するのは当たり前。だから道満にも、この戦いの間ずっと準備させていた。
その一つが、相手に斬撃を反射させる呪詛返し。まぁ、早速看破されてしまったみたいだが。
もちろんこれだけじゃあない。
まだ、まだ、まだまだまだまだ、用意している策はたくさんあるのだから。
「せいぜい頑張って解除してけよ? 幾つも分岐した未来の先。たった一つしかない方法を探って探って探り続けて、出来れば最後まで見つけられないまま死んでくれぇ」
南條の勝算。
それは重ねに重ねた準備による時間稼ぎ。稼いだ時間の間に勝機を見出す。それが南條が見出した唯一の勝機。
過去の対戦データは、ほぼ瞬殺。五分もかけていない。
だから実際に戦い、無理矢理に長期戦に持ち込んで勝機を見出す。戦いの中でこそ感じられるもの。第六感とも呼べる感覚が長けた道満ならば出来ると思って繰り出した。
最初は上手く行った。
全身に重ねて掛けられた呪詛返しの術式。
これを破られた次の策がまた通じるとも限らない。
出来る限り長期戦に持ち込み、出来る限り早く突破口を見出す。矛盾を言っている様だが、このチート剣聖を倒すにはそれしかないと言うのが南條の導き出した答えだった。
「斬り殺す……!」
「おや」
『道満、ここに来て初めての負傷! だが卜伝、攻めきれないのか後退した! 何が起こってるのかわからねぇが、凄まじい攻防が繰り広げられている事だけは確かだ!』
傍から見たらわからないのは当然。
だが今、道満の呪詛返しが一瞬出遅れたらしい。道満の腕の骨ギリギリ手前まで付いた刀傷から流れ出る血が、袖を濡らす。
「もう呪詛返しが剥がされつつあるか」
「早っ! まだ二分経ったか経ってないかだよ?!」
「あぁ……」
このままでは直に看破される。
ただし、あくまで呪詛返しだけならばの話だが。
「では、せっかく流血した事ですし……このような
滴る血の溜まった場所が盛り上がって、獣の頭を模した血の塊が卜伝目掛けて襲い掛かった。
未来を見た卜伝は、今は突破不可能と考えたのだろう。迫り来る牙は斬撃で応じるが、ほとんどの攻撃を避け、逃げ続ける。
「いい性格してるな」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてねぇ」
陰陽道に限らず、呪いと犬は切っても切れない縁がある。
犬は呪いを察知し、犬の生き血は呪いを生み出す。
かつての道満も、標的の飼い犬に呪術を見破られ、呪殺に失敗した経緯があった。
それらの縁あってなのか、道満の血は犬の生き血と同じ効力を生み、呪いと犬の深き関係性から生まれ出でた
それを体内に宿す道満の術の名は、曰く――
「“
「斬り殺す……」
首を絶たれた犬の化生が吠える。
首と胴の分たれた漆黒の獣へと、無類の剣聖が挑みかかった。
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