モルガンvsドン・キホーテ 決着

 人は栄光に夢を見る。

 地位、名誉、栄誉、財産、武勲。

 人は、輝ける人生を夢見て描く。夢のある生を描いて生きる。

 だから人は何と惑わし易く、侮り易く、誘い易い。夢に続く道筋を見せてやれば、簡単に尻尾を振るものだから。

 夢という世界に生きる湖の乙女。その長姉たるモルガンにとって、夢に生きる人々は美しくも儚く、弱い生き物だった。

 アーサーでさえ、最後の滅びの運命から逃れられなかった。

 夢は、人を惑わし、滅ぼす底無しの沼。湖の乙女はもしかすると、物語と言う語り手と読み手に美化されただけの、魔物なのかもしれない。

 だから誰も、今まで誰も、自分には勝てなかった。

 モルガン・ル・フェという、夢に住まう妖精には届かなかった。

 故に前世、異世界での生活。そして現世にて戦い続けるモルガンは悟った。

 人は、いつまでも夢に届かぬものなのだと。


  *  *  *  *  *


「……は?」

 腹部中央に突き立てられた四本の剣。

 ジワリと滲みだす混濁の赤褐色。鈍く浸透する電流の正体が痛みだと気付くのに、数秒の時間を要したモルガンは、現実に戻った体で玉座から転げ落ちた。

『も、モルガンが……出、血……? いや! いや! 見間違いじゃない! これは! モルガンが初の負傷! しかも致命傷! そして傷を与えたのは紛れもない、ドン・キホーテだぁぁぁっっっ!!!』

 痛みが脳を通過して、体の隅々にまで行き渡る。

 体が思う様に動かない。這うだけで体が重い。立ち上がる脚が、生まれたての獣のように震えて、支え無しに立ち上がれない。

 後背に並べていた剣の一つを取って支えにしてようやく立ったモルガンと、四つの剣を握る老獪が改めて対峙する。

 いや、ずっと座していたモルガンからしてみれば、これが初めての対峙であり、ドン・キホーテがようやく彼女にとっての敵になった瞬間であった。

「やって、くれたな……騎士擬きが……」

 最早、最早、最早最早――ただでは済まさぬ。

 アロンダイト。

 ガラティーン。

 カーテナ。

 そして、クラレント。

 四つの名剣を水へと還す。それらを基に、モルガンの持てる九分九厘の魔力を注ぎ込んで作れる剣。即ち、モルガン・ル・フェの最強で以て、敵を殺す。

 曰く――“湖の乙女がエクスカリバー抱きし幻想・モルガン”。

絶対に殺すモルゴース

「ケッケッケッ。スゲェ、スゲェよこれが、あの女の本気マジ……!」

「す、凄い殺気……手汗が、体の震えが止まらない……!」

 南條も初めて冷や汗を掻く。

 命の危機に瀕している一人の女が出しているとは思えないプレッシャー。

 アーサーには悪いが、円卓の騎士らとは異色の威圧感。

 だが、南條はこの瞬間を待っていた。

 どちらが勝つかわからないシーソーゲーム。一瞬で勝敗が引っ繰り返るギリギリのスリル。南條がずっと求めていたものだ。

 そうした危機の中で開花する力にこそ、南條は光を見る。

 四つの剣を一つにまとめ、全ての腕で柄を握る。大きく後ろに振り被ったドン・キホーテの手に握られたのは、十拳剣とつかのつるぎが如く柄の長い大剣だった。

 名付けるなら――“王女に捧ぐソード・フォー・騎士の銘剣ドゥルシネーア”。

「騎士擬きがぁっ……」

「おふくろ……」

 観客席にいた円卓の騎士らが沈黙で見守る中、上階に立ったアーサーがモルガンを見下ろす。

 普段とは逆の立場に立つアーサーは、どんな気持ちで見守ればいいのか、正直に言ってわからなかった。

 ただ信じて待つしかない。祈る事しか出来ない。彼女、モルガンの勝利を。

「勝利を確約された王の剣、超えられるものかぁぁぁ!!!」

 “湖の乙女がエクスカリバー抱きし幻想・モルガン”――!!!

「どぅぅぅぅぅぅ……るあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 “王女に捧ぐソード・フォー・騎士の銘剣ドゥルシネーア”――!!!

 奇しくも第一試合のアーサーと芹沢の最後と光景が被る。

 互いに大きく振り被って繰り出した大剣による一撃が衝突し、剣同士の衝突とは思えない衝撃が周囲に広がり、幾重にも重なる音と光で会場が満たされる。

 カメラもドローンも機能せず、ただただ眩い閃光が映し出され、見せられる中、一瞬の均衡の後に優劣が着いた対決の行方を終始見守れたのは、同じ聖剣をかつて持っていたアーサーただ一人だけだった。

 両者の剣が砕け、散る。

 完全に振り下ろしてしまったモルガンに対し、途中で切り返したドン・キホーテは大きく剣を引き、鋭い突きを繰り出した。

 防御は間に合わず、夢への逃避も叶わず。双方ともどうしようもなかったモルガンに出来た事は一つだけ。

 屈辱と共に、侮辱と共に、突き出された刺突を受け入れるだけだった。

 アーサーが息を呑んだように、皆が揃って息を呑む。

 ようやく光が晴れて、遮る物が何もなくなった皆の視界に飛び込んで来たのは、折れた大剣を突き出すドン・キホーテと、それを受けて胸部が爆ぜ、左腕が吹き飛んだモルガンの姿。

 吹き飛んだモルガンの左腕が落ち、失った胸部に空いたあなから血が滴った時、何か言い遺した様子のモルガンが背中から倒れ、場は静寂に包まれた。

 静寂を破ったのは、破らざるを得なかった実況の声。

『ち、チームレジェンズ対、チーム、ルーザー、第六試合……女王モルガンを制し、勝利を収めたのは……ど、ドド、ドン・キホーテェェェッッッ!!!』

It's the best これぞ最高のentertainmentエンターテインメントだ!!!」

 会場騒然。

 チームレジェンズ、まさかまさかの二連敗。

 しかも負けたのは勝率十割の絶対女王モルガン・ル・フェ。

 三度目の正直とチケットを買った人々の、悲しみと怒りの混じった阿鼻叫喚。純粋にモルガンの敗北を嘆く人々の声が渦を巻く中心で、ドン・キホーテは声高々と。

「どぅぅぅるるるるるるあああぁぁぁっっっ!!!」

 天を衝かんばかりの咆哮を、轟かせた。


 第六試合。勝者、チームルーザー。ドン・キホーテ。

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