モルガンvsドン・キホーテ 4

 腹に深々と突き刺さったカーテナ。

 切っ先がない剣と言えど、腹の中央に剣が突き刺さっていれば、誰もがもう終わったと思うだろう。

 ただしそれは、相手がモルガンでなければの話。

 実際観客の誰も騒がなかったし、実況も騒がない。何より監督室のポラリスは、企んだような悪い笑みを浮かべて笑っていた。

 そしてモルガンはゆっくりと項垂れていた顔を上げ、不適に笑ってみせた。

「それで終わりか? 騎士擬き」

「ヤバッ! ドン・キホーテ!!!」

 安心院の叫びも空しく、モルガンのカーテナがドン・キホーテの胴を穿つ。

 吹き荒ぶ突風に巨体が飛ばされ、壁へと叩き付けられるどころか埋め込まれたドン・キホーテは、甲冑の隙間から嘔吐した血液を吐き出した。

『貫通!!! モルガンの一撃が、遂にドン・キホーテの致命傷に届いたぁ!!!』

「ギャアアア!!! ドン・キホーテェェェ!!!」

 安心院が叫ぶのも無理はない。

 今まで亀裂が入りながら、砕ける事無く老体を守っていた甲冑が壊れ、ドクドクと鮮血が流れ、溢れ出る。

 剣を唯一持っていない手で傷口を押さえて呻くドン・キホーテの、甲冑の隙間という隙間から血を流す様は、あまりにも痛々しくて見ていられない。

 最早、ここまで。

 諦めかけた安心院の後頭部を、南條が叩いた。

 文句を言おうと思ったが、先に観客席の様子に気付く。

 右を見ても左を見ても、響き渡るモルガンコール。声援、応援の全てはモルガンへと、チームレジェンズへと向けられており、諦める事無く立ち上がろうとするドン・キホーテを応援する声は一つとしてない。

 完全なるアウェーだ。

 だがそれでも、ドン・キホーテは諦めない。掴んだ剣は離さない。剣を突き立て肢体を支え、力強く踏み締めて立つ彼を誰も応援しない。

 応援すれば、どうして奴を応援するんだと迫られるから出来ない。そんな空気さえ感じられないくらいに一方的な状況で、ドン・キホーテは天を仰ぎながら立ち上がった。

「第一試合から、ずっとそうだったろ。敗者おれたちを応援する奴なんて誰もいねぇ。因縁のある歴史家や転生者が見に来る事はあったが、応援なんてほとんどなかった。誰とも繋がりがねぇドン・キホーテに限れば、ここは完全な敵地。アウェーの中心だ。そんなところで戦う事を強いた俺達が、先に諦めてどうする! エンターテインメントじゃねぇだろう?!」

「それはそう……だけれど……でも……」

もクソもねぇ。他でもねぇ戦士が諦めねぇ限り、先に俺達が音を上げる訳にはいかねぇんだよ」

 狂気の騎士は、今の状況を理解し切れているだろうか。

 戦場は敵地。周囲は皆、敵。

 力を揮えば罵られる。追い詰めれば揶揄される。

 誰も自分を励まさない。誰も自分を応援しない。誰も自分を鼓舞してくれない。会場の何処にも、味方はない。

 自分の駆け抜けた世界に、味方はほとんどいなかった。

 皆が自分の言葉を妄言と信じず、誰もがこれが現実だと言って否定して来る。自分の言動の全てを否定され続け、いつしか自分の全てが何も残せないと気付いた時、ドン・キホーテはアロンソ・キハーノとして、異世界に目覚めた。

 夢に見た騎士道の世界。

 人馬という得体の知れない種族に生まれながらも、夢見る男は夢に生きた。

 騎士として生き、騎士として戦い、騎士として死ぬ。そんな人生を夢見るよう作られた男の物語は、異世界にて実現した。

 諦めねば、夢は叶う。

 そんな事は言えない。

 自分はただ、諦めない事しか出来なかった。

 異世界に転生しても、人馬となっても、狂戦士となっても同じだ。諦めない事。夢を見続けると言う事しか、ドン・キホーテという騎士には出来なかったのだ。

「どぅぅぅ……」

「まだ立つか。騎士擬き」

 憤怒。嫌悪。憎しみにも似た感情が、モルガンに抜かせる。

 湖、太陽でも足りない。慈悲の剣など勿体ない。抜くのは憤怒――最後まで王に、父に叛逆した息子きしの剣。

殺せアコーロン

 “湖の乙女がクラレント抱きし憤慨・エレイン”。

「やっちまえおふくろぉ! 俺の剣なら、イチコロだぜぇ!」

「愚息が……調子に乗るんじゃない」

 アロンダイトでドン・キホーテの左右に水柱を立てて行き先を封じ、ガラティーンで他の領域を水蒸気爆発で更に逃げられなくさせた上、カーテナの操る風で敢えて道を作る。

 その行く先に待ち受けるのはモルガン。そして、死。

 今のモルガンが召喚出来る最強の剣で以て迎え撃つ、絶対の布陣。

 過去全ての試合で、モルガンが四つの剣を召喚して負けた試合はない。息子の剣にて斬れなかった敵もない。最強にして盤石な布陣が、今、整った。

 敵はただ真っ直ぐと、覚悟を決めて突き進む以外にない。

 腹を括り、斬られる事を覚悟の上で進む以外に残されていない。モルガンが許した道は、たったの一つ――自身の勝利だけである。

 通称、ロード・オブ・モルガン。約束された勝利への道。

「もう無理だぁ……これはもう、さすがに……南條」

「……安心院。何で俺がモルガン相手に、ドン・キホーテをぶつけたか、わかってるか」

「それは……モルガンの剣に対抗出来る、から……?」

「剣だけじゃねぇ。俺は、

 モルガン最大の強み。

 円卓の騎士の名だたる名剣を召喚出来る点も強いが、一番強い点は彼女の出自だ。

 彼女は元より人間ではない。湖の乙女。つまりは妖精の類、物語に描かれる空想上の存在だ。故に彼女の存在は、現実世界に固定されない。

 ドン・キホーテに腹を貫かれた時のような回避不可能の状況でも、彼女は夢幻の中に身を投じて逃げ出す事が出来る。

 要は他の人が一つの次元にのみ干渉出来るのに対し、彼女は他の次元に関しても干渉する事が出来ると言う事だ。

 だから彼女は無敗であり、今まで無傷のまま戦いを終わらせて来た。

 が、もし同じ物語の登場人物ならば。

 もしも彼女と同じ、夢と現実を行き来出来る人物ならば。

 敵はただ、真っ直ぐ突き進むのみ。しかしそれは逆を言えば、モルガンに回避する気はない事、不動である事を意味する。

 仮に魔剣を掻い潜ったとしても、夢に逃げられると思っているだろうモルガンの不意を突けるとすれば、今しかない。

「ケッケッケッ。逃げ場を失ったのは、どっちかな……モルガン」

 ドン・キホーテは地面を掻く。

 前足で蹴った地面の中から飛び出して来た岩の剣を握り取ったドン・キホーテは岩を握り砕き、崩れ落ちる石の中から漆黒の魔剣を抜いた。

 クラレントさえも模造出来る事に、最早モルガンは驚かないし憤らない。四本の剣を四つの腕に持った姿は壮観ながら、モルガンの心は打たれないし動かない。

 地面を掻くドン・キホーテの繰り出す一手は、もう決まっているのだから。

 “風車姿の怪物殺しギュスターヴ・ドレ”。用意された道を突き進む、猪突猛進ただ一つ。

「どぅぅぅるぅあああぁぁぁっっっどぅぅぅあああぁぁぁっっっ!!!」

 渦巻く風の中、左右を熱と高く上がる水柱に挟まれながら走るドン・キホーテの滑走は、死地へ赴く騎士そのもの。

 が、ラ・マンチャの騎士に死ぬ気はない。

 男の描く理想の騎士に、敗北の二文字は背負わせない。

 故に理想、夢は今、高く険しい現実という壁に挑む。

「せめて散り様くらい華やかに見せるが良い」

 “湖の乙女がクラレント抱きし憤慨・エレイン”。

 漆黒が、ドン・キホーテを呑み込む。

 全ての敵は漆黒の中で溶け、生気を抜かれたように死に絶えるだけだが、ドン・キホーテは荒れ狂う姿を晒しながらも猛進し続けていた。

 が、モルガンは動かない。また夢へと逃げればいい。それだけだった。

 今まで通りならばだが――

「お願いっ」

 安心院は祈る。

「……!」

 作者ミゲルは見守る。

「――」

 南條は最後まで見届けて、安心院を驚かせる形で不意に立ち上がった。

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