モルガンvsドン・キホーテ 3

 魔剣の模倣と創造。

 それがドン・キホーテの能力――と、周囲は思っているだろう。

 モルガンもそう思い込んでいるといいのに、と南條は思っていた。

 ただ、騙すのなら身内からと言うけれど、隣で見事に騙されている安心院を見ると何とも滑稽で、とにかく面白かった。

「え? え? えぇぇ?! アロンダイト?! え! アロンダイトぉ?! 何で?! ってか、ドン・キホーテってそんな事出来たの! えぇぇ!!!」

「うるせぇな。落ち着け」

 後頭部を強く叩かれる。

 机に思い切り突っ伏した安心院は、ぶつけた額を摩りながら涙目で訴えた。が、自分には一瞥もくれない視線に、ドン・キホーテの方を見ろと促された。

「今のドン・キホーテは物語の化身だ。『ドン・キホーテ』って言う物語に出て来る登場人物を圧縮して一つにした形。その能力はズバリ、だ」

「そ、想像力……? それって、モーツァルトの鎮魂歌レクイエム作成スキルと同じ感じの?」

「まぁ、似て非なる能力だな。自分の事を、読み耽っていた騎士道物語の騎士と思い込んだだけじゃなく、本当に騎士として冒険したアロンソ・キハーノ。その能力はただ一つ。だ」

「騎士に、す、る……?」

 頭に浮かんだ疑問符。

 確かに説明としては抽象的。

 自分を騎士にするという能力はつまり、とより詳細な説明を求められた南條は、面倒臭そうにしながらもドン・キホーテの握る魔剣とモルガンの握る魔剣を指差した。

「物語の中で、ドン・キホーテは最終的にアロンソ・キハーノっていう貴族に戻る。結局奴は騎士になれず、騎士物語としては残念な結末を迎えた。だからドン・キホーテの願いは、騎士になる事。そのために必要な魔法、剣技、その他諸々を獲得していく。必要だと思った能力ものを吸収し、理想の騎士に近付く。それこそがドン・キホーテの能力」

 曰く――“郷士にして騎士なる狂気イダルゴ・アロンソ・キハーノ”。

「仮に偽物であろうと、騎士擬き風情がアロンダイトを握るとは……烏滸がましい」

 苛立つモルガンの突き立てた魔剣が、高い水飛沫を上げる。

 宙に舞い上がった水飛沫が一点に集中し、差し込む夜明けの光を型にして、沸騰する水の中からその剣は作られた。

 魔剣を後背に並べた女王は舞い降りた聖剣をその手に握り、横に薙ぐ。

「まだ正午には程遠いが……砕けて、果てよ」

 剣は、光と熱を抱く。

 それはアーサーの聖剣と兄弟として並べられ、太陽に愛されし騎士が腰にした偉大なる聖剣。

 “湖の乙女が抱きしガラティーン・輝ける熱情ニミュエ”――!!!

 横薙ぎ一閃。

 玉座から放たれた一撃が広がり、戦場全域に広がる。

 ドン・キホーテの鎧が罅割れ、巨体は再び壁に叩き付けられる。

 戦場を囲うように並べられていた椅子の背もたれが燃えて、列席を赦すまいとする光景は圧巻の一言。水の敷かれた戦場を囲う燃える座席というのは、ドン・キホーテの物語に挿絵を描いたギュスターヴも描きたいだろう光景だった。

 実際、戦いを映像で見ていた万能レオナルドは、絵筆が進む進む。

『何と幻想的な光景か……太陽の騎士、ガウェインの聖剣をも作り上げたモルガン! ドン・キホーテを再び吹っ飛ばしたぁ!!! ドン・キホーテは何とか立ち上がるが、これはさすがに効いたかぁ?!』

 が、ドン・キホーテは立ち上がる。

 観客席で一人。涙しながら本を持ち、戦いを見守るミゲルは、立ち上がれとドン・キホーテを鼓舞し続けていた。

 魔剣を支えに立ち上がるドン・キホーテはゆっくりと、一歩、二歩と歩みを進める。

 魔剣を持つ手は、一切緩まない。そして下に生えた両手の左は筒のように丸を作り、右は筒の中に四指を入れた。

 さながら東洋の抜刀術のように、押し込んだ右手を引き抜く。

 鞘を模した左手から抜いた光剣は、たった今モルガンが横薙ぎを繰り出したのと同じ聖剣。唯一違う点は、剣が宿しているのが光ではなく、炎であると言う事だ。

  “湖の乙女が抱きしガラティーン・輝ける熱情ニミュエ”。

「また、創造を……!」

「アルタイルが動いた時点で、モルガンが出て来る事は想定済み。そしてモルガンの対策として召喚したのがあいつだ。これくらいはして貰わなきゃな。さぁ……エンターテインメントを始めようぜぇ!!!」

 左上腕に魔剣。右下腕に聖剣を持った人馬が、構える。

 魔剣、聖剣を幾つ作ろうとも、使える技はたったの一つ。

 挿絵として遺された歴史的敗北。

殺せアコーロン

「どぅぅぅるぅあああぁぁぁっっっ!!!」

 “風車姿の怪物殺しギュスターヴ・ドレ”――!!!

 輝ける光輝が爆ぜる。

 先までとは格の違う二つの剣を持って突進するドン・キホーテは吹き飛ばされまいと踏ん張りながら、ゆっくりとだが突き進んでいく。

殺意増強モルゴース

 アロンダイトを取り、水けで満たす。

 次に構えたガラティーンの灼熱で膨張した水けが起こした水蒸気爆発によって、ドン・キホーテの体がまた軽々と吹き飛ばされた。

 転げ、壊し、転げ、ぶつかって止まる。

 甲冑全体に亀裂を入れて尚諦めを知らぬ狂戦士の手は、未だ掴み取った勝機けんを離さないままでいた。

 何度地に伏せ、壁に叩き付けて尚不屈。

 諦めの悪いドン・キホーテへと、モルガンは苛立ちを募らせる。

 取り出す剣は一本で事足りると思っていただけあって、想定以上のタフさに苛立つばかりであった。

「そこまで足掻くであらば、良いだろう……徹底的に、圧倒的戦力差で、貴様を潰しに掛かってやる」

 苛立ちが、モルガンに第三の剣を取らせる。

 それは今も実在する剣。

 されどそれは紛失され、現存するのは二代目である。

 つまりモルガンの作るそれは、失われた初代。慈悲の剣と呼ばれし原初の剣が、数千年ぶりに表舞台へと姿を現した。

 曰く――“湖の乙女がカーテナ・抱きし慈悲の冷涙ニヴィアン”。

「罅だらけの装甲に風穴を開けよう」

 ガラティーンをも列に並べたモルガンは、座したまま大きく剣を引く。

 座したままであろうと、切っ先がなかろうと関係はない。失われたオリジナルのカーテナは、湖の乙女と同時、天使からの祝福さえも与えられたという儀式剣。

 その刺突は、さながら吹き荒ぶ烈風が如く、天を衝く。

『竜巻を纏った鋭い刺突が、ドン・キホーテを襲う!!!』

 会場全体が風と水に飲まれて、客席やモニターから一切見えなくなる。

 今までの状況からして、ドン・キホーテが無事だとは思えない。老体を守る甲冑めっきは剥がれ、騎士としてあるまじき醜態を晒しているだろう光景が想像される中で、戦場を唯一把握する位置に座するモルガンだけが違和感を感じていた。

 見えてはない。聞こえてはない。が、荒れ狂う風の流れで感じてはいた。

 かの騎士擬きはまた、剣の創造に成功したのだと。

「どぅぅぅるるる……」

 “湖の乙女がカーテナ・抱きし慈悲の冷涙ニヴィアン”。

 天衣無縫。

 吹き荒れる嵐を切り裂きながら猛進。

 風の中を突き進んで行ったドン・キホーテは魔剣、聖剣をも携えて駆け抜け、モルガンの解き放った暴風は霧散。

 風と水の包囲網が掻き消え、皆の視界が開けた時、最初に飛び込んで来た光景は、ドン・キホーテが突き出した切っ先の無い刀剣が、モルガンの腹部中央を貫いている瞬間であった。

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