モルガンvsドン・キホーテ

モルガンvsドン・キホーテ

 百戦錬磨。

 モルガンの戦績は、完勝の一言に尽きる。

 今まで敵に傷を負わされたどころか、触れさせた事すらない。同じ時代、同じ国の生まれでも、アーサーとはまるで正反対に位置する最強だ。

 これまで計十名の転生者が競い合ってきたが、モルガンほど魔法に長けた者はない。

 過去、レオナルドが知的好奇心から手合わせを挑んだ事があるが、同じ魔法戦で万能の天才が辛うじて喰らいつく程度で精一杯だった。

 絶対的強者。

 女帝、女王の座に就いた者は、今試合ではブーディカだけだが、他の女帝や女王の転生者と比べても彼女が負ける未来はないだろう。

 それがモルガン。

 グィネヴィアに続くアーサー第二の妃。

 叛逆の騎士モードレッドの母にして、息子を使ってアーサーと、国を滅ぼした傾国の女王。

 そんな女の初手。誰もが注目する彼女の初手は、短い欠伸だった。

「アーサーのためとはいえ、何故私がこのような……それも、獣の相手なぞ……」

 開戦が告げられてから、ドン・キホーテは動かなかった。

 腰に差した四つの剣を抜く事もなく、ずっと項垂れたまま、指示を待つかのようにずっと動かない。

 ただ一つ動きがあるとすれば、突進前の牡牛が如く、前足で砂を掻く動作を延々と続けている事だが、モルガンはそれ以外に他の動きを見せず、言葉遊びもしない異形の傀儡を相手に退屈していた。

「まぁ良い。先までの戦いは見ものだった。トモエ、ジャックの敗走も驚くまい。故に――滑稽に死ね。私の前で騎士を名乗る残骸風情が」

 モルガンの手指揮に合わせて、フィールドに水が満ちる。

 湖の乙女の長姉としても語られるモルガンにとっては造作もない事だ。かの聖剣を与えた湖の乙女として、水からあらゆる剣を作り出す事も出来ない事ではない。

 だがここで作られるそれは全て、出来損ないだ。全てかの聖剣を作り出す過程の中で作られた失敗作。湖の騎士ランスロットに渡した魔剣アロンダイトより、ずっと劣る没作品。

 が、人を殺す程度の力はある。

殺せアコーロン

 水面から跳ねた剣が、次々と切っ先をドン・キホーテへ向ける。

 剣が震え、発射される時を待つ間さえも、ドン・キホーテは動かない。

 一応は観客席に向かっていたモードレッドは、屋台で買ったたこ焼きとお好み焼きと焼きそばとを頬張りながら勝利を確信していた。

 母、モルガンの勝利は揺らがない。

 父アーサーもそう思ってかなりの苦戦を強いられた上での辛勝だったが、モルガンに限ってそれはあり得ない。

 レオナルドに次いで圧倒的魔法センスを見せるモルガンに、騎士擬きが通じるはずもないのだから。

 だが、そう思えたのも最初だけ。

 すぐさまに思い出す。辛勝した父の姿。それを思えば当然の如く、モルガンの相手を務めるドン・キホーテが、ただやられるだけなどあり得なかった。

 射出される刀剣の群れ。

 自分に対する敵意と攻撃とがトリガーとなり、ドン・キホーテが起動。高々と吠えると、腰に差していた四本の刀剣を抜いて応戦し始めた。

 四本の腕で、剣の驟雨を弾き飛ばす。弾いて弾いて、弾き続ける。

 が、それで終わらせる気など毛頭ない。

殺意増強モルゴース

 射出される剣に纏われた魔力が増した。

 解き放たれた剣がドン・キホーテの剣諸共砕け、四つの腕から武器を奪う。

 それ見た事かと顎で差すモルガンの解き放つ剣が一斉に放たれた時、誰もがドン・キホーテの敗北を想像力の裏側に描いた。

 が、ドン・キホーテとてそれで終わる気はない。

 人馬という異形の姿ながら難なく躱した剣の柄を掴み取ったその手で次弾を打ち払い、次に来た剣も同じ要領で掴み取って次に来た剣を弾く。

 それをまた二度繰り返したドン・キホーテの四本の腕には、モルガンの作った剣が揃っていた。

『剣を全部砕かれたドン・キホーテ! しかし何という事か! モルガンの放った剣を取り、すぐさま四本揃えちまった! そのままモルガンの放つ剣を払う払う払う、払う! 打ち払っていくぅっ!!!』

 例え剣が砕けても、例え剣が折れようとも、次なる剣を取ってドン・キホーテは進む。

 風車の怪物へ向かって行くかのように、自らの手綱を緩めず進むドン・キホーテは、少しずつモルガンの座る玉座へと近づきつつあった。

 だが――

「くどい」

 かつてアーサーが打ち倒したとされる巨人、が持っていたのではないかと思われるサイズの巨剣が、一直線に放たれる。

 重ねて繰り出された四つの剣を砕き、ドン・キホーテの体を後ろに押し退ける巨剣の衝撃は、鎧の内側に閉じ込められた老獪の肉を貫いた、と誰もが思っていた。

 だが、モルガンが最初にほぉ、と言ってみる。

 実際、剣の切っ先。その先端さえドン・キホーテの体を穿ってはいなかった。剣を砕かれたドン・キホーテは咄嗟に四つの拳を刀身に突き立て、ギリギリ手前で受け止めたのだ。その後押し退けられたが、お陰で突き刺さらずに済んだ様子。

「単なる馬鹿力ではなさそうだ。に、しても……我の剣を取り、振るい、剰え受け止め、そして今、その場に叩き伏せようなどと……そんなにも残酷な死を遂げたいか、害虫めが」

 四腕四脚の人馬。

 そんな怪物じみた姿になって尚、ドン・キホーテを応援する者が一人。

 ドン・キホーテの作者、ミゲル・デ・セルバンテス。

 会社の借金を背負わされて投獄された獄中で、死に物狂いで書き上げた作品が「ドン・キホーテ」だった。だから自分の描いた物語の主人公が、どんな姿であれ目の前にいて、歴戦の勇者と名高いモルガンと戦える事が誇りだった。

 だが、負けるのは嫌だ。

 相手は強い。実力はもちろん、物語としても。

 相手は騎士道物語の代表格。その主人公ではないにしても、主人公と同格以上の存在感を示すモルガンだ。相手にとって不足はない。寧ろ、力不足にさえ感じる。

 けど、やっぱり負けたくない。

 どんな姿でもいい。どんな無様な醜態を晒しても構わない。勝ってほしい。勝って、地獄の中で生まれたおまえの存在を世に知らしめて欲しい。

「騎士を騙る害虫に、剣で死ぬ栄誉を与えようと思うたが……」

 会場全体の水気が引いていく。

 掻き集められた水けはどこへ――行き先は、すぐにわかった。

 頭上だ。モルガンの頭上で、球体となって浮かんでいる。

 水の中に手を入れたモルガンは力強く振り下ろし、を抜いた。

 曰く、湖の乙女に愛されし騎士に与えた魔剣を基に作り上げた、新たな魔剣。

 “湖の乙女がアロンダイト・抱きし清き光ヴィヴィアン”。

「妄言諸共殺してやろう」

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