第六試合

チームレジェンズ対チームルーザー 6

『三対二……再び圧倒的敗者が、歴戦の勇者に並び立つチャンスがやって来た! チームレジェンズ対チームルーザーもいよいよ大盤! 注目の第六試合! 野郎ども、準備はいいかぁ!?』

 もう日を跨いだというのに、観客席の熱量は変わらない。

 寧ろヒートアップしているようにさえ思える。

 それはそうだ。

 一敗したとしても二敗はないだろうと、再度チケットを買った観客の予想はまたも大外れ。まさかの二敗目を喫したチームレジェンズへの罵倒と激励の意を籠めた雑言が飛ぶ。

 破かれたチケットが紙吹雪となって、装いを新たにされたフィールドへと舞い散った。

 レジェンズ側には一席の玉座。

 それを囲うように小さな席がフィールドの隅に置かれている。まるで一人の圧倒的支配者と、それに従う配下のような構図は、チームルーザーからの要望であった。

 つまりルーザーは、レジェンズの一手を読んでいる事になる。誰が出て来るか分かった上でこの戦場を選び、選手を選出したと言う事はつまり、勝つ算段があると言う事だ。

 総監督ポラリスは戦場を見た瞬間から、胃の腑が締め付けられるような感覚を感じて堪らなかった。もしもこれで負けようものなら、絶対に失神する自信がある。

『さぁ、登場して頂きましょう! 歴戦の勇者達に牙を剥き、チームを同列に並べんとする勇士は……この人――!!!』

「ではないぞ」

 黒と白が混じった長い髪。

 翼を模した装飾が肩に施された黒いドレスを纏った女性は、裾を持ち上げて深々と頭を下げた。

 実況に手招きし、マイクを寄越せと促す。

 渋々実況がマイクを渡すと拳でとんとん、と軽く叩き、話そうとしてマイクが声高に叫んだので、耳を塞いでマイクを手放した。

 実況に、口元まで持って行けと指示して、咳払いで改める。

『お初にお目に掛かる。妾はセミラミス。チームルーザーが総監督、南條なんじょう利人りひとと契約を結んだ転生者である。此度はチームルーザー、第六の刺客を連れて参った。天を仰ぎ、刮目せよ』

 皆がそれを、言われた通りに刮目して見る。

 光学迷彩を纏い、空に姿を隠していたそれはまるで未知の飛行物体。俗にUFOと呼称されるような物体に酷似した、巨大な空中要塞であった。

 セミラミスの逸話を知る者ならば、誰もが知っている。

 かつてネブカドネザル王によって作らせたとされるバビロンの空中庭園。世界でも七不思議として数えられるセミラミスの所有する空飛ぶ庭の存在を。

『物語……そう、妾と同じく、その者の物語は、多くの物語から始まる! 数多の物語を読み耽った男は辿り着いたのだ! 我こそ、ラ・マンチャの騎士であると! 我こそが、騎士の中の騎士であると!』

 空中庭園の中央が開き、何かが下りて来る。

 不可視の螺旋階段を下るかのようにフィールドへと駆け下りて来るそれは、中間付近まで下りて来たところで、フィールドへと一直線に飛び降りて来た。

『妄想に生き、虚言を吐きながら現実と戦った老獪の物語は、人々に何を促したのか! 病に倒れて現実へと引き戻された老獪は、現実に絶望したのか否か! 今ここで証明して貰おう! 今ここで、体現して貰おう! 誇り無くも穢れ無き、妄想の騎士……ほい』

『え?! あ、えっと……ラ・マンチャの騎士、ラ・マンチャの騎士……っ! ど! ドン・キホォォォテェェェ!!!』

 最後の最後で丸投げとは思わず、噛みそうになったが何とか言えた。

 フィールド中央へと降り立った、老騎士とは言い難い怪物の名を。

 四足四腕の人馬。全身に西洋鎧を纏った異形の騎士は、言葉を発する事もなく、視界を得るための穴から白く濁った熱を吐いていた。

「では、妾はこれにて失礼。役目は送迎だけなのでな」

「え?! あ、はい……」

 観客の皆に一礼し、踵を返してそそくさと退場するセミラミスの背に、状況の理解が追い付かなかったレジェンズ応援陣は咄嗟に手元の何かを投げ付ける。

 しかし全てはセミラミスに届かず、暗闇へと消え逝く女帝の背を汚す事さえ叶わなかった。

 ポラリスも手元のカップを投げ付けたかったが、届くはずもない。そこは隣にいたアルタイルが、彼女の手を押さえ付ける形で押し込めていた。

「大丈夫だ。寧ろこれは僥倖だろう。あの女の能力は知らないが、セミラミスと言えば人類最初の毒殺殺人者。それに、あいつと同じで純粋な人間ですらない。ドン・キホーテなんかより、よっぽど厄介だ。これで、こちらの勝利はより安定した」

「……そう、ですね」

『え、えぇ……早速波乱の展開でありましたが! 改めまして、チームルーザーからはラ・マンチャの騎士! ドン・キホーテ! 彼に対抗する絶対的勝者、チームレジェンズが送り込む刺客は……この人だ!!!』

 ジャック・ザ・リッパーの時と同様、霧が広がる。

 だがジャックの時と違って、運営は何もしていない。霧は、彼女自身の魔法が作り上げていた。

『数多の神秘が重なる時代! 騎士王の伝説と共に語り継がれて来た彼女は、多くの姿、顔を持って生まれ出でた! 彼女は一体何者なのか! 王の亡骸を楽園へと運ぶ妖精か! 叛逆の騎士の母として、国を滅ぼした魔女なのか! はたまたブリテンという国が寄越した冷酷なる女王か! ただ、これだけは言える! 彼女は絶対的勝者だったと! 人にあって、人に非ず! アーサー・ペンドラゴンと並ぶ、騎士王国の女王!!!』

 ヒールを鳴らして現れる。

 霧の中から、霧を纏って現れる彼女は、セミラミスにも負けず劣らぬ女帝。

『モルガァァァン・ルゥ・フェェェッッッ!!!』

 女帝モルガン。

 アーサー第二の妃にして、モードレッドの母。

 総監督ポラリスが、唯一苦手とする相手。しかしその戦績。勝率十割。

 アルタイルの加勢によって動いた無敵浮沈艦が、今、用意された玉座に鎮座する。

『さぁ、両雄揃いました……! チームレジェンズ対、チームルーザー! モルガン・ル・フェ対、ドン・キホーテ! ……開始ファイッ!!!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る