第五試合終了

幕間 3

 第五試合にして、チームレジェンズまさかの二敗目。

 それも自陣に有意なフィールドに招いた上で。相手に大きなハンディキャップを与えておいた上で、それで負けた。

 何人も、何十人も倒して来た必勝、常勝の型で圧倒的に負けた。

 何が歴史改竄失敗者。チームレジェンズ常勝の歴史がまた、破られた。

「巴に続いてジャックまで……今まで積み上げて来た必勝が、常勝のチームが壊れてく……崩れてく……」

 今までにない緊張感。

 トイレに行ったら、胃袋ごと中身を嘔吐しそう。

 体の芯から冷え切って、震えが止まらなくて、吐きそう。

 常勝の二文字が、重く圧し掛かって来る。誰からも掛けられていないプレッシャーを勝手に感じて、震え続ける体を必死に抱き締める。

「おいおい。この一戦だけで随分ヤツれたなぁ、ポラリス」

「お兄――アルタイル」

 瘦せ型ながら、筋肉質な体。

 ポラリスと同じ色素の薄い髪と肌をした相貌の整った男が、煙草を噴かしながら監督室へと入って来た。

「随分とやられているじゃないか。胃薬でも飲むか?」

「……いらない。いりません。次の戦いを、絶対に決めないといけませんから」

「三対二、か。流れは向こうが掴み始めてる。このまま連勝されると、最後の試合が怖いぞ」

「わかっています。わかっていますが、もう……わからなくなってしまいました」

 ジャック・ザ・リッパーを出したのは、会場の雰囲気を再びレジェンズ一色で染め直したい意味合いも籠めてだった。

 ストリートファイトという絶好の舞台。

 ロンドン街という場所も含め、ジャックが断然有利である状況下で、負けるだなんて考えてもいなかった。

 そもそも今までにジャックに勝てた相手などいなかったのだから、今回だってそうだという自信があって然るべきだ。

 なのに。

 なのに、負けた。

 しかも圧倒的大差を付けられて。こちらの手を全て利用し尽くされて負けた。これ以上ない屈辱だった。

 そりゃあ、向こうがストリートファイトを二つ返事で承諾して来た時からおかしいと思うべきだったかもしれないが、それでも負ける気なんてなかった。どんな奇策だろうと、ジャック・ザ・リッパーに及ぶ事はないと思っていた。

 なのに結果はこれだ。

「展開としては、ルーザーは第四試合同様イーブンに持って行こうと考えるはず……持ち札の中で最良の一手を繰り出して来るに違いありません。それもモーツァルトを超える程の……」

「まぁここまで温存して来たんだから、十中八九そうだろうな。モーツァルトに関してはレオナルドが『俺様が万能の天才だから勝てた! 今回の報酬は倍額でな!』って、言い切ってたくらいだからな。そのレオナルドをもう使っちまった今、どうするべきかだが――」

 こつ、こつ、と冷たい音が響く。

 妹の危機を察して駆け付けた兄は、妹に自分の出せる最善手を用意していた。

 妹ポラリスが総監督であるのは彼女の方が才能があるからだが、彼女にだって苦手な相手だっていない訳はない。

 その人に出るよう説得、交渉するのは彼女には無理だと判断したから、自分が来た。

「話はもう付けてある。兄からのささやかな応援だ。せいぜい、上手くやりな」

 一方、チームルーザー。

 凱旋して来た荊軻を労って、監督室は大賑わいだった。

「ケッケッケッ! よぉくやってくれたぁ! さすがチームルーザーの最終兵器! 俺の見込んだ女だぜ!」

「ならば酒を出せ。大樽だ。朕はとにかく疲れた……匕首を使うと、当時を思い出して疲れる。それで次の手は? 朕が掴んだこの勝利、無駄にされたくはないのだが」

 荊軻の肩を揉む安心院あんしんいんも気になっていたので、良くぞ聞いてくれたと思いながら南條の方を仰ぐ。

 南條はまた企んだような、ほくそ笑んだような笑みを浮かべてみせた。

「荊軻が掴んだこのチャンス。ぜってぇに生かす。さっきレジェンズのアルタイルが監督室に入室したのを確認した。って事は、奴が出て来る可能性が出て来たって事だ。だからこっちが繰り出すのは……最終兵器、その二だぁ!」

「え、って事は……」

「そうだ。すぐに繋げ、安心院! すぐにだ!」

 電話が鳴る。

 バイブレーションを繰り返す携帯端末を訝しみながら触った彼女は、恐る恐る端末を手に取り、連絡を取った。

 実は未だ電子機器が怖い事を察せられないように、威厳を保って。

「妾じゃ。連絡を取ったと言う事は、このセミラミスの出番という事かの。南條よ」

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