第五試合

チームレジェンズ対チームルーザー 5

 三対一。

 あと一勝すれば、得点差でもこちらの勝ち。

 結成当初以来の緊張感。久しく感じていなかった胃の腑の痛み。

 体がドッと重くなったような緊張感。

 自分達がリードしているはずなのに、何かありそうだと思わされる。例え杞憂に終わろうともそれは後で思う事で、今はただ、自分の送り出す転生者の無事を祈るばかり。

 連勝を止められた今、何とか四勝目を上げて、確実な勝利を獲得したいところ。

 だから託す。

 託すなど、果たしていつ以来の感情だろうか。ポラリスはもう、常勝だったが故に思い出せない。戦いとはこんなにも、不確定なものだっただろうかと。

 忘れている。戦いはいつとて、偶然と必然が入り交じるものであったと。

 次に出した戦士が勝つか否かなど、戦うより先から決まっているはずもないと言う事を、常勝であったが故に忘れていた。

 そして、ステージは開く。

 人工芝のサッカーフィールドが左右に割れて下がり、地下から戦場がせり上がって来る。

 中世ヨーロッパを模した建築。霧を表現するため大量に焚かれたスモーク。電気のない時代のランプ式の街灯が、暗黒な世界の帳を照らす。

 かの戦場が用意された事で、観客席はチームレジェンズの代表者が誰か、想像出来ていた。

『さぁ、御覧下さい! チームレジェンズが多額の投資を成して作り上げたこの特設ステージ! モチーフは十九世紀イギリス、ロンドン。誰もが知るベーカー街路ストリート! この戦場を舞台に、幾多ものストリートファイトを制してきた男が、悲願の四勝目を飾るのか! 今入場する……チームレジェンズ最強の刺客は、こいつだ!!!』

 晩鐘が鳴り響く。

 時間はもう深夜。朝焼けさえ見え始める頃だと言うのに、より深い漆黒に会場が呑まれてく。

『フロム・ヘル。その者は地獄から来た悪魔なのか。夜霧に紛れて人を殺め、十九世紀ロンドンを恐怖の地獄に変えし者の正体は終ぞ掴めず! 男か女か医者か肉屋か! 悪魔か、死神か! 名もわからぬその者を、最早誰もが知っている! 正体不明にして、最も有名な殺人鬼!』

 霧を裂き、ロングコートを翻して現れる男。

 長尺の杖を手に現れた男は、背負っていた柄を斬り裂いて巨大な鋏を取り出した。

『ジャック・ザ・リッパァァァッッッ!!!』

 ジャック・ザ・リッパー。

 殺人鬼の中の殺人鬼マーダー・オブ・マーダー。未だ誰も明確な真実を掴み得ない完全犯罪をやってのけた存在。

 今は老齢な男性の姿をしているが、その実はポラリスさえ知る由もない。

『そして、勝利を決める四勝目を食い止めるため、チームルーザーより出陣するは! この人だぁっ!!!』

 スポットライトが入場口に当たる。

 が、そこには誰もいない。誰も出て来ない。

 観客はもちろん、実況も知らされていない。

 まさか逃げたのか。敗北者はやる前にもう敗走したのかと誰もが思った時、鳴り終えたばかりの晩鐘を再び鳴らす影が、その想像を掻き消した。

「酒の肴に丁度いい。もう少し鳴っておけ」

『か、観客の皆さま! 時計塔の上にご注目あれ! 誰かその存在に気付けただろうか! チームルーザーの第五試合出場者は、既にこの場に鎮座していたぁ!!!』

「南條……」

「俺は指示してねぇぞ? だが、いいじゃねぇか。面白ぇ」

『フランスの哲学者、ブレーズ・パスカルは言った! クレオパトラの鼻先があと少し低かったら、歴史は変わっていただろう。アメリカ合衆国は認めた! 電話を発明したのはグラハム・ベルでもトーマス・エジソンでもなく、イタリアのアントニオ・メウッチだったと! そして彼女もまた、一つの歴史を改変しようと、人類史上最初の皇帝に挑んだ暗殺者! 傍若無人にして、麗しき月下美人! 誇り高き、歴史改竄失敗者!』

 女は、空になった瓢箪ひょうたんを捨てる。

 十五メートルは超えているだろう高さの時計塔から颯爽と飛び降り、着地した足取りはフラフラと、しかし正確に殺人鬼の方へ向かって行く。

『荊軻ァァァッッッ!!!』

 皇帝ネロの血に濡れた白装束のまま、スポットライトを浴びる荊軻は眩しそうに眼を細める。

 結わえた髪を留めるかんざしに付いた鈴の音がようやく聞こえた時、皆が荊軻という存在を明確に意識し始めた。

 血塗れなれど美しく、凛としながらも美しい女性に見惚れる男性が、何名か現れる。

 しかし、忘れてはならぬ。彼女もまた、ジャック・ザ・リッパーと同じ類の人間である事を。

『チームレジェンズ対チームルーザー! いよいよ折り返しの第五試合! チームレジェンズが四勝目を上げ、勝利を確約するのか!? チームルーザーは阻止出来るのか!? ジャック・ザ・リッパー、対、荊軻! ……開戦ファイッ!!!』

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