レオナルド・ダ・ヴィンチvsモーツァルト 決着

 “天才の記す特記項目ダ・ヴィンチ・コード”。

 相手の動作、身のこなしから勝利への道筋を探る異能で以て、レオナルドはモーツァルトの上を行く魔法を作り上げた。

 必中必殺を謳う“他が為の鎮魂歌レクイエム・フォー・ユー”を以てしても、今のレオナルドを超えられるか否か。

 やってみなければわからない。わからないが、問題は今、現時点で、モーツァルトの解析がどの程度進んでいるかだ。

 序曲オーバーチュア間奏曲インテルメッツォと入れた今、後は練習曲エチュードと本番を残すところだが。

「ケッ! あの野郎、挑発に乗って無駄な技連発しやがって……さっさと練習曲エチュードに行ってればまだわからなかったろうが、もうこの段階じゃあ詰んだも同じじゃねぇか……!」

「南條……」

 これもまた戦い。

 だが今回ばかりはモーツァルトの戦い方に納得出来ない。

 完全な舐めプだ。圧倒的敗者を名乗るチームが、敵に舐めて掛かって負けたなど愚の骨頂。恥を掻くのは予定にあっても、無様に敗走する予定はない。

 完全に、こちらの予定を狂わされた。

 本来ならここで同点イーブンに持って行くつもりだったのだが――

「南條?」

 珍しく、微笑の一つも浮かべていない南條に安心院は緊張する。

 喜びも怒りも悲しみも、笑みを含めた表情で表す南條の見せる無の表情には、底から湧き上がる負の感情と、底知れぬ失望とが入り混じっていた。

 モーツァルトの聞かせる演奏。レオナルドの聞かせる音の想像力干渉攻撃よりも、安心院としては、隣に座る無表情の方が恐ろしく感じられた。

「な、南條?」

荊軻けいかぁ」

 またも気配は感じなかった。

 まるでそこにいるのが普通であるかのように、荊軻はまた、監督室の扉を開けて来た。

 が、雪化粧を纏ったような白装束は赤褐色の体液に塗れて、手に持っていたそれは安心院の吐き気を誘い、トイレへと駆けこませた。

 現代ではあまり嗅ぐ機会に出遭わない――そんな機会に巡り遭いたくはないだろう鉄臭い異臭が、監督室を満たしていく。

「そら、取って来たぞ南條。ブーディカご所望の、皇帝ネロの首だ」

 床を転げるネロの首からは目玉がくり抜かれており、ズタズタに斬り裂かれた顔は絶望の色で染め上げられて、壮絶な最期を想像させた。

「俺達のとこに持って来るんじゃねぇよ。あくまで依頼人はブーディカだ。奴のとこに持って行ったら、すぐに準備しな」

「準備……? 私の出番はまだ先のはずでは?」

「予定変更だ。この戦いは捨てた。次はてめぇを出す。てめぇは俺を裏切ってくれるなよ。チームルーザーの、数少ない切り札なんだからな」

「まぁ、やるようにやろう。とりあえず、酒をくれ」

 一方、もう見限られた事など知る由もないモーツァルトは今までの勢いが嘘だったかのような劣勢に立たされていた。

 レオナルドが編み出した、擬音から生じる想像力干渉攻撃。

 真似するつもりはないが、レオナルドのように相手の攻撃から能力を把握。看破しようと試みるものの、レオナルドのそれは元々たった今編み出されたばかりのオリジナル。

 天才の作り上げた方程式を解明し、覆す事がそう簡単に出来るのなら、誰も彼を万能とも天才とも呼んだりはしない。

 だから対抗策の一つも何も思いつかず、モーツァルトは逃げるばかり。痛む片腕を押さえ、必死に回転させる頭は、もう鎮魂歌の作成など忘れていた。

 それどころではなかった。

! ! !!!」

 雷霆が落ちる。

 普段から義手で繰り出す魔法ではないため、今まで効果のあったジャミングも無効。攻撃の邪魔も妨害も出来ないせいで、必死に回避しなければ間に合わない。

 もう跳ねて回って、踊るように躱していた最初のような余裕はもう残ってなどいない。

 もう、レオナルドの体の音など、全く聞こえていなかった。

 代わりに自分の中で爆発寸前の心臓が、ばくばくと音を立てているのが聞こえて来て、冷静さを奪われていく。今まで蓄積させていった全てが、欠如していく。欠落していく。

「どうした。俺の鎮魂歌を聴かせるんじゃなかったのか? だったら、俺が聴かせてやろうか」

「へ、え……?」

 まさか、まさか。

 まさかまさかまさか――

 誰も予想だにしなかった。予想も想像も誰も出来なかった。

 万能たる天才は、人々の想像を遥か超越し、逸脱していく。

 現れたのは漆黒の徒。にじり寄る跫音は一歩、また一歩とモーツァルトへと詰め寄って、血に塗れた鎌を抱く。

 生前に、それを見たかもしれない。

 二度目の生涯でも、幾度も使役したかもしれない。

 意識が明瞭な状態で相対した事は、一度もなかったかもしれない。

 だが、直感でわかる。

 これは死、そのものだ。かつて自分を殺した存在だ。彼の抱く血塗れの鎌に、かつてこの首は斬り落とされたのだと察せられる。

 死神は大きく鎌を振り被り、今まさに、モーツァルトの首を絶とうとしていた。

「“天才への贐として送る賛歌ゴッド・リープ・モーツァルト”……安らかに眠りな」

 痛みはなかった。

 だが視界は徐々にズレ、崩れて落ちて、地面を転げて途絶える。

 顔の反面が噴き出す自身の血で濡れて、独特の異臭が鼻を突いた時。十字を描くレオナルドを最期に視界に捉えて、モーツァルトは笑った。

「ハハ……さすが、天才」

「この一戦ばかりは、天才なだけじゃ勝てなかったよ。モーツァルト、認めてやる。この戦いは、俺様が万能だったから勝てた。おまえはそれだけの、天才だったぜ」

『……はっ! し、試合終了! 勝者、チームレジェンズ! レオナルド・ダ・ヴィンチィィィっ!!!』

 会場は沸騰するかの如く、大きく沸き上がる。

 会場が一体となって願っていた男の勝利に対して、願いを聞き届けた男は高々と拳を上げた。


 第四試合。勝者、チームレジェンズ。レオナルド・ダ・ヴィンチ。

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