レオナルド・ダ・ヴィンチvsモーツァルト 4

 観客席全体から響いて来るダ・ヴィンチコール。

 一致団結。皆がレオナルドを応援し、皆がレオナルドの勝利を願う。

 と言うのはヴィンチ村の、という意味なので、レオナルドとコールするのが正しいのだが、そんな事は関係ない。

 常勝のチームだからではない。

 素直に勝って欲しいから、皆が応援してくれる。

 最早勝って当たり前、だなんて誰も思っていなかった。皆が必死になって、レオナルドの勝利を願い、祈り、レオナルドを鼓舞するために声援を送っていた。

 そう、これこそが本当の勝負。

 どちらが勝つかなんてわからない。

 どちらが負けるかなんて想像も出来ない。

 素直に愚直に、勝って欲しい方を応援する。そのための歌があり、祈りを込めて何かを作る。それが本来の見届ける者の在るべき姿。

「……南條」

「何だ?」

「何か、僕ら……観客敵に回した感じ、かな。もしかして」

も何も、完全に敵に回しただろ、これは。ケッケッケッ!」

「ちょっとお! まさかとは思うけど、そのためにモーツァルトを出したわけじゃないよね?! 勝つためだよね!?」

「当たり前だ! わざわざ敵に塩なんて送ってどうする? ……だがよぉ、安心院。これが、戦いのあるべき姿だと思わねぇか?」

 片方が勝ち、片方が負ける。

 それは仕方がない事。そも、勝負とはまさにその事を差す。

 しかしだからといって、始まる前より結果が確定された勝負など、やって何になる。南條にとって、それは八百長と変わりない。

 圧倒的勝者がいたとして、圧倒的実力者がいたとして、そればかりが勝つのは面白くない。

 どんなゲームのチートじみた能力持ちのラスボスだろうと、いずれは攻略されるもの。基、攻略されるために用意されるもの。

 だから手加減なんてしない。

 わざと負けるなんて策は用意しない。

 全ては勝利へと続く一本道。故に、落とす事は許されない。

「ケッケッケッ。呑まれるなよ? てめぇとあいつの差は、その期待に応えられたかどうか何だからよ。なぁ、モーツァルト」

 前後左右。全ての人間が、レオナルドを応援していた。

 どういうことだ。戦いを制していたのは自分のはずだ。優位に立っていたのは自分のはずだ。

 今まで何を見て来たんだこいつらは。万能の天才と呼ばれた男が、防戦一方だった瞬間を見てない訳があるまいに。

 ふざけるな。

 これはボクの――いや、モーツァルトの公演だ。

 ベートーヴェン先生でも、バッハ先生でも誰でもない、ボクの公演だ。披露されるのはボクの演奏であって、誰かの発明でも異能でも魔法でもない。

 例え万能の神の子であろうとも、ボクの公演を邪魔する事だけは許さない!

「出て行ってよ……ボクの、ボクのステージから出て行ってよ!!!」

「だったら追い出してみせろよ。この俺様を」

「……! まぁ、いっか。最期の晩餐ならぬ、最期の楽曲の前に、ちょっと踊っていけばいいさぁ。“強制昏倒・戦乙女円舞曲ワルキューレ・ワルツ”!!!」

 自身の目の前に見えぬ鍵盤でもあるかのように、鋭く十指を突き立てる。

 実際に聞こえた不協和音の生み出す魔力が刃となって、イワシの大群が如き厖大な数にまで膨らんでから襲い掛かって来た。

「ワルキューレの騎行の真似か? ワーグナーとやらも救われねぇなぁ!」

 音は強力な武器だ。

 音波にしろ衝撃波にしろ、音一つで人の心さえ動かす。

 感動を促す音楽があれば、人を不快にする不協和音。雑音、騒音、エトセトラ。

 だがモーツァルトという人間の放つそれはあくまで音楽であり、音楽でありながら攻撃なのだ。味方を感動させながら、敵を恐怖に陥れる象徴として、彼の音楽はあるのだろう。

 ならばこちらは――レオナルドが取るべき手段は。

「おい、自称天才野郎。おまえに、本物の天才を見せて――いや、聞かせてやる」

「うん? 一体何をするつもりか知らないけれど、ボクの演奏から逃げられないよ? 愉快に軽快に踊りなよ。“強制昏倒――”」

!!!」

 天才。

 そう呼ばれた男が発したのは、言葉とも言い難い擬音表現。

 アメリカンコミックにでも出て来そうな力強い表現が何をするのか、誰にも予想なんて出来なかった。

 だから誰にも理解など出来なかった。

 次の瞬間、レオナルドの言葉通りの斬撃がモーツァルトへと走り、宙に浮かぶ不可視の鍵盤を叩かんとしていた左腕を抉り切って、吹き飛ばしたのだから。

 腕を切られたモーツァルト自身、腕が切られたと気付くのに五秒近くを要した。

『こ、これは一体……!』

 実況しようにも、今まで前例がないだけに何も言えない。

 総監督のポラリスもまた、レオナルドが突如として繰り出した策に驚きを禁じ得ず、何をしたのかわからない事から言い表せない不安に呑まれて、どうにかなりそうだった。

 不安だったのは無論、チームルーザー陣営もだと言う事は言うまでもない。

「南條。彼、今、何をした……?」

「天才。奴ぁ一瞬で、……!!!」

「腕、ボクの腕……ボクの、ボクの……」

!!! !!!」

 どこからともなく何かが爆ぜる。

 見えない何か、見知らぬ何かが爆ぜた衝撃で切られたモーツァルトの腕は木っ端微塵と砕かれ、熱で溶解して原型を失う。

 爆発が収まり、見る影もない哀れな姿となった片腕を見て、モーツァルトは自らの止血も忘れて呆然と小さな声を漏らしてばかり。

 自分の姿が見えなくなっているだろうモーツァルトの眼中にもう一度入るため、レオナルドは更に続ける。

……!!!」

 四つの義手の五指全てから、超高圧で圧縮された水流が放出。網目に繰り出される。

 モーツァルトは音の障壁で防御し、防御し切れない物は回避するが、回避し切れなかった攻撃で体の至る箇所に切り傷を付けられた。

 腕を切られた肩に追い打ちの斬撃が叩き込まれて、呆然としていたモーツァルトの意識が憤怒によって覚醒する。

「よくもやってくれたね……ボクの、ボクの腕を……!」

「何を言ってるんだか。こりゃあ勝負だぜ? 怪我したされたはお相子様。殺した殺されたもお互い様。ここはてめぇの演奏の発表会じゃねぇんだ、ガキ。親に甘やかされてたガキの発表会なら、そこら辺のコンサートホールでも予約しな。尤も、観客は誰もいねぇだろうが」

「……!!!」

! ……」

『これは……地震?!』

……」

「ゆ、揺れてる?!」

「そうじゃねぇ。揺れてるんじゃなく、

!!!」

 揺れ動く会場の底の底から、力の源泉が湧き上がって来る。

 それは人によって赤に見えたり青に見えたり、マグマに見えたり水に見えたり、灼熱に感じられたり寒冷に感じられたり、様々だ。

 様々だから、誰にもわからない。

 右の者は灼熱のマグマが噴き出したといい、左の者は冷たい海水が溢れ出したといい、後ろの者は真っ赤な水が出て来たと言うのだから。

「これは……赤。青。いや、なんか黄色くも見えなくもない……?」

「間違いねぇな。さすが、万能。モーツァルトの魔法から、こんな事をしでかしやがるたぁ、大したもんだぜ」

「一体、レオナルドは何をしてるって言うのさ」

「音だ。ただし、モーツァルトみたく音で直接攻撃してるんじゃねぇ。音を使って、相手の想像力に働きかけてるんだ」

「想像力……?」

「人は五感。五つの感覚器官で周囲を探るのは言うまでもねぇが、目の次に重要視されるのが音だ。漫画とかでもあるだろ? 目が見えなくなっても、超人的聴覚は人の目さえ掻い潜る。音ってのはつまり、目以上に想像力を働かせる感覚なんだ」

「……つまり?」

 ここまで言ってわからねぇのか、という冷たい視線を一度送って、更に溜息まで吐く。

「今、俺がガッカリしたと思ったろ」

「まぁね。悪いね、ガッカリさせて」

「何でそう思った」

「え? いやその視線と、溜息?」

「そうだ。つまりは音だな。視線だけじゃあ、おまえは俺が何を言いたかったかわからなかったろうが、溜息があったから想像出来た。つまりレオナルドも、モーツァルトの想像力に働きかけて、実際にはない熱や震動、衝撃、斬撃を想像。実体化させてるんだ」

「音から、攻撃を、創造?!」

 発想の根本は、モーツァルトの魔法だ。間違いない。

 だがだからといって、モーツァルトよりも上位互換に位置するだろう異能ないし魔法を思い付き、それを即座実戦レベルにまで成長出来るなんて何というチート。

 モーツァルトとは同じ芸術家という分野だが、分類すれば大きく異なる。まして音楽は、天才レオナルドが手を付けなかった場所だ。

 そこに土足で踏み入るどころか荒らし、自分の色で染め上げて帰って来るなんて事が出来たら堪ったものではない。

 レオナルドはこれまで、絵画、彫刻、設計分野以外に出て来た事はないが、今彼の使っている異能を理解した誰もが、自分達の分野へ彼が入って来る事を恐れただろう。

 もしもレオナルドが率いたチームがあったならと思うと、ゾっとしない。

「これが万能の由来か……クソっ、面白くねぇ」

 これもまた、“天才の記す特記項目ダ・ヴィンチ・コード”のなせる業か。

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