レオナルド・ダ・ヴィンチvsモーツァルト 2

 レオナルド・ダ・ヴィンチは天才だった。

 学校にも行かず、学校に行った青年らから独学で学び、絵画の分野においては二十歳になる頃には親方と呼ばれるくらいの腕前を有していた。

 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは天才だった。

 父親に音楽の才能を見出され、幼少期から音楽教育を受けると、父と共に音楽家として宮廷に仕えた。

 二人は才能こそあった。

 人生のスタートも始まりは悪くなかった。

 しかし一体、どこから道を違えたのか。

 レオナルドの才能は絵画に留まらず、彫刻や建築など数多の分野に精通し、多くの人に必要とされた。

 だが親の期待を背負わされたモーツァルトは、結婚相手を巡って父と衝突。遠征先の相手には冷遇され、安い賃金で演奏させられた。

 最後、レオナルドは彼以上の才人はもう生まれて来ないだろうと言われた。

 最後、モーツァルトの死に対して誰も何も言わなかった。

 才能に対する妬み、僻み、嫉妬のそれらを才能で以て超克したレオナルドに対し、モーツァルトは最後まで抵抗し切れなかった。

 生まれし時代、国、才能を持った分野は違えど、共に天才と呼ばれた男達を分けたのもまた、才能だったのである。

「おまえの相手は、レオナルド・ダ・ヴィンチだ」

 第四試合、十分前。

 南條、モーツァルトの会話記録。

「おそらくだが、奴らは十中八九あいつで来るだろう。だから俺達はてめぇを出す。てめぇの才能で、あの万能の天才を打ち負かせ」

「レオナルド・ダ・ヴィンチ……レ・オ・ナ・ル・ド! ダ・ヴィンチィィィッッッ?! ……イイね。うん、凄くイイ。万能の天才。この世に二度と現れないと言われた人。そんな人がもしもボクみたいなダメ人間に負けたら……一体、何て言われるだろぉねぇぇぇっ!!!」

「後始末はこっちでやる。てめぇはてめぇの仕事をしろ。作曲なら、負けねぇだろ?」

「……あぁ。負けないよ。音楽で負ける訳にはいかない。書いてやるよ、書いてやるとも。レオナルド・ダ・ヴィンチ専用鎮魂歌。そのオーダー、このモーツァルトが請け負いました」

「しくじるなよ」

 時間にしてわずか三分。

 暗殺者と依頼人のような会話を交わして今、モーツァルトは戦場に立つ。

 避難轟々。苦情殺到。さっさとやられろと罵声が飛び交う。

 が、そんな騒音も雑音も一蹴出来る。指を鳴らせば忽ち静寂。それをわからせた今、指を鳴らす構えだけで静かになる状況が、とてつもなく面白かった。

「心臓が震えたかい? ボクの音楽は、死神もご愛敬さ。たっぷりと楽しんで、逝ってくれ」

『は、拍手……?』

 メトロノームのように、一定のリズムを刻む形で手を叩く。

 指を鳴らしただけでも会場を圧倒し得たモーツァルトだ。手を叩いた事で生じる音がどれだけの影響を齎すのか、想像出来ない。

「次は何が起こると思う? 天才なら、何が来ると考える? 飽くなき探求心と尽きない好奇心が売りの天才さんは、何が起こるか……わかるかな?」

「理解する必要がない」

 突如、モーツァルトの手から音が消えた。

 そしてすぐさまモーツァルトはその場から走り出し、レオナルドのすぐ横を通り過ぎて背後からかなり距離を取った場所で止まる。

 そこで大きく息を吸い込むと、今の間に掻いた脂汗を拭いながら、襟元を扇いだ。

「危ない危ない。まさか空気を抜いて来るとはね」

 真空状態では、音は相手に伝わらない。

 先の一撃とモーツァルトという名前から、音という攻撃に対策を立てられた。

 が、そんなのは予想の範疇を超えて来ない。相手がレオナルド・ダ・ヴィンチならば、対策の一つや二つ百や千思い付いたっておかしいとは思わない。

 だが、その逆はどうだろう。

 この会場の誰もが思っていまい。レオナルド・ダ・ヴィンチの立てた

「“強制昏倒”――」

「させるかっての」

 “狂気狂想曲クルーエル・カプリチオ”。

 真空の魔法より先に、モーツァルトの拍手が鳴り響く。

 するとレオナルドの表情が一変し、驚嘆で言葉を失って、ニタァ、と歪んだ笑みを浮かべるモーツァルトに視線で問うた。

 誰も状況を理解出来ていない中、モーツァルトは両手を大きく広げて笑い、回る、回る。

「そうだよぉ。ボクがキミの魔法にジャミングして、魔法を改竄したんだ。出来るわけないって顔だねぇ。イイよぉ、キミ。最後にはイイ顔で、死んでくれそうだ……!」

 魔法の妨害。それ自体は珍しくない。

 そう言った能力を持った転生者は、多くはなくともいない訳ではなかった。

 けれどモーツァルトのそれは、他の転生者と少し違う。

 魔力という見えざる力が生じているらしい音を聞き分け、それらを中和ないし阻害出来る音を放つ事で、魔法を妨害しているらしい。

 魔力に音がある事も、どうやって音を生じているのかさえわからないが、とにかくそういう理屈で実際に出来ているのだから、問題はない。

 勝てるのならば、何だっていい。

「さぁ、続けよう? ボクの奏でる音楽で、楽しく愉快に踊ってくれ? 万能のレオナルド」

 ――“強制昏倒・諧謔間奏曲ヒューマー・インテルメッゾ”。

 序曲から間奏曲へ。ステージは次の段階へと進む。

 一定のリズムを刻んで叩かれる拍手が、死神の跫音のように徐々に音量を増して、レオナルドへと近づきつつあった。

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