レオナルド・ダ・ヴィンチvsモーツァルト

レオナルド・ダ・ヴィンチvsモーツァルト

 アーサー。芹沢。レオニダス。スパルタクス。巴。ブーディカ。

 第三試合まで戦って来た六人と違い、レオナルドとモーツァルトの両者には戦いの記録も無ければ、兵役の時代もない。

 そんな二人が戦うのだから、戦いは自ずと魔法、異能分野に長けた戦いとなる。

 前以てレオナルドが来ると踏んでいた南條は、それを見越した上でモーツァルトを選んだ。

「ダ・ヴィンチの異能ってよくわからないよね。色々発明出来る、みたいな感じなんだろうけれど……」

「まぁ、相手に合わせて発明を完成させるからな。敵の攻略と対策装置の制作。それが奴の能力なんだろ。だから、モーツァルトほど厄介な奴もいねぇ。奴の前世は極めて短い上、武勲もない。そして奴の異能は、文字通りの必殺だ」

 第三試合までそうだったが、最初は互いに相手の出方を見るのが定石だった。

 が、戦いとは無縁な第一生を過ごした二人に、そんな定石は通じない。

 モーツァルトは会場を包む空気と静寂。それらに溶け込んだ緊張感に身を震わせ、我が身を強く抱き締めていた。

 この時間が永遠に続けばいい。そんな表情をしている。

 対するレオナルドは真逆で、さっさと終わらせようと考えていた。懐から取り出した黒い拳銃を向け、容赦なしに引き金を引く。

 銃声とほぼ同時にモーツァルトが倒れたので、撃たれたと皆が思い込んだが、次の瞬間。モーツァルトは狂気的かつ猟奇的な笑い声を響かせながら、足腰と腹筋の力のみで立ち上がった。

 撃たれたから倒れたのではない。倒れて銃弾を躱したのだ。

「銃かぁ……銃声もいいなぁ。静謐の中の銃声もいいなぁ。。キミの鎮魂歌に」

「気色の悪い……さっさと死ね」

 ユラリ、ユラリ。

 のらり、くらりと銃弾を躱す。

 緩慢かつキレもないふざけた動作で、どうして銃弾を避けられるのか不思議でしかない。

 銃弾が尽きた拳銃を捨てたレオナルドは、背に宿した四つの義手の指先を展開し、銃弾を装填。拳銃の比ではない速度で、数十もの銃弾を同時に放った。

 だがそれらも、モーツァルトは笑みを浮かべて躱す。

「イイ! キミ、実にイイよぉ。人間らしくてイイ。人は単純で単調だからァ、簡単に殺せる武器があれば、何でも使うよねェ。滑稽でイイよねェ!」

「何か腹立つな、おまえ」

 腹は立つが、銃弾を躱す身のこなしは本物だ。

 動く的には当てずらいとは言うが、数十発もの弾丸を悠々と躱している。

『レオナルドの義手から放たれる攻撃を、モーツァルト、軽やかな身のこなしで躱す! 躱す躱す、躱し続けるぅ!』

 だが回避し続けるばかりでは、勝負には勝てない――と誰もが思うだろう。

 モーツァルトに限って、それは当てはまらない。

 ブーディカのような力があったとするのなら、敵の攻撃を躱し続けて時間を稼ぎ続ける事にこそ、勝利への道筋は描かれているのだから。

「銃弾が尽きたか。まぁ良い」

 義手で風。自身の両手で炎を繰り出す。

 風によって拡散された巨大な灼熱の渦が、モーツァルトを呑み込まんと直進。観客席に張り巡らされた断絶結界と衝突して、上空へと逃げていく。

 ステージ中央からフィールド半分を焼き焦がした炎。躱せるものなら躱してみろと言う広範囲攻撃だったが、モーツァルトの姿は炎を躱して、レオナルドの背後にあった。

 ピアノ線を両手に張り、レオナルドの首に掛けて引く。

 締まる首を押さえて呻くレオナルドの義手に払い除けられたモーツァルトはそのまま飛び退き、レオナルドから充分な距離を稼いで停止した。

「苦痛に歪む顔を直視出来なくて残念。でもまぁ短かったけれど、気持ちのいい声が聞こえて楽しかったよ? ごちそうさまでした」

「こ、のっ……!」

 仮にも音楽家がピアノ線を使って絞殺だのと、何とも恐れ知らずと言うか罰当たりと言うか、何とも言い難い。

 観客席にバッハやベートーヴェンらがいれば、憤慨していた事だろう。

 奇怪な仮面をつけ、狂人のように振舞う彼がモーツァルトだと、信じたくないと目を反らす者までいる中で、南條はそのモーツァルトが転生した世界で得ただろう狂気にこそ勝機を見出していた。

「何か、とてもようには見えないんだけど……」

「安心しろ。今も奴は作曲中だ。戦いの最中に起こる音。レオナルドの心音、筋肉繊維、骨の動く音。攻撃の際に生じる銃声も魔法の起動音さえ、奴の曲を完成させるための肥やしとなる。決まれば必殺。相手を即死させる鎮魂歌を作り上げる。それがモーツァルトの能力――“他が為の鎮魂歌レクイエム・フォー・ユー”。今はまだ序章程度だろうが、完成すれば確実に敵を殺せる最凶の異能だ。レオナルドを攻略するには、今の俺達にはこれしかねぇ」

「うん……だからモーツァルトにしたんだもの、ね。でも……あの観客からもヘイトを買ってる感じ、もう少しどうにかならないかなぁ」

「あればっかりは性格だ。戦闘に直接関係しない以上、我慢するしかねぇな」

「うん……でもやっぱり、苦手だなぁ。あいつ」

 荒れ狂う暴風。炎の散弾。高水圧の斬撃。雷霆の槍。

 四つの義手でそれぞれ異なる魔法を同時に繰り出すレオナルドを嘲笑うかの如く、夜のウサギのように跳ね回るモーツァルトはステージの際を走り回り、攻撃をひたすらに躱し続けていた。

 ある意味、一方的展開。

 だが第三試合でチームレジェンズが負けてしまった事もあって、観客席からはブーイングも飛ぶ。

 自分に怒号とヤジが飛んでいる事に気付いたモーツァルトは怒るでもなく、また不適に笑ってみせた。

「イイよ? ならキミ達の期待に応えてあげる。ホラ、耳を澄ましてご覧?」

 と言われて、誰も耳を澄まさない。

 モーツァルトの言葉に誰も耳を貸さなかった。だから、被害は拡大した。

 スパルタクスとレオニダスの衝突によって生じた衝撃波と、効果は似て非なる。違うのは、音によって相手の内部へと直に干渉すると言う点だ。

「“強制昏倒・混沌序曲カオス・オーバーチュア”」

 指を鳴らしただけだ。

 指を鳴らして出しただけの音で、観客が一挙に引っ繰り返った。

 心肺蘇生のためにやられる電気ショックを心臓に直接受けたような激痛で、全員が崩れ落ち、中には気絶する者もいた。

 すぐさま文句を言いたいが、ならばもう一発と言われたら耐えられる気はしないし、文句を言えるほど少ないダメージではない。

 そしてそれは、レオナルドも同じ――いや、観客以上だった。観客以上に心臓に負荷を受け、魔法攻撃が完全に沈黙してしまっている。

「どうしたの? 胸を押さえて、苦しそう」

 あまりにもわざとらし過ぎて、もうツッコむ気さえ起きない。

 構えば構うほど彼の思惑になる気がして、万能の天才は沈黙を余儀なくされた。

「強いストレスを感じているね。ストレスは良くないよぉ。ボクら芸術家にとって、これ以上ない天敵だ。ねぇ、そうだろう? レオナルド・ダ・ヴィンチ」

「わざわざフルネームで煽るな。ゲスが」

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