巴御前vsブーディカ 4

 実況兼解説兼審判。

 彼は今まで千を超える戦いを見て来たが、実況が追い付かないなんて事はザラだった。転生者は超人と呼ぶべき人ばかりだから、パワーもスピードも常人の域を遥か逸脱している事が多い。

 だがそれにしたって、巴とブーディカの戦いは最早異次元だった。

 “九山越くざんごえ”を開放した巴の戦いは数えるほどだったが、その数えられる数の戦いの全ては秒殺、もしくは瞬殺だった。

 だから実況も追い付かずに口が開きっぱなしのまま、黙ってしまっている時間がだらだらと続いているのはヤバいと言いつつも、やっぱり何も言えなかった。

 古戦場に散りばめた武器の数々が、次々と消えては無惨な姿となって落ちていく。

 武器の全ては作った職人が失敗作と言って捨てた物だから、金銭的被害はそこまで大きくないけれど、それにしたって武器の壊れるスピードが異常過ぎる。

 一体何をどうすればそんなにも早く武器がダメになるのか、実況含めた観客席の一般人全員が、全く理解出来なかった。

 それこそもう、開き直ってしまうくらいに。

『実況が、言葉が追い付かねぇ! もはや二人の姿が全く目で追い切れない! 次々と武器を入れ替えて戦っているのはわかるが、一体何をどうしているのか何もわからねぇ! とにかくすげぇの一言だぁ!!!』

 開き直った実況の言葉に、ポラリスは思わず机を叩かされる。

 “九山越くざんごえ”を使った試合はいつだって瞬殺。それが面白くないからと、スポンサーから文句を言われた結果、渋々禁じ手としたはずなのに。

「巴が遊んでいる……はずはありません。芹沢といい、スパルタクスといい、何が敗者ルーザーですか……! 化け物揃いじゃないですか……!」

 今落ち着けと言ったところで逆効果だろうなと踏んで、モルガンは何も言わなかった。

 正直、モルガンも驚いている。

 巴に“九山越くざんごえ”を開放させたのも驚きだが、開放させて尚張り合えるとは思ってもなかった。

 ブーディカの能力はわからないが、相当な速力の持ち主である事はもう明白。

 これはがあるかもしれない。

「ポラリス。私は暫し退席します。よろしいですね」

「……わかりました。どうぞ」

 精神的余裕は、もうほとんどない。

 久しく味わっていなかった緊張感に苛まれて、思考がまともに働いていない。

 今のポラリスを相手にして、気分良く終わった試しがないので、すぐさま退散した。

「モルガン陛下」

「王よ、己が失態を謝罪に参ったのですか」

 部屋を出てすぐ、かの騎士王がいた。

 モードレッドの両親という間柄だが、二人の関係は普通の夫婦とは大きく異なる。

「今は止めておいた方が良いですよ。我らが指導者は、相当に不機嫌ですから。その要因の一つであるあなたが行ったところで、火に油を注ぐ様なものです」

 芹沢に斬り落とされた腕のない肩を見て、そうですかとアーサーは返す。

 未だ治療室で安静を余儀なくされているレオニダスといい、自分達がポラリスを動揺させている要因である事を自覚しているアーサーは、改めるしかなかった。

「して、どうです陛下。この第三戦、あなたならどう見ます」

「さぁ……ただどちらにせよ、指導者の機嫌が更に悪くなる事だけは、確実でしょうね」

 剣、槍、刀剣、ランス、メイス、戦斧、ハンマー、手裏剣、短剣、小太刀――古戦場に散らばる武器の数々が、一瞬のうちに消えては砕け、また消えては砕けて落ちる。

 それらを使う両者の姿は影も形も掴めず、互いが自身の出せる最高速を維持したまま、敵へと向かい続けていた。

 捉えたと思ったのは敵の残像だった、なんて最早普通。

 常人では考えられない領域での戦いは、二人の体に常人では耐え切れぬ負荷を与えていた。

 久方振りに全力を出す巴の体は、突然の全力による負荷に耐え切れず悲鳴を上げ、内側から壊れ始めている。

 常に最高速。全速力で走っていたブーディカの体も、戦車チャリオットで言うところの車輪ホイールにガタが出始めた。

 だが足を止めればやられる。

 一瞬でも戸惑い、踏み止まった瞬間にやられる。

 故に逡巡する時間なく、迷っている暇も時間もなく、目は次の武器を探し、手は次の武器を取って振り、足はひたすらに走り続けるしか、勝つ手段がなかった。

 そうして互いに決定打を欠ける戦いが続いていく中で、巴が一つの勝機を見出す。

 互いに見出した武器が一つの刀剣に絞られた時、巴の手は武器ではなく、ブーディカの顔面を捉えた。

 抉る様に突き出した拳はブーディカを殴り飛ばし、水切りで水面を跳ねる石のように戦場を跳ねて飛んで行く。

 そうして剣の争奪戦を制した巴が飛び掛かり、上から体重を乗せて串刺しにせんとしたが、ブーディカが自らの足で体を地面と平行にしたまま、自身の両手足で垂直に跳ねた。

 胴を捻って回転。周り蹴りで刀剣を砕き割り、そのまま回って繰り出した後ろ回し蹴りで巴の胴を捉える。

 常人では追い付けぬ速力を生む足の繰り出す蹴りの威力は、胴の鎧を外した巴の肋骨を割り、呼吸を奪う。

 薙ぎ払われた体が幾つもの武具を砕き割りながら吹き飛び、戦場の壁に叩き付けられると、ブーディカは着地直後の足で走った。

 壁に減り込む巴へと直進。武器は取らず、俗にいうライダーキックの形で自らを投げる。

『ブーディカ渾身の一撃が炸裂! これは……決まったか?! 決まってしまったのか?!』

「否……終わらぬよ。決まらぬよ。まだ、終わらせぬ……!」

 いつの間に掴み取っていたのか。

 巴の手に握られた三叉槍が、ブーディカの腹部を穿っていた。

 今まで一つとして見えなかった二人のようやく見せた姿は、血反吐を吐きながらも三叉槍を握る壁に埋もれた巴と、槍に貫かれ、地に足着かぬ形でぶら下がるブーディカだった。

 血反吐に塗れた惨状に、観客席から短い悲鳴が幾つか聞こえて来る。

 チームルーザーの監督室の三人もまた、今まで目で追い切れていなかっただけにこの状況が突然目に映し出されて驚かされた。

「南條……南條ヤバいよ。ブーディカが、ブーディカが!」

「……いや。よく見ろ、安心院。あいつ、最後の最後で掴み取りやがった」

 項垂れるブーディカの手に握られた、一本の糸。

 ブーディカが強く引くとその糸――いや、弦が引かれて血の滲む手へとその身を引っ張り出される。

 それは先に、巴がこの戦いでは不利と判断して捨てた漆黒の強弓。

 手に取った瞬間に、ブーディカの両目に宿っていた勝利の道筋を示す矢印が、全て消え去った。

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