巴御前vsブーディカ 3

「――!」

「……目を開けろ。そう簡単にやられやしねぇよ」

「だがギリギリだったのぉ。ありゃあ、危うく死んでたぞ」

 ブーディカの得物が砕けた。

 が、刀も弾かれた。

 得物が砕けるのと、射出された刀が放たれたのは同時だった。

 ブーディカの得物は、魔剣でも聖剣でも何でもなかった。業物でもない。戦争もないから持つには許可が必要な国で買うくらいの値段しかしないただの刃物だった。

 だから、古戦場が最適なのは巴だけではなかった。

 刀剣さえ矢として使える巴にとってもだが、敵を殺せさえすれば、武器は何でも良いと考えるブーディカにとっても都合が良かった。

 通じるか否かは別として、あちこちに武器という武器が転がっているから良かった。

 刀を弾いた際、顔の側面が少し切れた。首も、浅いが切れた。当たり所が悪かったのか、傷以上の血が出ている気がする。

 が、焦る必要はない。

 まだ、勝利の道筋は見えているから。

 折れた剣を投擲。巴が首を傾げて躱すわずかな間に、新たな得物を取った。

 武器は薙刀だった。剣に固執する必要ことはない。とにかく何でも良かった。敵さえ殺せれば、手段なんて何でも良かった。

 あの時も、そう。

 殺せれば何でも良かった。報復だろうと復讐だろうと何だろうと、理由は何でも良かった。ローマを、敵を殺せさえすれば。

「――」

 その目が語る。行くぞ、と。

 巴も負けず劣らず、ブーディカを見る。覚悟はいいな、と。

 次に持ったのはランス。形状としては、巴個人としては矢として撃ちやすい形だ。

「今度は、先より……貫通力が高いぞ」

「……何が」

「うん?」

「何が、そんなに面白い」

 わずかに微笑んだだけだった。

 挑発の意味合いは確かにあったけれど、そこまで怒るとは想定外。まさか今まで無言を貫いていたのが、怒りを含んだ声色を見せるとは思わなかった。

 そして、ブーディカが動く。

『消えた?!』

 違う。

 実況含め、転生者ではない者は見えてないだろうが、ブーディカは凄まじい速度で直進して来ている。

 一歩踏み込んだ瞬間に溜め込んでいた一撃を解き放ったが、紙一重で躱された。

 籠手を外した事は“壊理鬼かいりき”解放の利点もあるが、単純に防具を捨てた事による不利点もある。

 そして弓矢という武器の特性上、一発躱された状態で詰められれば二発目は間に合わない。

 何とか身を翻して受け流す形で直撃は免れたが、切っ先が胴を捉えた。胴にも防具は入っていたから斬られはしなかったが、薙刀でやられたとは思えない鈍い鈍痛が響く。

 薙刀なんて武器はブーディカの国にはなかったろうが、近しい形の槍ならあったはずだ。それにしたってかなり滅茶苦茶な攻撃だった。

 弓と対峙しているのだから間合いの広さなど確かに死んでいるようなものだが、だからと言ってゼロになるまで距離を近付けて、防具をしているからと言って切っ先を翻して殴打して来るとは予想外に過ぎる。

 だが振り回す際には、薙刀のロングレンジから成る遠心力を最大限利用しているのだから末恐ろしい。

 薙刀に関しても逸話を残す巴だからこそ、ブーディカのイカレ具合が理解出来た。

 そして言葉を放つ暇も、武器を探す暇もない。

 強襲。

 追撃の一撃が地面に深く突き立てられる。

 転げて躱した巴を追うブーディカは薙刀を捨てて疾走。近くにあった剣を取って、すぐに投げる。

 転げた先に剣が突き立った巴の体はぶつかり、中途半端に止まった先へとブーディカが身を投げて来た。両手に握られた短刀が巴の首と胸を狙って振り下ろされるが、突っ張る形で繰り出した巴の腕に跳ね飛ばされる。

 が、空中で体勢をすぐさま整えて着地。再び疾走するブーディカは片方の短剣を投げ、その後ろをピッタリと走って来た。

 弓では間に合わぬと強弓を捨てた巴は剣を取り、短剣を弾いてすぐブーディカを止める。

 単純な膂力では圧倒的に巴が上。そして体術面においても巴が上。

 だから後れを取る。勝利の女神が示すベクトルに、巴の得意分野が含まれているはずがない。

 脚を払い、わずかに揺らぐものの踏ん張って転倒を阻止――したが、踏ん張った瞬間に力強く振り被った頭から繰り出される頭突きを顔面でもろに受けて、鼻血を噴き出した。

「このっ――」

 上段からの袈裟斬り。

 キレはあるが、ほんのわずかに動きが鈍い。

 短剣で受け流しながら反転。背中に巴の懐を乗せて脇の下に手を入れ、剣撃の勢いを利用しての背負い投げにて地面に叩き付ける。

『せ、背負い投げぇ! 一本と言いたくなるくらい鮮やかなのが決まったぁ!!!』

 実況がようやく言葉を挟めた苦労など、ブーディカは知らない。

 だってまだ、敵は倒せていない。故に止まらない。逆手持ちに変えた短剣を振り下ろす。

 が、巴はすぐさま起き上がって躱したため、短剣は地面と衝突して砕けてしまった。短剣を降ろした直後にベクトルは消えていたが、止まれなかった。

「それだけ動いて、よく息も切らさずいられるものだ……おまえのスタミナは無限か」

「だったら良かった」

「そうだな……私も、そう、思うよ」

 今までにも、矢に対して接近戦を仕掛けて来る相手はいた。

 だがブーディカ程苛烈に、真っ直ぐと向かって来た相手は少なかった。

 曰く、ブーディカの率いる軍隊はひたすらローマへと直進し続けた結果、戦力差を埋められずに負けてしまったと聞く。

 撤退もない。後退もない。その愚直さがブーディカという女傑の強みなのかもしれない。

 短剣を捨てて次の武器を値踏みしているのだろう視線を動かすブーディカの目には巴を倒すための幾つものベクトルが示されていたが、彼女の体はただひたすらに真っ直ぐ、前だけを向いていたのだから。

「……わかった。おまえを殺すのに、今の私では不足らしい」

 ポラリスには内心悪いと思いつつも、巴は更なる開放を決めた。

 胴、脚、草履まで捨てる。体を守っていた防具の全てを外し、軽くなった巴の体はその場で垂直に跳ねたと思った次の瞬間には、ブーディカの示す全てのベクトルの先から消えていた。

 直後、ブーディカの体が跳ねる。

 ブーディカの手は自分の腹部手前にあり、姿を消したはずの巴が先にブーディカがフェイントのため投擲していた短剣を持ってブーディカの腹を刺そうとしている瞬間が、観客席の皆の目に映った。

「南條……まさか」

「ポラリスが前以て許可を出してるとは思えねぇなぁ。まぁ契約違反させただけでも上場だが、ここからが本番って訳だ」

 理由は、敵を悉く秒殺してしまうからだ。

 それではあまりにも芸がないし、観客にも文句を言われてしまうからとポラリスが巴に封じた禁じ手にして、巴本人が緊急事態時にのみ使うと決めていた本当の奥の手。

 鬼と謳われし力、“壊理鬼かいりき”の生み出す速力による瞬身しゅんしん。曰く――“九山越くざんごえ”。

「速力は何も、おまえの専売特許じゃないんだよ。ブーディカ」

 短剣に割かれたブーディカの手から、血が滴る。

 この戦いで初めて被弾したブーディカだったが、その目は変わらず巴を真っ直ぐ見つめており、またベクトルもひたすらに眼前の巴を示す。

 鬼の怪力か、戦車の速力か。

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