巴御前vsブーディカ

巴御前vsブーディカ

 最初の人生で九一年も生きた巴だが、異世界でも長命だったのか。そう思わせる要因は、彼女の異様に長い両耳にある。

 俗にエルフ耳と呼ばれるそれは猫の耳の如くピクピクと動き、周囲の音を拾っていた。

 いつも聞かれる観客席の中に囁かれる期待の声に混じって、聞こえて来る。一抹の不安を語る人々の声が。

 自分は正義の味方ではないし、敵も別に悪ではない。

 不安の要因はおそらく、この戦いのシステムの一つである賭けだろう。

 七戦のうち任意の戦いの戦績を賭け、金銭を投じる賭博システム。チームレジェンズの試合は七戦七勝で賭けておけば安心などと言われ、一時期は八百長を申し込まれたと噂される。

 無論、今も昔も八百長などしていない。

 巴が在籍するより前から、チームレジェンズは常勝無敗だ。

 が、久方振りに感じる周囲からの不安。巴は返って敵への期待と受け止め、愛用の強弓に張り詰めた弦を弾いた。

「肩透かしに終わらせてくれるなよ。久方振りに弦を鳴らすぞ」

 士気高揚させる巴に対し、ブーディカの目は冷たい。

 視線は凍て付く氷の如く、炎の如き赤髪とは対照的な印象を抱く。

 突き立てた剣を微塵も動かさず、仁王立ちのまま動かない姿は美しく。筋肉質ながら女性らしさを充分に感じられる肢体に見惚れる男性は少なくなかった。

 それら淫らな視線を一切無視する彼女の意識はずっと、巴一人に向けられている。しかしそこに反応がない。

 見てはいる。感じてはいる。だけどそこに反応がない。

 一体何を考えて何を思っているのか。観客席の人々はもちろんの事、彼女を送り出したチームルーザー総監督、南條でさえもわかり切ってはいなかった。

 そして、弦を弾いてみせても反応を見せないブーディカの動きを見るために、巴が仕掛ける。

「では手始めに……こいつでどうだ?」

 矢筒の中から取り出したるは、もちろん矢だ。

 しかし通常の矢よりもずっと長く、矢の先端は螺旋を描く形で彫り込まれている。

 取り出したる強弓は、ちょっとやそっとの力では引く事も出来ない。巨大な弓ほど必要とされる力はより強くなるが、その分、放たれる矢の威力も増す。

 ただし、競技用アーチェリーの弓でおよそ二〇キロ。

 戦国時代の足軽兵が使う矢で約五〇キロと言われる。

 しかし、巴の強弓は百キロを優に超える。

 それを軽々と引ける巴の力は、芹沢やスパルタクスにも引けを取らぬ怪力だ。チームレジェンズの男性陣でも、彼女と力比べをして勝てる者は限られる。

「さぁ。どうする」

 弓矢という武器は強力だ。

 銃という近代兵器が生まれるより前。巴の時代では、弓こそが最強の武器と言って過言ではなかった。

 敵を長距離から殺す事の出来る武器は、礫を投げるより技術がいるが、技術さえ伴ってしまえば、如何様にも打ち、敵を倒せてしまう部分が何よりの利点であった。

 剣を抜くよりも速く。槍が届くよりも速く。敵を射殺す。それが弓だ。

「――」

 が、ブーディカの剣は軽々と弾く。

 いや、実際に弾いた場面を目撃した者は巴以外にいなかった。

 突き立てた剣を抜いてから、向かって来る矢を打ち払って元の体勢に戻る。それだけの事を、誰の目にも留まらぬ速度でやってのけたものだから、皆の目がブーディカが仁王立ちしたまま矢を弾いたのだと見間違えて、バリアか障壁の類の魔法ないし異能を発現したのだと勘違いさせられた。

 唯一騙されなかった巴は、己が動体視力の高さに感謝しつつ、ブーディカという存在を再確認する。

 ブーディカ。

 剣の達人という逸話もなければ、剛力の持ち主という逸話もない。戦いに関しては王として指導した記録はあっても、彼女自身が剣を握って戦った記述はないに等しい。

 だとすれば――

「一体、どのような世界に転生したのだ?」

 無視。いや、無言と言うべきか。

 視線は常に巴の方を向いている。氷の視線が突き刺さるほど睨んで来ている。

 だが言葉は一切口にしない。出来ないのではない。しない。口角は微動だにせず平行線を描いたままで、口はただ呼吸するために機能している。

 では、他の器官はどうか。

「ならば、これならどうする」

 百キロを超える重量の矢を指で挟み、四本同時に持つ。

 本来ならあり得ない。単純計算でも、片手で四百キロは持っている計算だ。第一の人生から保有している巴の怪力があってこその芸当と言える。

 そして、それらを同時に目で追い、剰え弾き落とすなど、もっと出来やしない芸当だ。

 だが、ブーディカはやってのけた。

 放たれた矢はそれぞれ別の方向から迫った。が、全て先と同様にブーディカの神速並みの剣によって叩き落とされた。

 四つ落としてようやく、ブーディカの体勢が変わったと皆にも伝わる。

 同時に放たれた四つが、弾かれた順に落ちて真っ二つに割れる。

 落ちる矢の四方中央に立つブーディカは、剣を振り下ろした反動で逆に高く揚がった形のまま動かなくなった。

 やはり迎撃の際の動きは、巴以外には見切れない。

 だから観客の皆には、漫画のコマのようにモーションを切り取って、ポーズだけが変わったブーディカだけが映っていた。

 ポラリスももちろん、安心院も南條も同じだ。

 しかし南條と安心院には、ブーディカにどうしてそのような芸当が出来るのかだけはわかっていた。ただし芸当がわかっているだけで理解は出来ていないし、見てもさっぱりのままなのだが。

 とにかくわかる事が、一つだけ。

「凄い……」

「“勝利への糸口ヴィクトリー・ベクトル”。奴には、。未来視だの、相手の動きを読むのとは違うぞ? 必ず勝てる道。栄光なる勝利への道Victory roadが、ブーディカの目にはハッキリと見えてんだ。まぁそれとあの超速とは、全く関係ねぇんだがな」

 見えた勝利の糸口を離さないためか。勝利の糸口が一瞬のうちにコロコロと変わってしまう、運命の様なものだからか。

 とにかく、彼女が勝つために会得した事だけはわかる。

 勝利に飢えた復讐者アヴェンジャー。二連敗を喫して、何とか勝利をもぎ取りたい今のチームに、これ以上なく相応しい。

「ひっ、うぅ……おぉおぉ、やっとるのぉ。どうだ、調子は」

 不意に話し掛けられた。

 気配はまったく感じなかった。

 いや、感じられないでいてくれないと困る。チームルーザー所属の転生者である彼女、荊軻けいかという存在には。

「よぉ、珍しいな。見物か」

「酒の肴が欲しくてな。してあの女、勝てそうか?」

「勝って貰わなきゃ困る。そのために契約したし、そのために出て貰ってんだ。何よりあの女は、勝つために存在してるんだからな」

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