レオニダスvsスパルタクス 3

 転生した世界にも、多くの奴隷がいた。

 数多の種族の中でも、獣の特性を有する者。希少種とされる者が奴隷として酷使され、酷い環境の中にあった。

 人間の扱いなどまず望めず、奴隷達はただ解放の時を祈るしかない。

 買ってくれたご主人もまた異世界からの転生者であり、奴隷に対してよく思わない考えを持っている事を除けば、彼らに救いはなかった。

 だからワタシは、スパルタクスは動いた。

 多くの奴隷を解放し、軍を成し、数多の国を滅ぼした。

 魔法、異能を壊す我が力で以て、王族の飼いならした部隊でも軍隊でも悪魔でも魔王でも何でも壊し、殺し、ひたすら前へと歩を進めて来た。

 ワタシは奴隷達に戦う事、立ち向かう事を教え、第二の人生を終えた。転生した異世界。神が創り給うた異形の世界であろうと、ワタシの目指した世界の一端が作れた事で、ワタシは満足して逝ったはずだった――否!


  *  *  *  *  *


 大きく振り被り、振り落とされた鉄拳が脳天を突く。

 口の中を切ったレオニダスは吐血するが、膂力の一部を削がれても尚立ち向かい、反撃の拳を繰り出して来る。そしてそれを、スパルタクスも躱さない。

 互いに一歩も退かない。鈍重な拳の応酬が続く。

「ここからは消耗戦だな。レオニダスが攻勢に出た以上、スパルタクスとどちらが先に屈するか」

「でもレオニダスは、スパルタクスに力を削がれ続けてるんでしょ? それなら……」

「確かに、勝機はある。だが、そう簡単には行かねぇ。元々魔剣、聖剣の類でさえ刃を通さない肉体を殴るんだ。鉄の塊殴るよりよっぽど応える。スパルタクスだって、無敵じゃねぇんだ」

「そうか。そう、だよね……」

 削るが先か。削られるより先に倒すか。要は我慢比べだ。

 単純な図式だが、二人のやり取りは見た目以上の過酷を強いる。

 片や力を奪われながら鈍重な肉の塊を殴り。

 片や鉄を超える肉体を殴りながら殴られる。その代わり、殴られるパンチは回数を重ねるごと弱まっている。

 どちらも未だ、決め手に欠ける。

 顎を打ち上げても、脳天に拳を落としても、腹部を穿っても、脛を蹴っても、どちらも決して膝を突かない。屈しない。倒れる様子など微塵も見せない。

 もしも二人が鎧兜を身に着けていたら、戦いはより長引いていたかと問われると、きっと違うだろう。

 おそらく鎧兜を身に着けていれば、両者共に枷となり、戦いの邪魔となったはず。

 スパルタクスもレオニダスも登場時のパフォーマンスとして防具を破壊、もしくは捨てたように見せて、実は互いに万全の体勢を整えていた。

 戦いに送り出した南條とポラリス以外には、戦う両者しか知り得ない。互いに敵の姿を目視した時、全力で応じるべき相手と認めていたという事を。

「何処の王ヨ……屈せェイ!!!」

 繰り出された掌底の下を潜り、振り上げた拳で顎を打ち抜く。

 前以て歯を食いしばって脳に掛かる震動を減らしたスパルタクスは、自らの体が打ち上がったと見えるように軽く跳躍しながら、ボウリングの玉サイズの膝をレオニダスの腹部に叩き込んだ。

 前のめりに屈する王の背に、スパルタクスの手刀が叩き付けられる。

 常人なら骨折必至。脊柱損傷で立つ事もままならない一撃を受けて尚、レオニダスは倒れない。足を払って体勢を崩した瞬間後ろに回り込み、倒れかけた方向からの肘鉄を顔面にぶつけて押し退ける。

 再び食いしばったスパルタクスの歯がメキメキと音を立てて軋む中、レオニダスの追撃が胸、腹、首と突き刺さった。

『息をも付かせぬ攻防戦! 共に譲らない! 譲らなぁい!!!』

 今までレオニダスの戦いを見て来た者達は言う。

 レオニダスの戦いで、これまで手に汗握った事はないと。

 最後の最後まで、どちらが膝を突くのかわからなかった。一体先にどちらが、いつ、どこで倒れるかわからなかったと。

 故に、と。

「“叛逆のラリアット”!!!」

 首にまともに入った。

 レオニダスは一瞬呼吸が止まった程度だが、常人なら首がへし折れるどころか、千切れて落ちてもおかしくない。

「“叛逆のエルボー”!!!」

 ラリアットを撃ち込んだ場所で回転し、繰り出した肘鉄がレオニダスの顔面を穿つ。鼻頭が陥没して右に折れた程度で済んだのは、レオニダスの力が未だ健在の証だ。

 故に、攻める。

 揺らいだ背後に回って腰に手を回し、自身の腰を大きく落とすよう屈んでから――持ち上げる。

「“叛逆のスープレックス”!!!」

 雷が落ちたような爆音が響き、土埃が舞い上がる。

 その中心で頭から落とされたレオニダスの体が、日本では有名な映画のワンシーンを想起させる深さまで埋まっていた。

「レオニダス……!」

「落ち着きなさい、ポラリス。彼を選出したのは、あなたでしょう。総監督であるあなたが、彼を信じずしてどうするのですか」

 監督席に重く座るポラリスの側で、モルガンは冷静に戦いを見守っていた。

 確かにスパルタクスは強い。

 レオニダスがここまで追い詰められているのも、一方的にやられる展開も初めてだ。ポラリスの動揺も無理はないだろうが。

 しかし、それだけだ。

 攻撃するスパルタクス自身、攻撃を繰り出す度にダメージを受けている。

 レオニダスの強靭な肉体に生身で向かっているのだから当然だ。仮にアーサーがレオニダスに鎧も無しに突貫しようものなら、アーサーの骨が砕ける。

 そんな体を打ち、叩き、剰え持ち上げて叩き付けるのだから、体に掛かっている負荷は相当なものであって然るべきだ。

 実際、攻撃を続けるスパルタクスも息が上がっている。スープレックスでレオニダスを埋めたのも、呼吸を整える時間を設けるためだろう。

 レオニダス相手にダメージを与えられているだけ見事。だが、ポラリスが動揺し狼狽えるほど、一方的でもない。

 レオニダスだって、それはわかっている。だが――

「うん……効いてるなぁ」

 レオニダス自身、久方振りに自身へと蓄積されていくダメージの存在で息が上がっている状況に高揚しつつ、冷静にこのままでは競り負ける可能性を孕んでいる事を自覚していた。

 攻めるスパルタクスもまた、攻撃の度にダメージを受けているが、自分が受けているダメージよりは小さかろう。

 ならば――

「燃え上がれ! 俺の、スパルタ魂!!! うん!!!」

 立ち上がったレオニダスが両拳を合わせ、体を真っ赤に燃え上がらせる。

 溶鉱炉に抛りこまれた鉄塊のように燃えるレオニダスの体から蒸気が発せられ、会場の気温を五度も上げた。

『こいつぁ……! 久方振りの、レオニダス本気モードだぁ!!!』

 烈火の如く、火山が噴火したが如く燃え上がる。

 三百人分の体温調節機能――体を小刻みに震わせる事で体温の上昇を促す現象、通称シバリングにて岩をも溶かす熱量に達したレオニダスの体が、真っ赤な輝きを放っていた。

 最早触れる触れない以前の問題だ。

 触れれば一瞬で肉体が焼ける。今までの対戦で、レオニダスがこの状態になって負けた事はない。必勝の型――“屈する事なき強靭な王キング・オブ・スパルタ”。

 その体温、およそ一八〇〇度。鉄が溶解する温度を超える。

「スパルタクス、だったなぁ。うん! 全力で来い! おまえはこのレオニダスが、指先まで灰にしてやろう! うん!」

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