レオニダスvsスパルタクス 2
雷鳴は、ただの音ではない。
本来電気を通さない空気の中を無理矢理電気が通ろうとして起きる。膨張した空気の圧縮から生じる、振動からなる衝撃波だ。
故にもしも、もしも人がその中にいたのなら――人の身は、ただでは済まないだろう。
「いったぁっ……!」
「ケッケッケッ! 見ろ、安心院! あれを見ても、まだ不安か?」
観客席の人々が騒ぎ、ザワめき、どよめいた。
掛けていた眼鏡のレンズが割れ、電話等の電子機器がイカれ、戦場に近い席に座っていた客の鼓膜が破けさえした。
被害だけ見れば、まさか人間同士の衝突によるものとは誰も思わない。
だが実際にその光景を見ていた画面越しの観客が、証人となってくれるだろう。
肩で風を切って突進するスパルタクスと、仁王立ちで待ち構えていたレオニダスの衝突が、災害に被災したような状況を生み出したのだと。
そして皆が、徐々に状況を理解する。
衝突の渦中――いや。まさに衝突を起こした張本人たるレオニダスとスパルタクスの両者が、黙って向かい合っていた姿を。
客席の中には鼓膜さえ破れている人だっていると言うのに、彼らはほとんど無傷。唯一、負傷していると見られる部分は、双方とも片方の鼻の孔から垂らす鼻血だけだった。
だが同じ負傷でも、双方意味合いが大きく異なる。
今回初めて出て来たスパルタクスはいいとしても、レオニダスの負傷はそうはいかない。
そこらの聖剣、魔剣の類でさえ刃が通らぬ無敵の肉体に、攻撃が効いている事を意味するのだから。
『れ、レオニダスが……レオニダスが出血! 転生者大戦始まって以来、無敵を誇っていたレオニダスの肉体に、ダメージが通ったぁぁぁっ!!!』
だが逆を言えば、今の突撃を受けて鼻血程度で済んだと言う事。
普通の人間ならば、全身の骨が砕けていてもおかしくない威力。それを真っ向から受け止めて、剰え止めて見せたのだ。それだけでも充分怪物じみている。
「うん! 見た目以上に重いな! そして強い! 何という怪力だ! だがそれだけでは、この俺は倒せないぞ!」
事実だ。
今のままでは何度体当たりしても、いずれスパルタクスが先に力尽きる。
鼻血なんて軽傷で周囲はザワついているが、勝敗を左右出来るほどの決定打にはならない。
が、しかし、そんな状況を誰よりも理解している男――基、スパルタクスがゆっくりと、太い指でレオニダスを指し、また笑った。
「まだ、オマエは倒せない。それは、確かダ。だから……削ル!」
「うん? 削るとは、如何に――」
『え?! え?!』
解説が声を返してしまったのも無理はない。
その場から急に飛び退いたと思った巨体が再び大地を深く踏み締め、勢いを増して突進し始めたのだから。まさかの同じ攻撃。同じ戦法。悪手とさえ見られる手段を取った事に、ローマ皇帝達でさえ獣かと揶揄してしまう。
だが何か、スパルタクスの陰に感じられる得体の知れない力があるように思えて、全員が全員、スパルタクスを馬鹿にする事は出来なかった。
それはまた、レオニダスも同じである。
ましてや、自ら貫いてきたスタイルを崩すなど出来るはずもなく、レオニダスはまた、真っ向から受けて立つ以外になかった。
両者が再び、鈍い音と衝撃波とを放つ激突。
やる前より結果は明らかだと言い切れる人間は、もうどこにもいない。今の衝撃を受けたレオニダスがどうなったのか想像出来た者は誰もおらず、それ故に観客席の皆。そして、ポラリスは驚愕で物が言えなかった。
先程は鼻血で済ませていたレオニダスが、今度は受け止めた際に額を損傷。無敵の玉体から、真っ赤な体液が溢れ出す。
『れ、レオニダス王が……流血! 流血ぅ! 額から溢れる血で、血塗れだぁぁ!!!』
レオニダスの返り血を浴びて、前髪を掻き上げたスパルタクスが歯茎を見せる。
滴る血を舐め取ったレオニダスも笑って返したが、状況は一方的だ。安心院が間抜けのように口をぽかんと開ける隣で、南條は煙草に火を点ける。
「レオニダスの能力は、かつての仲間三百人の膂力の全てを自身に統合するっていう、極めてシンプルな能力だ。オール・フォー・ワンって言ってもいいが、ポラリスの公表した内容だと、
「え、じゃあスパルタクスは、三百人分の膂力に勝ってるって事? どんな化け物だよ……」
「いや。残念ながらそれは違え。スパルタクスが異世界で手に入れた力はズバリ、壊す力だ」
「壊す?」
「例えば魔法陣。詠唱。媒介。これら全てが結び付いて発動するのが魔法だ。だから無詠唱持ちの魔法使いは、希少っていう設定が多い。そして異能。これもいくらかの条件をクリアして手に入れられる物が大抵だ。スパルタクスは、そう言った前提条件や結束を、断ち壊す」
「じゃあもしかして今、スパルタクスは……レオニダスの異能を、魔法を分解してるって事?!」
「ケッケッケッ。三百人も集結すれば無敵は当然。ならそれらを全部脱がせばいい。壊せばいい。剥がせばいい。それが出来るのが、スパルタクス! それが出来るのが奴の叛逆!」
曰く――
神の後ろ髪を引っ張り、足を引っ張り、相手を地の底まで引きずり下ろす。自分のいた、人ならざる場所にまで。
「マダ、マダやるか?」
問いの答えを聞く気など毛頭ない。
振り被って繰り出した拳にて、レオニダスの張った胸部を穿つように打つ。
相撲取りの繰り出す突っ張りの重量と、プロボクサーの繰り出すジャブの速度を合わせたような拳は、レオニダスの体の内側で歯を食いしばるような悲鳴を上げる。
一発。一発が鉛の砲弾。打ち込まれる筋肉の塊は見せかけでないと伝わる音の鈍さ、重さ、歯切れの悪さが周囲に伝わり、中には目を覆って見れなくなっている者もいた。
今までは当たり前だった。
受けるレオニダスが無傷で残り、敵の戦意を削いでいく光景だった。
だが今、圧し掛かる拳にいつレオニダスが潰されるかと心配する声が囁かれ、心配の目で見られ、涙する人まで現れている。
徐々に、少しずつだが削られている。
レオニダスの無敵を誇る肉体が。三百人の膂力を圧縮した肉体が。少しずつ壊されようとしている。
「マダ、マダ続けるのか! マダ、反撃して来ないのカ! 王ヨ! タダの木偶の棒を殴るより虚しい事はないゾ!」
上から振り被って叩き落された拳。
今まで通り頭に当たったと思われたが、そうではなかった。
少し。本当に少しだけレオニダスが背を反り、そこから頭を繰り出して受けた。頭突きだ。レオニダスが、攻撃を防御した。
「悪かった。うん、これは俺が悪かったな。己の流儀に準じるあまり、今まで忘れていた感情が蘇って来たぞ、うん!」
拳を弾き、深く引く。
膨張する肉を圧縮させ、伸ばした拳がスパルタクスの顔面を捉えると、深々と突き刺さった。
「戦いは、攻防あってのものだったな! うん!」
『レオニダスが……こ、攻撃に転じたぁ!』
今までいなかった。
レオニダスが、敵が諦めたと断じるより前に動いた事など。
まさかアーサーに引き続き、レオニダスまでと、ポラリスの動揺が誰よりも大きかった。隣で見ていたモルガンが呆れてしまうほど、今までない脅威に震えている。
そんなポラリスの現状を直接見てもなく、知る由もない南條は、レオニダスが攻勢に出た時点で机の上に置いた足をバタつかせて笑っていた。
「どうだぁポラリス! 高レべの手持ちで周囲を圧倒するだけじゃつまらないだろ?! 勝って負けて、戦って! 結果はやってみるまでわからない! それだから楽しいんだろ?! さぁ踊れ! ショーの再開と行こうじゃねぇか!」
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