第二試合 レオニダスvsスパルタクス
レオニダスvsスパルタクス
レオニダス対スパルタクス。
両者睨み合ったまま、動かない。
アーサーと
「あれが、本当にスパルタクスなのですか? 私の知るスパルタクスは、勇気と力のある勇士だったのですが」
「甘い、甘いよ。これだから一世紀の夢見る世代はまだ若いんだ」
プルタルコスとアッピアヌス。
それぞれ生きた時代は違えども、歴史家という観点からスパルタクスという英傑について調べ、記述した者達。
各々の思い描くスパルタクスの像は若干異なるものの、両者揃って同じ結論に至る。
スパルタクスは英雄であった、それだけは歴史を変えても変わらぬ事実だ。それは、剣闘士として彼を雇っていた自国の王、皇帝達も同じらしく。
「あれが異世界での冒険を経た、我らの帝国を脅かした賊の長か」
ローマ初代皇帝、アウグストゥス。
「初代様。あれは我らがローマ含め、世界の歴史に刻まれた剣闘士。賊と呼ぶには、あまりにも偉大過ぎます」
ユリウス=クラウディウス朝最後の皇帝、ネロ。
「くっ、かっかっか……! 出ると言うから見に来てみれば、聞くより獣じみた姿だのぉ。あれがスパルタクス……我が戦いたかったわい」
ネルウァ=アントニヌス朝最後の皇帝、コンモドゥス。
「それは御勘弁を。剣闘士同士――あぁいや。剣闘士と皇帝の戦いなど、未だ転生した世からの旅路にいる者達へ見せる訳にもいきませんので」
テトラルキア時代最後。及び、コンスタンティヌス朝最初の皇帝、“大帝”コンスタンティヌス一世。
各時代を生きた皇帝らさえ見守る中、スパルタクスは猟奇的に笑っていた。
八つに割れた腹筋。脚と同じ太さの腕。兜の下で光る眼光含め、鍛え上げられた肉体の究極を見て歓喜で笑う。
獣のように尖った歯の隙間から、白い蒸気を吐いて笑う。
そんな、獲物を見つけた獣が如く笑う筋肉の怪物を、レオニダスもまた笑って見ていた。
「おまえ……うん。知ってる。知ってるぞ? 奴隷解放の英雄だろ? うん。なら、やる事は決まってるな。うん」
入場の際、槍も盾も捨てた。だがそれは、パフォーマンスの意味だけではない。
必要ないからだ。
異世界での経験を経て、己の精神と肉体に向かい合ったレオニダスの肉体は、最早武器の類を必要としない。
聖剣使いのアーサーを否定する訳ではないが、レオニダスは聖剣も魔剣も使って来なかった。肉体強化の魔法も技能も、盾さえも必要としなかった。
自らの拳を受け止めた手で、全身を強く叩いて締める。
「うん! よぉし……来い!」
チームレジェンズのレオニダスと言えば、最早定番。
全ての攻撃をその肉体で受け止め、全てを弾き返す。文字通りの鋼の肉体。人類の究極とも言われる肉体が見せる技。
彼がチームレジェンズの守護神と呼ばれる所以である。
「頼みますよ、レオニダス。あの狂人が今度は何を企んでるのか、わかったもんじゃないですからね……」
チームレジェンズの総監督ポラリスが、神経質に爪を噛んでいる頃、チームルーザーの
「何してる」
「知ってるでしょ……レオニダスのあの鉄壁の体。聖剣も魔剣も通さない、まさに鋼鉄の体! あれを突破出来た奴なんて、いないんだから! もしかしてここでこそ、芹沢を出すべきだったんじゃないの……?」
「ないものねだりしてどうなる。もう使っちまった駒は使えねぇんだ。それにてめぇだって、スパルタクスで納得してたじゃねぇか」
「いや、あの時は変にハイテンションだったって言うか、冷静じゃなかったって言うか……レオニダスの鉄壁をいざ前にすると、酔いが醒めたって言うか……」
バチン、と鈍い音が響く。
頭を押さえる安心院に腕を回して肩を組んだ南條の目は、レオニダスを前にしたスパルタクスにも負けず劣らぬ猟奇的な笑みを浮かべていた。
「だったら冷静に見た今なら、どう思うんだよ。スパルタクスの勝機はゼロか? うん? 勝機がゼロの勝負はやる気出ねぇが、薄い勝機ならやる気が出る。そうだろ? さぁ。
スパルタクスが吠える。
自らを鼓舞する意味合いか、レオニダスへの威圧かわからないが、少なくとも負け犬の遠吠えには聞こえない。
そして相撲取りの様に両拳を突き、前方に体重を傾けた瞬間。レオニダスを含めた誰もが突進攻撃を予想し、皆の予想を裏切らぬ大地を揺るがす突進で、スパルタクスは駆け出した。
『チームレジェンズの絶対守護神に対し、スパルタクス真っ向から突進! 真っ向勝負の、
レオニダスの戦法が定番となっているが故に、今までの敵は、その裏を掻こうと様々な手段を考えて来た。
だからレオニダスからしても、純粋なる真っ向勝負は久方振りで、自分へと向かって来る巨体がぶつかって来るのを、今か今かと待ち侘びてさえいる状態。
そんな心情を知る由もないスパルタクスはただ一貫として、レオニダスの玉体を粉砕する事だけを考えて走っていた。
想像して欲しい。
数十トン単位の土石を積んだダンプカーが、アクセルをべた踏みで突っ込んで来るその様を。
想像して欲しい。
幾重にも南京錠が掛けられ、鎖で結ばれた元々が数百キロ単位の重量を持つ鉄扉に向かって、体当たりしていくその様を。
恐怖だろう。
恐怖しかあるまい。
だが、両者は臆さない。怯える事を知らない。
もしも恐怖に臆していたら、反乱など起こさなかった。
もしも恐怖して怯えていたら、数十倍の戦力差で戦ったりしなかった。
「ころぉぉぉす!!!」
「来ぉぉぉい!!!」
人間同士とは思えない衝突によって生じたのは、音ではなかった。
空気を震動して伝わって来た事には違いないが、音などという半端なものではない。
漫画やアニメで時折見られる設定だが、この時の会場にも起こったのだ。
対象の内部に伝播して、内部から対象を破壊する震動波――いわゆる、衝撃波と呼ばれるものが。時に雷鳴と呼ばれるそれと同じ原理で起こる音の爆弾が、一瞬で爆ぜたのだった。
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