第13話 きぼう

蒼雲そううん様が。蒼雲そううん様が起たれたと。天都香あまつかの名と共に起たれたのです!」

 ヨネの口から飛び出した蒼雲そううんの名に、花音かのんは瞳を見開いて驚く。

「え? お兄様が? でも、お兄様は既にこの世には居らぬと鷹盛たかもりが……」

「嘘だったのでございます! 私は先程この耳でしっかりと聞きました! 生きておられたのです。そして天都香あまつかのために起たれたのですよ!」

 天都香あまつかは完全に滅んだ。

 天都香城あまつかじょうが落ちて2年後、鷹盛たかもりがわざわざ天野原あまのはらで捉えた女達を城に集めて言い放った言葉だった。

 蒼雲そううんが生きているということだけが希望だった者たちは、この言葉で希望をへし折られ、自ら死を選んだものも居た。

 ヨネの手をギュッと握り返して花音が聞く。

「本当に? おヨネ、それは本当なのね?」

「えぇ! 間違いございません。剋苑こくえんの娘と天都香あまつかの生き残りが一緒にいると。そう鷹盛たかもりや他の城主達が話しておりました」

天都香あまつかの生き残り。そう、お兄様が生きておられたのね……」

 感情のない様に無表情だった花音かのんの顔がくしゃりと歪んで、大きく輝く美しい瞳からポロポロと涙をこぼして泣き、ヨネもまた、そんな花音かのんの姿に涙した。

「ただ、剋苑こくえんと言えば、暗殺を生業としたとして有名な闇の一族です。その様な者とご一緒だと言う事だけが気がかりですが……」

「そうね。でも、でも、生きておられたなら私はそれだけで」

 涙を流しながら、たおやかに微笑む花音かのんを見てヨネはホゥとため息をつき、安心したように呟く。

「姫様のその様な笑顔。何年ぶりでございましょう」

「おヨネ……」

天都香あまつかの城が落とされ、なぶられる為だけに連れてこられたような我々女衆にとって、姫様や奥方様の存在だけが救いでございました。しかし、その姫様も年頃を向かえ、物事が分ってくるとその笑顔を封じ込めてしまわれた。どんなに皆が心配した事か……」

「私は……、皆の苦しみも知らず、母上の苦しみすら感じず、のうのうと鷹盛たかもりに育てられてきた。鷹盛たかもりの娘として」

 ホロホロと涙を流す花音かのんの言葉に、ヨネは小さく首を横にふった。

「仕方がないことです。姫様は幼く、理解することなど無理でございました」

「事実を知った時、私はただひとつの事を思うようになった。皆を救うにはどうすればいいのか。でも、私のような小娘に何が出来よう。実際、少しの反抗でこのような場所に閉じ込められてしまった。結局何も出来ない己の身が憎らしく、自分の存在理由を見出せなかった」

「姫様……」

「母上と離され、このような場所に監禁されて外の様子は全く分らない。皆がどうしているのかはおヨネ、お前からたまに様子を聞くだけ。そして数年前に鷹盛たかもりから兄上が死んだと聞かされたとき、私は希望を全て失った。……でも、それは間違いだったのね」

「そうですよ、姫様。蒼雲そううん様はきっと姫様や奥方様を救う為に身を潜めておいでだったのです」

「そう……、そうね。兄上は今もどこかで前へと進んでいるのね」

「はい、おそらく」

「私も立ち止まっては居られないわ。兄上の為に出来る事を考えないと」

 ニッコリ微笑んでヨネの手を両手で握り返した花音かのんに、ヨネは涙で言葉を詰まらせた。

 二人は暫く互いの体温を確かめ合うように黙り込んだ後、ふと花音かのんが思いついたように言葉をかける。

「そうだわ、この事を母上にも。ね? おヨネ」

 明るい声で言う花音かのんに対し、一瞬にして顔が曇ったヨネ。

 その様子に首をかしげて花音かのんが聞く。

「おヨネ? どうしたの?」

 ヨネは花音と重ねていた手をスッと引いて、目を伏せ、喜びとは違った涙をこぼす。

「奥方様は。私たちでは入れぬ場所に囚われて居りますゆえ、お知らせする事もかなわないのです」

「え? どういうこと?」

「申し訳ございません、それは私の口からは」

 そういって、口篭り唇を噛み締めながら泣くヨネの姿に、花音かのんは胸に広がる嫌な予感と、言いし得ぬ不安が押し寄せてくるのを感じていた。

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