第12話 とらわれの

「姫様、花音かのん様!」

「おヨネ、どうしたの。食事の時間でもないのにこんなところまで。早く戻りなさい、鞭打たれてしまうわ」

 慌てる声に反応するように、部屋の奥からはたおやかな鈴のように澄んだ声が響く。

 部屋の中は布団、着替えの入った箪笥と、櫛等の身支度用品が置けるだけの小さな机があるだけで、ガランとした空間が広がっていた。

 部屋の奥、唯一ある引き戸の向こうは厠で、天井に明り取りのはめ込みガラスがある、窓も何もない部屋。

 息を切らしてやってきたヨネを心配しながら、部屋の奥からゆっくり現れたのは、美しく輝く床につかんばかりの長い緑の黒髪と、肌理の細かい白い肌を持ったそれこそ、まるで夜空にうかぶ月のように美しい少女。

 今にも倒れてしまいそうなほど細い体だったが、しなやかであり女性の美しさと艶めかしさを併せ持っている少女だった。

「鞭打ちなどかまいません。それに今はそれどころではなく、この場所に人がやってくることはありません。姫様もっとこちらへ」

 姫と呼ばれたその少女は蒼雲の妹、花音かのん

 鷹盛たかもり達に天都香城あまつかじょうが落とされた際、母と共に鷹盛たかもりに連れ去られ、この斎藤さいとうの城に監禁されていたのである。

 母親とは引き離され、初めこそ斎藤さいとうの娘として育てられていたが、花音かのんを逃がそうとする天都香の残党の勢力により、花音かのんは自らの出生と故郷、そして家族の事を知る。

 花音かのん奪還は失敗に終わり、花音かのん斎藤さいとうは敵であると知った年に、この格子があり、牢のような場所に幽閉され、その後はこの場所で育ってきた。

 そしてその花音かのんを我が子のように育ててきた使用人のヨネもまた、天野原あまのはらから連れ去られた女衆の一人。

 天都香城あまつかじょうが落とされた時、男共は皆殺しの対象であったが、その城と城下にいた若い女や女児は連れ去られた。

 目的は当然女達が有しているとされていた特別な力を手にするため。

 ただ、ヨネは天野原あまのはらに住んではいたが、もともと他所から嫁に来た者であり、天野原あまのはらで生まれ育ったものではなかったため、特別な力を有しては居なかった。

 ヨネのような女はそれなりに居たが、ある程度年齢の行ったものは、特別な力を有していないとわかった時点で殺されるか、過酷な労働の奴隷となることが多かった。

 そんな中、たまたま紫音しおんから引き離された花音かのんを抱いていたヨネは、幼い花音かのんがすがりついて離れなかったため、そのまま乳母に指名されたのだ。

 ゆっくりと格子の近くまで歩いてきた花音かのんは腰を下ろし、かぶりつくように格子を掴んでこちらを見ているヨネに優しい視線を送った。

「そんなに息を切らせて、一体何があったというの?」

「い、今、この城では諸国の城主達が集まり相談をしています」

「そう。また、悪巧みでしょう。私には、関係無いわ」

 花音かのんは覇気の無い顔を向けポツリとそう呟き、ため息をつく。

 そんな花音かのんに首を大きく横に降ったヨネ。

「姫様、今日は違います!」

 ヨネは格子の間から手を伸ばし、花音かのんの手を握った。

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