第3話

当然だが今の状態で奴らに復讐しようとしても、簡単に返り討ちに合ってしまうのは想像に難くない。ではどうするのか。当面は自身を鍛えることに専念しよう。そして上位種への『進化』を目指そうと思う。


 鬱屈した日々の中で思い出したことがいくつかある。それは、魔物は人間と違い上位種へと『進化』することができるということだ。もちろん伝説にうたわれるような神獣や聖霊は進化しない。


 それを名分として、亜人を排斥し、奴隷のごとく扱っている一部の人間至上主義の考えを持つ教会関係者らは、進化しない種族=この世界における最高位の存在であることの証拠であるとして、人間という種がいかに素晴らしく、世界を支配し世界を導くべきであると宣伝している。街を歩けば、彼らの説法を耳にしない日はないと思えるほどに。


 ただ、スライムがどのような条件で進化するのは残念ながらわからない。単に長く生き年を重ねればよいのか、多くの生物を倒し経験値を積めばよいのか、はたまた鍛錬により個としての能力を伸ばしていけばよいのか…。


 正直わからないことだらけではある。当然だ。そもそも魔物の生態について真剣に研究している研究者の数が圧倒的に少ないからだ。国もそんなことに研究費を費やすくらいなら、新しい魔法の研究や魔道具の開発にお金をかけたほうがはるかに役に立つだろうと考えている脳筋連中ばかりだ。


 手探りから始まるが、復讐をあきらめるつもりは毛頭ない。とりあえずではあるが、触手を伸ばし打撃攻撃の練習でもしてみようか。もしかしたらその過程で何か新しい考えが閃くかもしれないのだから。






 打撃攻撃を始めて半日ほどが経っただろうか。木の幹を懸命に叩いてはいるが一向に攻撃力が上がった気がしない。それもそのはずか、スライムの攻撃力はそれこそ下手をしたら中型の動物にすら劣るほどのものしかないのだから。


 スライムという魔物はぶよぶよとした見た目のわりに意外に耐久力が高く、打撃以外の攻撃はかなり効きにくい。おまけにスライムには『核』と呼ばれる器官があり、それが破壊されなければ体のほぼすべてを消失しても時間がたてば復活することができる。


 つまり倒そうと思えば意外と時間がかかり面倒であり、仮に倒しても得られるものは何もない。しかし放っておいても特に害はない、そういった生体であるため魔物でありながら一般人ですら恐れることがないという、微妙な立ち位置にいる存在、それがスライムと魔物の正体なのだ。


 スライムは魔物でありながら人間の子供にすら負けるといわれる所以は、そういった低すぎる攻撃力が根底にある。スライムとして新米である俺が、半日努力しただけで簡単に強くなれるはずがないのだ。


 しかし今はそんなことはどうでもいい。なぜなら今俺はスライムに生まれ変わって以来初めての「飢餓」という感覚に襲われているからだ。


 はじめは気のせいかと思ったが、時間の経過とともにそれは間違いであったと確信した。今になってなぜ?とも思ったが、おそらくは戦闘訓練を始めたことが原因かもしれないという結論に至る。


 魔物の中には魔力をエネルギー源として活動している種族がおり、つまりはスライムはその中に分類されえているのだろう。今までは大気中から吸収できる魔力と生存に必要な魔力量が同じ、もしくは吸収する量が多かったため飲食を必要とせず、生存し活動することができてきたということだ。しかし戦闘訓練によりそのバランスが崩れ消費される魔力量のほうが多くなり、その魔力の欠乏が飢餓という感覚で自身に降りかかったのだろう。


 しばらく休憩すれば体気中の魔力を吸収することによってこの飢餓感からも脱しそうではあるが、正直今は一分一秒も惜しんで訓練に励みたい。ではどうすればいいのか。簡単だ。魔力を他の生物から吸収すればよいのだ。


 この世界の生物は多かれ少なかれ体内に魔力を保有している。そして人間や亜人種を除き、一般的にその保有量が多い生物を『魔物』と分類している。


 つまりその辺りに生えている雑草でも、体内で溶解し吸収すれば魔力を回復することもできるはずである。


 早速目の前にある雑草を体内に取り込み溶解して吸収する。なんというか…かなり水っぽく薄味な野菜を食べている感じだな。人間の味覚で言えば青臭く、ひどく苦い味がするイメージがあるが、この体はスライムのもの。体に合わせて味覚も変化したというわけか。


 そしてやはりというべきか、魔力もあまり回復したように感じない。当然吸収するためにも消化液を生成するための魔力が必要である。吸収で消費される魔力量と得られる魔力量がほとんど変わらない。どうりでスライムが雑草を吸収しているなんて話を一度も聞かないはずだ。魔力を回復するにしても効率が悪すぎるし、こんな薄味では食事?を楽しむこともできない。


 かといって、植物よりも多くの魔力を保有している動物や魔物を現段階では捕獲できるほど早くも動けないし、それだけの力があるわけでもない…と考え事をしていると今までとは少し違う風味を感じた。雑草に止まっていた昆虫を吸収したのだ。


 どうやら雑草よりも昆虫のほうが保有している魔力量が多いようだ。とはいえその差も微々たるもの。まぁ塵も積もれば山となるとも言うし、これからは積極的に昆虫を狩ることとしよう。


 あと、吸収するスピードが速くなるように努力もしよう。もちろん時短にもつながるが、将来的には先ほどのように生きた生物を体内で直接吸収するようなこともあるかもしれない。


 そうなった場合、小さな昆虫程度であれば問題はないが、その相手が強ければ強いほど、相手に早くとどめを刺さないと反撃を食らうことにもなるかもしれないのだから。


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