「……は………………………らしい」

「…れは………………だな」


 ボソリ、ボソリと聞こえてきた声に、私は思わず足を止めた。


 学校からの帰り道。今日は授業が早く終わったからまだ周囲は明るい。何の変哲もない住宅街は平穏そのもののように思えるのに、私の本能は警鐘を鳴らしている。


 注意深く周囲を見回した私は、前からやってくる集団に気付いて思わず目を丸くした。無意識にでも声を上げないように自分の口を両手で押さえた私は、今度は身を隠す場所を探して周囲に視線を走らせ、慌てて近くにあった細道の中に飛び込む。


「西は駄目だ。もう消えかけておられる」

「ヒトの子の思いが薄くなったせいか」

「祭りもされなくなったからな」

「西は、そもそもヒトの子の数が減りすぎた」


 角を曲がった先にある電柱に身を隠した私は、そっと道路の先を見遣った。私の視線の先を、ゾロゾロと影が進む。


 鬼、付喪神、狐、兎、蛙……他、何者とも形容しがたい


 昼夜の住宅街を行く影は、大きさも形もバラバラだが、とりあえずヒトではなかった。


 ──百鬼夜行。


 私の背筋がスッと冷える。どうしてこんな昼日中、こんな町の中に百鬼夜行が出るのだろうか。今の町は、彼らが支配する場所ではないのに。


「東はどうだ」

「とうの昔にお消えになられておる」

「しかしあそこはまだヒトの子の思いがあるはず」

「争いに負けたのよ」

「やってきたモノに喰われてしもうたわ。今居座っているのはまがい物よ」

「なんと。神ではないモノをヒトの子は崇めているというのか」

「最近のヒトの子は、自分達が何をまつっているのかよく分からないまま祭りをしているらしいですからね」

「しかし我らは同じようにはいかない」

「東は思いはあっても、外敵を退けられるほどの強さはなかった」

「やれ恐ろしい」

「やれ悲しい」


 ──……何か、前に遭遇した百鬼夜行とは、雰囲気が違う……?


 しばらく耳を澄ませた私は、そこに漂う空気の重さというか……悲しさというか、苦しさに首を傾げた。


 人ならざるモノ達が寄り集まり、自分達にとって面白おかしく自由気ままに練り歩くのが百鬼夜行だ。前に少しだけ混ぜてもらった百鬼夜行では、彼らは飛んだり跳ねたり笑ったり、とにかく楽しそうだった。その本質に隠れているものが悲しさや寂しさではあったとしても。


 だけど今、この道の先を行く彼らには、そんな雰囲気が微塵もなかった。沈鬱とも言える雰囲気の中に、ボソリ、ボソリと声が落ちていく。


 ──百鬼夜行というよりも、葬列とか、夜逃げとか、そんな雰囲気というべきか……


「我らを守ってくださるお方は、一体どこにいなさる」

「ヒトの思いは偏りすぎだ。もっと身近な神を大切にすればいいものを」

「大きな所はもうすでに眷属が押しかけているだろうからな」

「しかし逃げなければ喰われてしまう」

「新しく入り込んできた頭と、その眷属に喰われてしまう」

「我らを守ってくださるお方は、一体どこにいなさる」

「我らを受け入れてくださるお方は、一体どこにいなさる」


 ボソリ、ボソリと。フラリ、フラリと続いた隊列は、しばらくすると白昼の住宅街の中に消えていった。注意深く隊列を見送り、しばらくしても口を押さえる手を外さなかった私は、ソロリと角から顔を出して何も見えなくなったことを確かめてから小さく息をく。


 ──西はもう駄目だ。消えかけておられる。


 ──東はとうの昔に消えた。今祀られているのは紛い物だ。


「……神様でさえ、消えてしまう世の中なんだなぁ……」


 人の恐れが妖異を呼び、ヒトの畏れが神を招く。どちらの存在もヒトの思いが向けられなくなったら消えていくしかない。そういう点では、似て非なるモノでありながら、神とあやかしは似ている部分も多い。


 やしろを持ち、人々に敬われ、恵みを返してきた存在でさえ消えていかねばならないくらいに、ヒトは彼らへの関心を失くしてしまった。


「西と東はダメ。……覚えておこ」


 ほんのわずかに胸をよぎった切なさや悲しみを胸の奥に沈めて、私は隊列がやってきた方へ再び歩を進める。


 神の加護を求めてさまよう彼らに、新たな安住の地が見つかることを願いながら。

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