第5話 判断

 鞍威にある山で、一人の女性が焚き火をしていた。彼女の名前は、伊那召稀衣イナメ マイ。燃え盛る炎を見て、彼女は自身の計画を振り返る。

 魂を集める為、稀衣は人を殺める。彼女が執拗に喉を狙ったのも、全ては巻物による指示だった。

 鞍威市全体を、透明な結界が囲む。結界は、運命を創る力を持つ。それを解くには、その動力源コアである稀衣を殺す必要があった。

 

 ナイトクラブ"apocalypse"の経営者であり、カルト組織【mellow mist】の長であるフェンネル。

 彼女は【崇徳ストクの刀】に抵抗する為、鳳凰の力を持つ人間を探していた。


 廃校になった小学校。その体育館では、砂によって巨大な魔法陣が描かれる。

 mellow mistの構成員が、そこへ火を付ける。すると、薄い紫の霧が現れた。

 霧は鞍威市全体を包み込む。その様子は、結界に抵抗しているかのようだった。

 体育館から遠く離れたナイトクラブの一室。そこでフェンネルは、深く瞳を閉じる。

「あぁ、彼ね。」

 瞑想を終えた彼女は、静かに呟いた。


 突如現れた霧に対して、困惑する猪狩。暫くすると、彼の前にスーツを着た女性が現れた。服の色合いは、ワインレッドに近い。

 女性のロングヘアには、"暗い紫と明るい緑"の二色が入っている。また、両耳には四つのピアスが開けられていた。

 女性に対し、猪狩は話し掛ける。

「フェンネルか。こんなとこでお前に会うなんて、ホント最悪だよ。」

 猪狩に対し、不穏な笑顔でフェンネルは喋る。それに続き、二人の間で会話が続く。

「悲しいこと言うね。此処は、私たちの故郷フルサトじゃん。感動のハグでもしない?」

「呆れるよ。お前も故郷も、変わらないな。反吐が出るくらい、この街には変化がない。それで、キモいくらいに保守的だ。」

「そう。それで、前から聞こうと思ってたんだけど、例の犯人は分かった?」

「犯人ならお前も知ってるだろ。」

 猪狩はフェンネルに近づき、殴りかかる。彼女はその拳を、片腕のトンファーで防いだ。空いた片方の腕で、彼女は猪狩に攻撃する。トンファーで攻撃された猪狩は、気絶して床に倒れる。

 再び彼が目を覚ますのは、そこから三十分後のことだった。


 猪狩は、フェンネルから全ての真実を知る。そして、彼は混乱していた。

「稀衣ちゃんが…。でも、どうして?」

「彼女、"スカイ"ってクスリを売ってるの。あと、今の鞍威市は結界に包囲されてる。」

 彼女はそう告げると、結界とスカイの関係について説明した。

「彼女の張った結界って、運命を定める力があるワケ。」

「でも、彼女にはオカルトに浸るきっかけが無いだろ?」

「魔法少女のことかも。あの時に魅せられた衝撃は、私もずっと憶えてるから。」

「【デパートの魔法少女】か…」

 フェンネルは猪狩の様子を見る。会話に少し間を置くと、再び話し始めた。

「結界の効果で、鞍威市でスカイが流行るとしようか。それも、色んな場所でね。すると、彼女は莫大な利益を得ることが出来る。そうやって、負のサイクルが生まれてしまうと…あとは分かるでしょ?」

「ただ、殺人とは結びつかないだろ。それに、山の巻物はどうやって盗んだ?」

「規則のある人間の死。久常、嶺亜、伊側…。死で得られる魂は、結界のトリガーになる。盗みに関しては、指輪の力が関わっているわ。」

「違うね。死に規則性はない。」

「いいえ。彼女に殺された人々には、みな規則性がある。」

 そう言うと、彼女は自身の喉に指を当てる。その仕草を見て、猪狩は不都合な真実を察した。フェンネルは続けて、彼に話し掛ける。

「慰めにはならないけど、人って難しいの。みんな隠された部分があるから。霧のように可視化できても、掴むことはできない。嘘が上手いやつなら、尚更ね。」

「どうでもいい。俺はずっと高校の頃から、サイコを想い続けたバカなのさ。」

「否定はしてない。貴方にだって、隠された一面がある。そういうものよ。」

 そう言うと、彼女は猪狩を殴った。トンファーで脳波を弄られ、殴られた彼は眠りにつく。

 そしてフェンネルは、これまでの手順を振り返る。

(津禰久の遺した写真が正しければ、猪狩が不死鳥の力を持っているハズ…)

 

 猪狩は夢を見る。その内容は単純だった。

 猪狩は青い部屋にいて、部屋の奥からは音が響く。音の正体は、部屋の奥にある紫色の扉からだった。

 猪狩が扉を開けると、その奥には高校の教室があった。彼は懐かしいさを感じると共に、見覚えのない席があることにも気づく。その机の上には、時計が置かれていた。

 

 教卓に置いてある名簿を通して、猪狩はその席に座っていた人物を知る。現実にはなかった謎の席、そのスペースには【伊側辰季】と書いてあった。

 机に置いてある蒼い時計のモデルは、鳳凰がモチーフになっている。

 猪狩が時計を腕に付けると、その腕には伊側の魂が宿る。こうして彼は【崇徳ストクの刀】と闘える力を手に入れた。


 猪狩は目を覚ました。奇妙な夢からの目覚めに、彼の覚える不安は無い。


 鞍威市の命運を賭けた戦闘は、霧の中で行われていた。

 嶺亜の対能力制御鎧コスチュームを纏い、呪われた刀を持つ者。もう一人は、不死鳥である鳳凰の使い手。両者は激しく衝突した。

 二人は次第に、空中を駆け巡る。雲の周りでも行われたその闘いを、知る者はいない。ただし、当事者である彼らやM2のメンバーを除いて。


 伊那召稀衣が死を迎え、街からスカイは消えた。だが、それでも鞍威市は陰湿で在り続ける。猪狩も二度と、地元へ戻ることは無い。


 不死鳥ラジコンのパーツは全て揃い、稀衣との戦闘レースに勝つことは出来た。ただし、本当にこの勝敗に価値はあっただろうか。


 正しい社会ラジコンの行き先は、結局のところ誰にも分からない。

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隠れたもの るぬん @rocklowmawashi

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