第3話 過去の思惑
"死人に口無し"という言葉がある。もし個人が謎を抱えたまま死ぬと、遺された人々は真実を知ることが出来ない。
他人の考えていることを知るのは、生死に関わらず難しい。"謎"というのが計画性のある代物なら、それは厄介な存在になる。
男が山奥で自転車を漕いでいる。彼の名前は
人は彼を"異常者"だと表現し、彼自身もそれを自覚している。
久常家は先祖の罪により呪われており、津禰久もそのせいで使命を授かってしまう。使命とは、山奥の神社にある【巻物】の保護だった。
巻物には【
また、刀と対等に戦える人間は世界に一人しかいない。それは、間接的に儀式と縁のある人間だった。
崇徳の宿命を背負った人物に自由が与えられる機会は少なく、久常家の人々は厳重に他者との関わりを禁じられる。それ故、その血筋である津禰久は倫理観が次第に拗れていった。
山奥の神社にて、津禰久は自転車を止める。そして彼は、事前に用意していた砂時計を逆さにする。
下に移った砂は、徐々に赤くなっていった。
(良き兆候。こんな山奥にある人の来ないような神社にも、ちゃんと結界が機能している。)
この時の津禰久は、まだ自信に満ち溢れている。問題が起きたのはここからだった。
津禰久の呪文によって地面に空洞が生まれ、そこに階段が現れる。
彼は階段を登って下に向かう。すると、ガラスケースに保管されていたはずの巻物がないことに気付く。
(おっと、こいつはマズい事態だ。もしも"刀"が解放されれば、結界が…。)
僅かに焦り始めた津禰久は、現実から目を逸らそうと考える。彼は自身のスマホに入っている伊那召稀衣の
(うぉ、心が落ち着く。ビジュアルが良い。こんなに美しくて素敵なのに、不思議にも下心が湧かない。家、性格、交友関係、全てが完璧だ。彼氏も絶対イイ奴。実に素晴らしい。)
津禰久は瞳を閉じ、想いを馳せる。その姿は明らかに"異常者"だった。
(彼女やその恋人、家族が幸せになれるのなら、俺はなんでもする。手段は選ばない。ただ、どうかストーキングだけは続けさせて欲しい。これは究極の変態らしい俺の人生であり、生き甲斐なのだから…)
津禰久は目を開く。彼にはまだ仕事が残っていた。
津禰久は、鞍威市の東にある廃墟のホテルへと向かう。彼がそこへ向かったのは、ある人物に会う為だった。
津禰久はホテルにいる数多くの人々の横を通り、上の階を目指す。
頑張って少し良い表現をするならば、【VIPルーム】とも呼ばれるような少し広い部屋へと向かった。
津禰久はVIPルームへ入る。すると、そこには特攻服を着た女性がいた。
特攻服は穏やかな紫色で、そこには彼女の考えたヘブライ語の格言が刺繍されている。また、
津禰久と同様、個性派暴走族である【mellow mist】の総長である彼女も、只者ではなかった。
「やぁ、津禰久。会えて嬉しいよ。今週のお気に入りを見てもいいかな?」
「俺も会えて嬉しいよ、フェンネル。うーん、最近のだとコイツだな。」
津禰久は、スマホのカメラロールから写真を厳選する。そして、最高の一枚をフェンネルへ見せた。
「稀衣ちゃん、やっぱり素敵ね。場所はスーパーのように見えるけど、お買い物の最中かな。」
「そう、そこはスーパーマーケット。俺も彼女のことを素敵だと思うよ。」
「それで、私への話って?」
「誰かが、例の巻物を盗んだ。何か少しでも、心当たりはないか?」
「神社の結界は破られてた?」
「いいや。」
「じゃあ、一体どうやって…」
「とにかく、知らないならいいんだ。君もオカルトっぽいこととか、ちょっと詳しいだろ?」
「そう。それじゃあ、"鎧"を危惧した方がいいね。もし鎧を着て決闘に勝利した場合、巻物を盗んだ犯人は力を手に入れてしまうから…」
「確かに。ただ、現代における鎧って?」
「隣の市に、金属製のアーマーを纏ったヒーローがいたはず。アイツ、危ないかも。」
「いい予想だな。相手も只者ではないだろうし、そのスーパーヒーローを護衛しておくよ。」
津禰久は要件を済ませ、部屋から出て行く。ホテルから遠ざかる彼の姿を、フェンネルは見下ろしていた。
「さて、この後はどうなるかな。」彼女は紅茶を飲んだあと、静かに呟く。
津禰久がフェンネルと会った日、それは彼の命日でもある。そんなこの日に、彼のスマホに謎の写真が加わる。そこには、猪狩琉矢が写っていた。これは、猪狩が鞍威市に戻る五年前の出来事になる。
死人に口なし。この日の津禰久が、どんな意図で猪狩を撮っていたのか。その真相は誰にも分からない。
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