三章 シスター:インポッシブル

第11話『えへっ、またドジしちゃった☆』

三章  シスター:インポッシブル




 日曜日。駅前に設置された時計の針が午前十時に合わさった。


 俺は学校の最寄り駅である芋野古いものこ駅の改札から少し離れたところで、周囲をきょろきょろと見回しながら待ち合わせ相手を探していた。


 芋野古駅は乗り換え路線が多く、普段から社会人や学生など多くの人が行き交っているが、今は日曜日の午前ということもあって特に若い男女の姿が多く見られた。


 ふいに遠巻きでざわっと喧騒けんそうつ。そちらに視線を向けると、黒を基調としたフリフリのゴシックロリータを身にまとった女が周囲の視線を一身に集めて歩いていた。


 そのゴスロリ女は俺に気が付くと、大きく手を振って軽やかな足取りで駆け寄ってくる。


「お兄ちゃーん、お待たせーっ!」


 待ち合わせ場所にやって来たゴスロリ女とは、妹代行サービスのユリちゃんもとい俺の実の姉である小森こもり悠里ゆうりだった。


 コイツが着ているえらく気合の入ったゴスロリ衣装は、三万円のプレミアムプランに加え、追加料金を支払って着せたものである。


 この衣装はただ俺の趣味で着せているわけではなく、ちゃんと狙いがあって着せたものなのだが。しかし、悠然と微笑みかけてくる悠里の様子に俺は思わず動揺してしまう。


 平然としたその反応が思っていたものと違っていたからだ。


 俺が期待していたのは、『恥ずかしい衣装を着せられて大嫌いな弟とデートさせられるなんて恥ずかしすぎる……!』だったのだが、当の本人に期待していたような反応は見られない。


 むしろ、コイツの隣に立っているこっちの方が恥ずかしくなってきた……。いや、そんなことを言っている場合ではない。今日、このためにバイトまで休んだんだぞ。


 それにただでさえコイツを呼び出すためだけに三万円もかかっているんだ。衣装のオプションも加えれば三万五千円……。今回のミッションは絶対に失敗できない。


 ――この作戦の目的は、夜な夜な布団の中で悶絶するくらいの屈辱を与えた上で悠里に妹代行サービスを辞めてもらうことだ。


 ゴスロリ衣装はそのための布石ふせきでもある。ここでは効果が発揮しなかったが、本番はここからだ。今日のためにわざわざ徹夜で作戦を練ってきたのだ。


 俺は気合を入れなおすように顔を引き締めて、悠里に視線を向ける。


「……じゃあ行こうか」

「うん、楽しみだねっ!」

「お、おう。……そうだな」


 満面の笑みを向けてくる悠里に思わず顔をそらしてしまった。


 ふと前回の別れ際が頭によぎったが、悠里がそれを気にしている様子はない。

 このデートを仕事と割り切ってわざとそう振舞っているのだろうか。前回の狼狽うろたえようとはまったくの別人だ。今日はあくまで妹を演じ通すつもりらしい。


 上等じゃないか。相手にしないつもりなら意地でも意識させてやる……。

 お前の吠え面を拝むのが今から楽しみだぜ。


 俺は口の端が吊り上がりそうになるのを必死に堪え、下手な愛想笑いを貼り付けながら改札の方へ悠里を先導する。自動券売機で今日の目的地であるハッピーアニマルパーク行きの切符を二枚購入し、一枚を悠里に手渡した。


「ありがと、お兄ちゃんっ」


 悠里がいたいけな妹スマイルを向けてくる。こ、交通費まで俺が払うのか……。遊園地のチケット代も合わせたらヘソクリをすべて使い切ってしまいそうだ。ますます失敗できないな。


 改札を抜け、駅のホームに上がる階段。コツコツと悠里が厚底シューズを鳴らしていたが、ふいにそのリズムが崩れ、同時に悠里が足をつまずかせて前のめりに倒れ込んだ。

 隣で小さな悲鳴が聞こえ、咄嗟とっさに支えてやると悠里が照れ笑いを浮かべる。


「えへっ、またドジしちゃった☆」


 ペロッと舌を出し、軽く握った拳をコツンと頭に当てるポージング。あざとく語尾を弾ませたそのセリフには聞き覚えがあった。


「な、なんでそのセリフを……」

 何を隠そう、それは『ポンコツシスター☆マインちゃん』の主人公である早乙女さおとめマインの決めポーズである。どうしてそれを悠里が知っているのか疑問に思って、ふと前回悠里がウチを訪ねて来たときのことを思い出した。



『――この伝説の妹たちに比べたらお前はただのコスプレゴリラだからな』



 そうか、あのとき俺の好みを把握して。

「お前、もしかして勉強してきたのか……?」

「え、なにが? ……それよりさ。早く行こーよ、お兄ちゃんっ!」


 負けず嫌いな姉のことだ。きっと俺の言葉に対する反骨心から早乙女マインをトレースしてきたのだろう。これはあなどれないぞ……。偶然か、それとも意図的か。コイツの天然もののドジが早乙女マインのトレースにマッチして、すさまじい破壊力を生んでいた。


 ふいに悠里が腕を絡めてくる。

「ユリね、今日のデートすっごく楽しみにしてたんだっ!」


 ギュッと腕に抱き着いてきて、上目づかいにこちらを覗き込んでくるユリちゃんの笑顔は太陽のように明るかった。

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