第12話『――名付けて、【幻の大観衆】』

 俺たち二人がやって来たのは、『ハッピーアニマルパーク』という遊園地と動物園が併設へいせつされた観光施設だ。動物をモチーフにしたマスコットキャラクターが老若男女ろうにゃくなんにょを問わず人気を博し、それぞれのキャラクターのイメージに沿ったアトラクションなどが建設されている。


 カップルの間では定番のデートスポットらしく、実際に駅から入場ゲートへ続く通路にはカップルと思しき男女の姿が多く見られた。

 他にも当然家族連れなども見受けられるものの、なんだか自分たちだけ場違いな感じがしてすごく居心地が悪い……。周囲に陽のオーラが蔓延はびこっているからだろうか。


 俺の隣を歩くゴスロリ女も同じ気持ちなのか、さっきまでの平然とした様子はどこへやら、今は顔を真っ赤にして下を向きながらトボトボと歩いていた。


 コイツが恥ずかしがるのも無理はない。

 というのも、ゴスロリ衣装という悠里の奇抜な服装が目立つせいで、周囲から無遠慮な視線が注がれているのだ。


 しかし、これはたしかに思惑通りなのだが……。


 本来この作戦は『姉に変な仕事をされるのが恥ずかしいから』という名分のもと実行しているはずが、これで俺まで恥ずかしくなったら本末転倒なんじゃ……。

 と、思わず弱気になってしまったが、そんな思考はこの作戦にこぎつけるまでにかかった費用のことを思い出すと、考えることすら恐ろしくなってきた。


 無理にでもポジティブに考えないと精神が持たない……。


 そうだ。俺ですら恥ずかしいのだから当の本人はもっと恥ずかしいに決まっている。これは俺にとってやむを得ない傷だ。すべては作戦のためなのだから!

 そもそも、そんなことを言い出したらキリがないんだ。実行した以上は完璧に遂行する。


 俺は隣でうつむきながら耳まで真っ赤にしている悠里を見てほくそ笑んだ。

 この作戦を立案したのにはちゃんとした理由があるのだ。


 もとより母さんに「悠里が変な仕事してる!」と密告すれば、こんな仕事を辞めさせるなんてたやすいことだろう。しかし以前のアイツの言葉通り、おそらく俺はただでは済まない。自分の身の安全を守りつつ、アイツに妹代行サービスを辞めさせるとなると、自主的に辞めてもらう必要があるわけだ。


 そこで考えた作戦が、妹代行サービスという仕事にウンザリさせることで自主的に辞めてもらうというもの。要はこの仕事を続けるかぎり、大嫌いな弟とデートしなければならないという屈辱がリスクとしてつきまとうと思わせればいいわけだ。


 ちなみに、作戦いちはすでに始まっている。


 この大観衆からの視線こそ、俺がくわだてた第一の作戦なのである。

 ――名付けて、【幻の大観衆】。

 わざわざ五〇〇〇円も支払ってコスプレのオプションを付けたのはこのためだった。


 案外周りの人はなんとも思っていないだろうが、自意識が敏感に研ぎ澄まされた渦中かちゅうの人間は周囲の視線が気になってたまらないはずだ。

 そしてまさしく、恥じらうような悠里の様子を見るに作戦は上手くハマっているようだった。しかしこれはパーク内に入ってしまえば、効果を失ってしまう。周囲の人たちの興味の対象が、変わった恰好をした他人よりも建物やアトラクションに移ってしまうからだ。


 まあジャブとしては十分な効果を発揮してくれたと言えるだろう。


 俺たちは事前にネットで購入していたチケットを通し、大きな入場ゲートをくぐる。

 するとさっそく、『ウェルカムアニマルゾーン』なる動物園の区画が広がっていた。

 まるで動物たちが来場を歓迎してくれているみたいだ。


「うわぁ~、可愛い~~~っ!」


 ゲートをくぐるまで居たたまれない様子だった悠里だが、ふいに黄色い声を上げて動物の方に引っ張られていく。仕方なくついていけば、首の長い鳥がいた。

「ダチョウか?」

「似てるけど違うよ。あれはエミューって言うの。ダチョウの親戚みたいなものだけどね」

「ふーん」と、さして興味のない雑学に相槌あいづちを打ちながら、そういえば姉は昔から動物のことになると急に饒舌じょうぜつになることを思い出した。


 コイツと動物園に行くと、延々と動物の知識を聞かされるんだよなぁ。


 そんな調子でウェルカムアニマルゾーンを通る間、目を輝かせながらペラペラと動物の雑学をひけらかしていた。いつの間にか動物博士の周りによその子供たちが群がってるし……。


 俺は動物に夢中の悠里をよそに辺りをきょろきょろと見回した。


 それにしてもやっぱりカップルが多いな……。

 いつもなら良い雰囲気をぶっ壊してやるべく、カップルどもに連続〇ね〇ねミサイルをお見舞いしてやるところだが、今日のところは勘弁してやろう。

 今日はカップルを冷やかすためにこんなところに来たわけではないのだ。


 後ろ髪を引かれるような悠里を無理やり動物から引っぺがして、ウェルカムアニマルゾーンを抜けると、視界には様々なアトラクションや施設が立ち並ぶテーマパークが広がっていた。

 そこはまるで現世から切り離された異世界のようで、思わず呆気に取られてしまう。


 ザワザワと、ところかしこから聞こえる喧騒に紛れて「キャー」と悲鳴とも歓声とも取れる叫び声が、現代アートのような鉄骨群の方から聞こえてきた。


「よし、まずはあれに乗ろう」

 俺はただならぬオーラを放っているジェットコースターを指差した。


 さて、作戦を次のフェイズに移行するとしよう。

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