巡り廻りて朱と交じる

「シェン? それとも、ナーシャ?」

 呼ばれてアナスタシアが振り返ろうとするが、体は目の前の社を見たまま動かない。自分の意志と関係なく動き喋るのだ。

 邪竜を倒したと思うんだが……?

 よくわからないし体も自分の意志とは無関係に動くので仕方なく流れに身を任せるしかなかった。その視界に映る社には白い帯のようなものが周りを揺蕩っている。

 あれは輪廻の竜? 

 案の定自分、シェンと呼ばれた男は疑問に思いながらも、その竜に伝える。

「……? シェンロンです……。お待ちしてました。お願いです。

 俺、孤児院やっててツノの生えた子たちばかり捨てられてるんだ。元は人なんでしょう? 元々枢機卿だからわかる。ど、どうすれば…?」

「まず、彼らは死んでも転生…来世はないでしょうね。混ざってしまっているから。多分魔法使いたいから皆魔石……魔物だったものを取り込んでいる。混ざり物の魂はうまく逝けないから。だから、過去魔石だけを提供して、その魔石の元の魔物を昇華させるというよい循環を与えたのだけど……欲望は無尽蔵だから。強いて言えば、獣人の弔いの仕方が良いのでしょうが人間は真似したくはないんでしょう?

 なら、あなたが、あなたたちが弔ってあげて。私と契約すれば彼らを食らって消化して、またちゃんとした世に送ってあげましょう。それに今日は契約するために来たのでしょう?」

「お願いします。いつか、いつか悪循環は終わりますか?」

「そうね……また、未来に託しましょうね? アナスタシア」

 急にアナスタシアに話を振る竜。

 この体のシェン本人はよくわかっていなさそうだ。その証拠にたまに竜がアナスタシアに語り掛けてきたとき疑問の貌をしていた。

 ――向こうはこっちが見えているということか……。

「とにかく、シェン。もし辛くなったらまた私の元にいらっしゃい。その時私は虫か草木か人間かはわからないけどどうにかして助けてあげる。もし人間になったらあなたを竜王と、お触れしなきゃね」

 会話が終わってから輪廻の竜は霧となって消えた。

 竜になれたので変化してシェンは急いで孤児院に戻る。

「横たわる彼らにすまない。ごめん」

 そう謝りながらその血を啜り骨を砕き肉を喰らった。

 あまり血肉は美味しいとは思えなかった。 アナスタシア自身も初めてのそれを思い出しながら食らった。これが弔い方だと思うとなんだか滑稽に思えた。しかし、魔石を魔法として消費してその石の元になった魔物が天に召されるのと同じなのだろう。それなら割に合ってるのかもしれない。

 ただ、その分魔法として食べた分の魔法を出力しないと限界が来るはずだ。限界がきてしまったのが、自分たちの天空の島に現れたあの邪竜なのだろう。

 吐き気を堪えながらそれを忘れるため体の無い墓を作る。

 そして本人は腹の中だけど、来世は幸せにと。彼らのためにお祈りを。

 ――――教会に入っていてよかった。

 共に弔うように、彼らの魂を運ぶかの様に。

 または彼を慰めるように蝶が彼の周りを飛び行った。

 俺が彼らを弔わなければ……。

 竜王さま。竜王さまと何処かで呼ぶ声がした。自分を呼べばあちらの場所を探知できるらしい。一体どれくらいの数の鬼を食らっていたかはもうわからない。

 しかし自分の噂を聞いて自らを差し出すもの。邪神だと逃げるもの。

 さまざまだった。そんな敬う存在じゃないのに崇めてくる者も多かった。

 ――どうも魔法として力を出力していない分精神的に参っているな。俺も受け継いだ時気が狂うかと思った。

 アナスタシアが第三者視点で考える。シェン自身になっているため、助言もできないのでもどかしい気持ちでその過去を体験していた。

 彼を慰めるように鳥が歌い、虫が周りを舞う。

「助けて…くれ…」

 シェンが呟く。もう魔法で出力してもどうしようもないくらい自我がなくなってきていた。

 その悲鳴が聞こえていたかはわからない。

 壊れた身体を無理に動かして羽ばたいていくと、その邪竜の目に移りこんで来た景色は今となっては懐かしい場所。

 アナスタシアには見慣れた浮遊石――故郷が見えてきた。

 そこにエリザがいてくれた。

「また会ったな」

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黄昏の双狗〜巡り廻って朱と交じる〜 mill @milimili

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