ハンバーグの日
~ 八月九日(火) ハンバーグの日 ~
※
昔の立派な人物のなごり。
「にょー!! テーブル席を増やすのが一番いい!」
「物置にするのがいいと思うぞ」
「にゅ! にゅー!」
「レジ。もう一台増やす」
「食後のトレーを置く棚にして欲しいですぅ!」
「…………再放送」
再び現れた、給料泥棒五人衆。
そのお隣りで、わたわたとする姿も同じ。
なにを提案しても。
ばっさばっさと切り捨てられるこいつは。
「あ、あたしも会議に混ぜて……」
「「「「「ないわあ」」」」」
「しょぼん」
可愛そうと思わなくもないが。
秋乃には、カエルの件で前科があるからフォローのしようもない。
そんなカエルは、秋乃の悲痛な嘆願もむなしく。
バックヤードに押し込まれ。
改めて、空きスペースに設置しろと。
手作りテーブルキットが届いたのだが。
このキット、便利なことに組み立て方次第でテーブルにも棚にもなる優れもので。
かえってそのせいで、五人の給料泥棒が一時間、ループ再生したままになってしまったのだ。
「見てくださあぃ! このキット、棚にするのが一番可愛いですぅ!」
「完成写真が明らかに加工されてるだろ。棚は賛成だけど、ドレープカーテンで目隠しして物置にしよう」
「にゅ! にゅ!」
「腰高のカウンターにできるんだから、レジ台にすべき」
「その場合は二個作れるから、くっ付けてテーブルに!」
「じゃ、じゃあ……。ベンチに……」
「「「「「ないわあ」」」」」
もう諦めて。
レジ手伝えよ、秋乃。
それにさっき説明書読んだけど。
椅子にはならんぞそのキット。
「おい秋乃、そっちは後輩どもに任せてレジ入れ。どういう訳か、今日は外まで行列出来てるんだから」
「そ、それは、秋山さんが客寄せしてるから……」
前にも同じようなことがあったから。
そう考えるのも無理からぬとは思うけど。
「いや、あの人のせいじゃねえだろ別に。ただの偶然」
「そんなことない……」
「ああもう、何でもいから! お前が今やらなきゃならんことをやれ!」
「……わかった」
「そうだ。分かったんならとっとと……」
「はい。じゃあ、客寄せの極意を盗んで来るね?」
「うおい逃げるんじゃねえ!!!」
真の給料泥棒がそのベールを脱いだ瞬間。
行列を作るお客さんたちが一斉に騒ぎ出す。
さすがに見かねた後輩カルテットが。
職場に戻って事なきを得たんだが。
一時間経っても店員一同フル稼働。
未だにお客の列は途絶えることなく店外まで続く。
「そんな有様だってのに、なに!? 袖引っ張らないでくれる!?」
「あのね? 秋山さんから極意を奪おうと思ったんだけど、よく分からなくて……」
「どう分からねえんだよ。にいちゃん、どうやって客寄せしてたんだ?」
「今日はハンバーグの日だからハンバーグを食べましょう、的なことをずっと話してるだけ」
実に秋乃らしい話だが。
ほんとに何かのコツがあるとすれば。
間違いなくそのセリフ以外の部分にあるはずだ。
肝心なことに目が行かず。
何も掴めず里帰りしてへこんでる秋乃。
しょうがねえから。
ちょっと励ましてやろう。
「極意に属するものを見るだけで盗み取れるわけ無いから。そんなにしょげるな」
「立哉君のために良かれと思ってやったのに……」
いや、俺は客寄せの極意とかいらねえけど。
親切でやったつもりなら否定し辛い。
「そうか。残念だったな」
「これなら、レジを手伝った方が良かったかも……」
「いや、そんなことねえぞ? 秋乃は秋乃が思うまま、良かれと思うことをすればいい」
「さっきは、そうしたら怒った」
「うぐ」
そうね、怒鳴ったね。
まったくもってその通り。
舞浜母に、秋乃が親切で何かした時は。
結果がどうあろうと怒らないって宣言したのに。
なんという体たらく。
「……すまんかった」
「じゃあ、好きなことやっててもいい?」
「ああ。いいよ」
「カンナさんに叱られないかな」
「叱られるのは俺が引き受けるから」
「おお」
俺が脳死で全肯定してやると。
途端に秋乃の瞳が輝きだした。
よしよし。
これはポイント稼げたろ。
みんなには負担かけるけど。
俺が倍働くから許してくれ。
そんな思いでさらに三十分。
秋乃を信じて必死に働いた俺に。
「なんというご褒美…………」
本日働いてるバイト一同。
雁首揃えて、俺にクレームを入れて来た。
「確かに、そう宣言したけども」
「あの……、保坂君」
「へい」
「えっと……。行列がですね、滞ってしまうのです」
「ん?」
クレームと呼ぶには大人しい。
なんだ? その歯切れの悪さ。
「あのですね……。ぼくたちの棚のキットを取り上げて……」
「店の前の花壇、勝手にどかして……」
どうしたんだよ揃いも揃って。
これはもう、百聞は一見に如かず。
俺はレジをみんなに任せて。
外に出てみると。
……なるほど。
クレームを言いたいけど言い辛い。
その気持ちをはっきりと理解できたのだった。
「助かったわあ。ずっと立ってるのもたいへんだから」
「暑いのは我慢できるんだけどね? 立ちっ放しはちょっとねえ」
「ありがとねえ」
棚用のキットを材料にして。
自分の工具でつなぎ合わせたその品は。
行列に待ちくたびれて難儀していた。
おばあちゃんたちのためのベンチだったのだ。
「じゅ、順番が来たらお呼びしますので……」
「あら。年寄りは後で良いのよ?」
「そうよ。すくまでのんびり待ってるから」
そんな呑気なやり取りに。
行列の皆さんそろってほっこり笑顔。
いつまで経っても進まない行列のせいで。
火花を散らして回転していたエンジンもクールダウン。
のんびり、牛車にでも揺られる気持ちで。
待ち時間も楽しく過ごそうと、気持ちのギアを入れ替えてくれているようだ。
……やっぱり。
誰かのためを思って動く秋乃を。
𠮟りつけるのは良くないな。
俺は一人、反省しながら。
おばあちゃんたちに話しかける。
「秋乃の言う通り、順番が来たら呼ぶからのんびり待っててくれ」
「ほんとに良いのよ最後で」
「どうせ時間なんて掃いて捨てるほどあるんだから」
「はあ」
「それより優しい子だねえ、舞浜さんとこのお姉ちゃんは」
ほんとにな。
こんな優しいやつを怒るなんてどうかしてるぜ俺は。
「妹さん、お元気?」
「喘息、良くなったのかい?」
「はい」
「そりゃよかった」
「じゃあ、一緒に話そうかね」
「はい」
「お茶ちょうだい?」
「タクアンも」
「はい」
「はいじゃねえよ店にそんなもんあるわけねえだろ!!!」
やっぱダメだダメだ!
店の前が、じじばばの休憩所になっちまう!
俺は秋乃の首根っこを掴んで。
カンナさんにこっぴどく叱ってもらおうと、署まで連行したんだが。
「座るとこ作るのはいいが……」
「いいのかよ!? え? なに言ってんの!?」
驚いたことに、雷も落とさず。
秋乃と同じ意見のカンナさんが。
一つの課題を提示する。
「店内ならともかく、外に長居されても困るんだよ」
「しょぼん」
「せめておしゃべりし辛くする方法を考えろ。そしたらあのままでもいい」
「それなら……!」
そんな課題をあっという間に解決した秋乃のおかげで。
店の前に出来た物。
「あのさ。正面の家、誰ん家か知ってる?」
「いつでも会えて、羨ましい……」
それは三人掛けのベンチと。
そこに座った人の会話を邪魔するように、真ん中に腰かけた。
カエル。
「ほんとこいつ……」
「うん。可愛いよね……」
なんという感性。
どうかしてやがる。
……それよりも。
気になることが一つあるんだが。
なんで緑茶とタクアンが。
厨房にオーダーしたら出て来るんだよ。
「……花屋のにいちゃん、理由知ってる?」
「へ? 昔から普通に置いてあったので気にしたこと無いですけど。何かおかしなものなのです?」
なるほど。
この場合、正常な俺の方が。
異常者ということなんだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます