バトンの日


 ~ 八月十日(水) バトンの日 ~

 ※教外別伝きょうげべつでん

  悟りとは、言葉で伝えるものでなく

  心から心へ伝えるものである。




 焼肉。

 回転ずし。

 ファミレス。

 デパ食。


 お盆時期が書き入れ時となる外食産業。


 でも、需要が減るジャンルもいくつかあるわけで。


 牛丼。

 立ち食いソバ。

 ラーメン屋。


 いわゆるファーストフードがそれに当たるという訳だ。


「という訳でな? この時期、急に暇になるのは当然のことなんだよ」

「…………あたしと立哉君は、いつも暇」

「とも言うけど」


 それだけじゃない。

 高三の夏休み、バイトに入ったとして。


 配置変更に仕事の申し送り。

 つまり、引継ぎに終始して。


「手すきになるのは普通な話だ」

「あたしたち、引き継ぐどころか一年生たちからあれこれ教わってるのに?」

「ああ言えばこう言う子だねえ」


 カエルを挟んでいつもの右側。

 いちいち俺の理屈を否定する女。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 ああそうさ。

 二人して三年間。


 給料に見合う仕事なんて結局してこなかったよな。


「……伝えること、残すこと、繋げること」

「耳が痛い」


 人としてなすべきことは。

 結局のところその三つ。


 どれか一つでもできればいいものを。

 俺たちは、なーんもできちゃいない。


 そんな事実に今更気付いて朝からへこむ秋乃を。

 慰めないわけにいかない俺は。


 珍しく過ごしやすい暑さとなった今日。

 客寄せすると適当なウソをついて。


 こうしてベンチで過ごしている。


 でも、話題もとうとう底をつくと。

 秋乃のネガティブ思考が首をもたげ。


 お店、自分たちがいなくても成り立つね。

 そんなことを言い出したから。


 必死に否定しようとしてみたけれど。

 結果は、現在皆様がご覧になっている通り。



 こんな事じゃいけない。

 もう二週間後には返事を貰うことになるわけだから。


 毎日楽しく笑って過ごして。

 プラスな心地でいてもらわなきゃいけないんだ。


 どうやってこいつのことを笑わせよう。

 俺は必死に考えながら。


 目の前を楽しそうに駆け抜けていく子供たちを眺めていた。



 ――いつもみる子と見かけない子。

 四人の子供を連れて二人組のお母さんがお店に入ったのは三十分ほど前だっただろうか。


 食事を終えた子供たちは。

 のんびりご飯を食べるお母さんたちを置いて外に出た。


 そしてただの散策が鬼ごっこになり、こおり鬼になり。

 クラウチングスタートから、タイミングが滅茶苦茶な『よーいどん』の掛け声で誰が一番うまく走り出せるか、なんて遊びが始まったかと思うと。


 最後には木の枝をバトンにした。

 二体二のかけっこが始まった。


 なあ子供たち、それはやめとくれ。

 今、バトントスという言葉でこいつがへこんでいるとこだから。


 そんな思いが通じたのか。

 にわかに終わりを迎えた四人のかけっこ。



 ……でも。

 そんな終わり方をしろと願ったわけじゃないことだけは分かってくれ。



 四人の中で一番のちび。

 落としたバトンを拾おうと。


 急に向きを変えたもんだから。

 相手チームとごっつんこ。


 二人が盛大にすっころんで。

 遠くの山まで届けとばかりにびえんと泣き出した。


 もちろんこんな事態が発生したら。

 三十秒後の未来が目に見える。


 駆け出した秋乃が救急箱を取ってきて。

 子供を前にわたわたと…………。



 え?



 …………二年と四か月。

 ずっと見て来た光景だ。


 それが塗り替えられたことに。

 俺が呆然とするのも致し方あるまい。


 目の前、そこに秋乃がいるはずの場所には。

 救急箱を手にした朱里と丹弥。


 さらには、水撒き用のホースを引きずって。

 にゅが駆け寄って来る。



 治療道具を取ろうとして店に入りかけた秋乃と。

 店内に残っていた栗山さんと小石川さんが目を丸くさせて見つめる中。


 三人は、あっという間に。

 子供たちの泣き顔を。

 はち切れんばかりの笑顔に変えてしまったのだ。


「……お前ら、えらいぞ」

「にょー!! 座りっぱの先輩は偉くないです!」

「そうだね。なにか仕事してくださいよ」

「にゅ!」

「それにしても、凄い反応だったな」


 暇な店内から眺めていたとしても。

 あら大変! から、まずはどうするんだっけを経て。

 救急箱はどこだっけをさらに経由した後、どうやって水道水を持って来ように至るまで。


 ほとんど時間が経過していない。


「防災訓練でもやってたのか聞きたいレベル」

「訓練というよりも、これは見て覚えたというか……」

「にゅ!」

「二人三脚の練習の時、僕ら三人の脳に刷り込まれたんですよきっと!」


 そう語る三人が笑顔で見つめる先で。

 親鳥がひとり、きょとんとしているが。


 そうだったな。

 よく三人が話してくれたっけ。


 あの過酷な特訓の時。

 転んで怪我をすると二秒後には秋乃が消毒してくれてたって。



「ちゃんと、バトンは繋がってるじゃないか」



 騒動が片付いて。

 再び、ベンチの右側に戻って来た秋乃にそう語りかけても。


 こいつは、何の話かとばかりに。

 寄せた眉根を俺に向けていた。


 ……秋乃を見て、大切なことを学んだ二年生トリオ。

 その背中を見て目を丸くさせていた一年生コンビ。


 俺が話して聞かせてやると。

 秋乃はそわそわと、もじもじと。

 居心地悪そうに身をよじりだす。


 それはそうだよな。

 他の誰かが自分を見て育つなんて。

 おこがましいことこの上ない。


 でも、秋乃。

 お前の心の白さは。


 いやでも誰もの心に残る。


 だから俺は……。


「も、もうかんべん……。さすがに持ち上げすぎ……」

「いや、これだけは言わせて欲しいって言葉があるんだが」

「むりむりむりむりむり」

「……そんなになられると、俺まで恥ずかしくなってきた」

「むりむりむりむりむりむりむりむり」

「じゃあ……。恥ずかしいから、カエルに向けて話すけど」

「せ、席をはずそうか?」

「それじゃ意味ねえだろがい」


 お尻を浮かせて落としてよじって。

 おろおろわたわたする秋乃に。


 俺は改めて。

 想いを伝え…………。


 いや、ほんと恥ずかしいな。


 うまいこと言葉を濁してみるか。


「その……。花鳥風月、綺麗なものを綺麗だねって言いながら。お前と一緒に見ていたい」


 ……なんか、恥ずかしいのを紛らわそうと。

 変な言葉になっちゃったけど。


「秋乃。聞こえた?」

「カ、カエルさんに話してた内容?」

「二人に話してたって事にしてくれ」

「聞こえちゃったけど……」

「聞こえちゃったんなら仕方ない。このへんで限界だけど、何が言いたいか二人とも分かったろ?」

「…………それがね?」

「うん」

「立哉君の言葉の意味が分かったの、一人だけだと思う……」

「うはははははははははははは!!! カエルにしか伝わってないんかい!」


 確かに、雰囲気で察しろとか。

 お前にはハードルが高すぎたか。


 さすがに暑くなったよ。

 店の中に入って冷まさないといられない。


 ベンチから立ち上がって、そそくさと逃げる俺。


 そんな背中に声がかけられた。


「た、立哉君……。さっきの話、ほんとにカエルさんに伝えたの?」

「もし、そうだとしたら?」

「泣いちゃいそう……」


 ……ああ。

 なんだ、気付いてくれてたのか。


 ほっとしながら振り返ると。

 秋乃はホントに悲しそうな表情で。


 カエルを抱きしめながら呟いた。


「鳥を一緒に見たりしたら、綺麗だねって言う前に、この子食べられちゃう」

「うはははははははははははは!!! 綺麗な猛禽類!」


 肝心なところで察しの悪い秋乃のせいで。

 今日はポイントを稼ぐことはできなかったようだ。


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