親孝行の日、そろばんの日、ぱちんこの日、プチプチの日、屋根の日、ひげの日、ひょうたんの日、タコの日、笑いの日


 ~ 八月八日(月) ~

 ※群軽折軸ぐんけいせつじく

  小さなものでも数集まれば力となる




 デフォルメすればいいものを。

 やたら精巧なせいで気味が悪いカエルさん。


 しかもこの子、座り姿勢なものだから置き場所に困り。

 試しにレジカウンターに座らせてみれば。


 かなりのお客さんが、扉を開くなり。

 こいつを見て即Uターン。


「……カエルだけに」

「可愛いのに! 可愛いのに!」


 本日もバイト過多。

 おかげで粗利が減っている。


 そのうえ今日の売上は。

 現在のところ雀の涙。


 売上が無いということは。

 仕事もほとんど無いわけで。


「センパイ! ボク暇なので、せめてレジに立たせてください!」

「にゅ!」

「しょうがねえな……」

「そ、そしたらご飯貰ってくる……、ね?」


 まだ昼なのに、本日二度目の休憩室へ。


 するとそこには先客が。

 と言うか、今日はずっとここに座りっぱなし。


 花屋の兄ちゃんが弁当を広げているところだった。


「せめて仕事してるフリくらいしてくださいよ」

「いいのです。お客様がいない時は、どこにいたって同じなので」


 そう言いながら頬張るからあげの色艶たるや。

 見た目だけで喉をごくりと鳴らしてしまうほど。


 思わず弁当箱を覗き込むと……。


「すご。プロ並みのお料理ばかり」

「ええ。これを作ったのはプロなのです」


 なるほど、他所で買ってきて移し替えたのか。

 それなら納得と席に着けば。


「き、今日は食材が余っちゃいそうだからって……」

「こっちはこっちですげえなあ」


 山のようにバーガーを乗せたトレーを抱えて。

 のこのこと休憩室に入って来たのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 ピラミッドを組めそうなほどの昼飯を前に。

 ご機嫌だろうと思っていたんだが。


「首の角度、もうちょい戻せ。ピサの斜塔を垂直に見たいなら」

「な、なんでカンナさん、ご機嫌なのかな……」


 普段のカンナさんだったら。

 こんな客入りなら、誰彼構わず当たり散らしているであろう。


 でも、実は俺。

 あの人がご機嫌な理由を知っていて。


 恥ずかしいから誰にも言うなって口止めされてるんだよね。


「まあ、ご機嫌なのはいいことだ」

「うん。……あのね?」

「なんだ?」

「ジャンクフードを食べる時は、おしゃべりしてもいいんだって」


 誰から聞いてそう思ったのか。

 いや、そもそもこれまで目の前でそんな光景をずっと見続けて来たであろうに。


 バーガーの包みを開きながら。

 珍しいことを言い出した秋乃の願いを叶えてやろう。


「じゃあ、なに話す?」

「…………提供は、ご覧の皆様で」

「CMか」


 俺に手を向けてネタ振りを丸投げして来たんだが。

 そうだな、今一番話したいことと言えば……。


「ああそうだ。花屋のにいさんが、八の字にまつわるもの探しててな?」

「そうなのです」

「八の字……」

「なにか思い当たること無いか?」

「今日は、八月八日」


 なるほど、良いヒントを貰ったな。

 それなら俺の十八番じゃねえか。


「パパ、ハハ、そろばん、ぱちんこ、プチプチ、瓦、屋根、ひげ、ひょうたん、タコ」

「うわ」

「びっくりなのです」

「全部、今日は何の日ってやつなんだ」

「ひ、久しぶりに出た。うんちく王……」

「その言い方やめい」

「いやはや凄いのです」


 目を丸くさせたにいさんが。

 ぱちぱちと手を叩いてくれたけど。


「それも、8」

「なるほど言われてみれば。頭のいい方と聞いていましたけど、これは凄い」


 手放しで褒められて悪い気はしないけど。

 でも、喜んでばかりもいられない。


 この話題は失敗だったのか。

 秋乃が不機嫌になり始めた。


「あ、あたしが八月八日って言ったのに……」

「手柄を横取りされたみたく言うな。お前も何か思いつけばいいだろ?」

「こ、この世の八を全部先に言われた……」

「安心しろ、世界はお前が思ってるよりずっと広い。さあ、まだ人類が見つけていない八を探し出してみろ!」

「そんなこと言われても……」

「秋乃ならできる!」

「………………はっ!?」

「それだ!」

「イカ!」

「手負い!!!」


 シャチに食われてるぞ二本ほど。

 そしてにいさん、今のやり取り聞いて笑い出さないとかどういう事?


「舞浜さん、二本くらいの誤差ですからそんなにしょげなくて大丈夫なのです。海の生き物なら、八と聞いて真っ先にイソギンチャクと言い出す方々が沢山いるので」

「いるわけねえだろ!」

「それに、手足が八という発想は良いと思いますよ?」

「……ありがとうございます」


 う。

 これじゃ俺が悪者だ。


 コントみたいになった状況に笑う前に。

 秋乃がへこんでる方に目が行くなんて。


 悔しいけど。

 ほんとこの人優しいな。


 俺も見習って。

 秋乃を喜ばせてみよう。


「そうだ、良い発想だ。手足が八本」

「そうなの?」

「頑張って考えてごらん」

「八……、八……」

「思い付いたか?」

「……はっ!?」

「そう! それだ!」

「ダルマ!」

「またシャチか!!!」


 食われたの!? 全部持ってかれたの!?

 どうなってんだよお前の頭脳!


 なぞなぞの答えを娘に頑張って答えさせようとしたパパの気持ちを返せ!


「手足が八と言えばクモだろうが!」

「で、でも……」

「なるほど、ダルマの形は8の字っぽいですよね」

「そ、そう思って……」

「なぜ汲み取れる!?」


 回転数が一緒なのか?

 意味が分からんと投げ出す俺が悪いのか?


 ……いや、まだ逆転の目がある。

 俺は秋乃と長い時間一緒にいたんだ。


 その歴史がものをいうぜ!


「秋乃。ダルマ使って教えた、八にまつわる言葉があるんだが」

「な、なんだっけ?」

「思い出せ、お前の苦手な国語のテスト勉強を」

「えっと……」

「思い出せなきゃ、もう一緒に勉強してやらねえ」


 試しに口にした脅し文句。

 それがここまでショックだったとは思わなかった。


 秋乃はわたわたと慌て出し。

 ハンバーガーを二つ積んでダルマにすると。


 それが崩れて倒れた瞬間。

 転んだダルマが起き上がるさまを見ながら俺から教わった。


 あの言葉を思い出したのだった。




「七転八倒!!!」

「うはははははははははははは!!! 欠陥品!」

「あ、ちが……」

「やっと思い出したか」

「は、八転び八起き!」

「うはははははははははははは!!!」

「……初手次第なのです」

「うはははははははははははは!!!」



 ……褒めてやろうと思ったのに。

 結局、散々笑っちまった俺は。


 プンスカ膨れた秋乃から。

 カエルの隣に立つよう命じられた。


 だが、レジに向かおうと席を立ったその瞬間。

 視界に入ったもののせいで顔面蒼白。


「おまえ、そのケーキ……」


 秋乃が頬張るレアチーズは。

 カンナさんが、自分へのご褒美なんだと冷蔵庫にしまっておいた宝物。


 俺の説明に、フォークを取り落とした秋乃が呟くには。


「も、ものすごくおいしい……」

「フォークを落とすほど!? じゃねえだろそんなこと言ってる場合か!」

「どどどどど、どうしよう立哉君!」

「そんなこと言われても……」


 バイト中に買い物に出るわけにはいかないし。

 いいアイデアがなにも出ずに慌てるばかり。


 そんな俺たちに、いつもと変わらぬ笑顔で。

 花屋のにいさんが話しかけて来た。


「慌てなくても平気なのです。俺がいるので」

「え? 代わりに買ってきてくれるのか?」

「いえ?」

「じゃあどんな手を使うんだ?」

「何もする必要ないと思いますけど」


 なんだこの余裕は。

 それに何もしないってどういうことだ?


 眉根を寄せる俺と秋乃が顔を見合わせる。


 するとその時。

 冥府への扉が開く音が辺り一帯に轟いた。


「秋山あああああああああ!!! てめえ、今すぐ冷蔵庫の前まで来やがれ!」

「はいはい。どっこらしょ」


 ……ん?

 はなからにいさんに雷が落ちたんだけど。


「どういうことだ? まずは誰が食ったかって話じゃねえのか?」

「何を言っているのです? だって、俺がいるのですよ?」


 意味の分からないことを口にする花屋のにいちゃんは。

 さも当然といった笑顔のまま。


 飄々と部屋を出ていったのだった。

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