ハコの日


 ~ 八月五日(金) ハコの日 ~

 ※雲竜井蛙うんりゅうせいあ

  地位や権力、力や知恵について、

  圧倒的に差があること。




 それを楽しみに通うお客がいるという。

 いつでも店員が騒がしいワンコ・バーガーは。


 今日も御多分に漏れず。

 お客様をそっちのけで大騒ぎ。


「にょー!! テーブル席を増やすのが一番いい!」

「物置にするのがいいと思うぞ」

「にゅ! にゅー!」

「レジ。もう一台増やす」

「食後のトレーを置く棚にして欲しいですぅ!」


 今更というかなんというか。

 議題にあがっているのは、トイレ前のちょっとした空きスペース。


 ここをどう使うか。

 バイト同士で話して決めろと命じられたんだけど。


 誰もが他の意見に一理あると理解を示しながらも。

 持論を曲げない平行線。


 そんな、永遠に答えを出せないと思われるこいつらだが。


 こと、これについては息ピッタリ。

 

「や、やっぱりマスコットキャラのぬいぐるみを置きたい……」

「「「「「ないわあ」」」」」


 さっきから、どれだけ政策を打ち出してもすべて否定される弱小党首。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 極大政党内で派閥争いを繰り広げる議会において。

 お前の存在意義には疑問しか湧いてこない。


 というか。

 既に議員ではないことに気付いてくれ。


「若者五人で決めろと命じられたんだ。混ざろうとするなよ大御所は」

「ハラスメント……」


 この場合は仕方なかろう。

 拗ねてキッチンに逃げ込むな。


 でも、放っておくわけにもいかないか。


 きっとカンナさんから雷が落とされるだろう。

 そう思って、お客を待たせたまま慌てて秋乃の後を追うと。


「このあほんだら!!!」


 一歩間に合わずに落ちる雷。

 だが、その一撃は秋乃ではなく。

 

 秋乃よりもベテラン。

 いや、なんなら当人よりキャリアの長い人の頭上に落ちたのだった。


「ご、ごめんねカンナ君! これ、ボクには難しくて……」

「タブレットPCのどこが難しいんだよ!」

「難しいよ。回転ずしすらままならないの知ってるでしょ?」

「ガリを十皿注文したあの時と訳が違うだろ! レタスをいつもの十倍も発注してどうする気だ!」


 ようやく最近、パソコンの操作に慣れて来て。

 発注ミスが減って来たと喜んでいた店長さんには拷問でしかない。


 カンナさんが、わざわざ事務室に戻らなくても発注できるからと。

 東京にいる小太郎さんにタダで作らせた、そんな発注アプリを入れた新兵器。


 でも、こいつを扱えない人が。

 もう一人いるとは思わなかった。


「店長さんの気持ち、分かるのです。俺もこいつを操作しようとすると、どういうわけか画面が大きくなったり小さくなったりするばかりなのです」

「まずは画面から左手の親指を放せよ秋山……」

「…………こいつを放したらパソコン落っことしちゃいます」

「揃いも揃って機械オンチだなお前らは!」

「カンナさんと小太郎くんが詳しすぎるだけなのです。一般人な俺たちにそれを要求されましても」


 タブレットPCの左隅。

 がっつり左手で握りしめたまま困り顔をする花屋のにいちゃん。


 今時、ここまでの機械オンチは見たこと無い。

 きっと彼女さんも呆れる事だろう。



 ……いや。

 彼女さんなんているわけ無いかこの人に。



「まあまあ落ち着いて。まずはレタスをどうするかだろが」

「たしかにそれだな! おい秋山、お前なんとかしろ!」

「ちょっと主任に聞いてみますね。…………レタスバーガー?」


 主任って誰だろう。

 それに、レタスバーガーって何?


 パティの代わりにレタス入れるとか?

 それともレタス増量って意味かな。


「ああ、それ採用! バンズの代わりにレタス使うやつだ!」

「なるほどね。でもさ、配分とか難しくね?」

「おい秋山! 試作するから手を貸せ!」

「俺が貸せるのは、この際、手じゃなくて胃だけなのです」

「グダグダ言うな! それと、保坂とバカ浜はサボってねえで!」

「うい」

「はい」

「タブレット持ってわんぱくカルテットのとこ行ってこい!」

「へ? レジじゃねえの?」


 店長の代わりに発注しろって事か?

 タブレットPCを渡されて首をひねる俺たちに。


 カンナさんは手早くレタスをちぎって洗いながら声を張り上げる。


「もう空きスペースになに置くか決まってんだろ? 必要なもん買っておくように伝えとけ!」


 うげ。

 これは面倒な指示をだされたもんだ。


「……絶対、決まってないと思う、よね?」

「まあな。……というわけで」

「へ?」

「俺はレジを打つから、お前があいつらのとこに行って十分以内に発注済ませろ」

「じゅっ!?」


 時間制限がないといつまでも決まらんだろう。

 俺は待たされ続けて怒り心頭なお客さんの注文をさばきながら。

 給料泥棒たちの会話に耳を澄ませる。


「ねえ、みんな……」

「もうちょっと待ってください舞浜先輩! 今決まりそうですから!」

「そうかな? 一生決まらなそうだけど」

「で、でも十分以内に決めないといけないので……、いいものを探しておきました」


 そう言いながら、五人にタブレットPCの画面を見せる秋乃。


 俺も覗き込むと、その画面には。


 パイプにシルクハットにタキシード。

 やたらリアルで気持ち悪い。

 人間大の、金属でできたカエルの置物が表示されていた。



「「「「「ないわあ」」」」」

「ひうっ!?」



 そしてさっきまでと同じように。

 揃って後輩一同に却下されると。


 悲しそうな顔をしたまますごすごと議事堂をあとにして。


「いてっ!」


 みんなに当たるわけにはいかないらしく。

 タブレットPCで、俺の背中をぺんぺん叩き出したのだった。


「こら、仕事の邪魔! 悔しいからって八つ当たりすんな!」

「さ、さっき、立哉君もないわあって」

「だって全然可愛く無くてセンスがねえいてっ! いてっ!」



 ……いやはや。

 またやっちまったぜ。


 一か月後に控えた返事まで。

 ポイントを稼ごうとしてるのにこの有様。


 結局この日は、怒った秋乃に口もきいてもらえること無く。

 そのせいでこいつに一度も笑わされることもなくあがりの時間を迎える事になるその直前。



「うはははははははははははは!!!」



 届いた荷物を開封すると。



「うはははははははははははは!!! 背中叩いたせいで!」



 巨大な段ボール箱の中から。

 人間大のカエルが姿を現したのだった。



「か……、可愛い……」


「「「「「……ないわあ」」」」」


 こら。

 俺は否定してないだろう。


 それに、明日二体目が届くと大変だから。

 そのタブレットで叩くのはやめなさい。

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