1-② 

 不思議なものだな。

 慶子さんはそう思いつつ、暖簾の出ていないお店を覗いた。

 時刻は、午前九時を過ぎたところ。開店はしていないようだが、ガラスの引き戸の向こうには、所謂「和菓子」が、ショーケースに綺麗に並べられてあった。

 当然ながら、ケーキらしきものは見当たらない。

 本当に、ここのお店のからの匂いなのか。再び慶子さんは早足でダクトへ向かった。


 うん、匂う。


 そして、もう一度、注意深くダクトのある建物の正面へと向かう。

 他にもお店がないか確かめたのだ。

 けれど、やっぱりどう考えても、そのダクトは和菓子屋さんのものとしか考えられなかった。


「おかしいよね」


 慶子さんはお店の前をうろうろと歩いた。和菓子屋さんから、ケーキを焼くような甘い匂いがするのは、なぜだろう。

 すると、突然、和菓子屋さんの戸が開いた


「どうかなさいましたか」


 慶子さんは、お店の制服と思われる、白い 上っ張うわっぱりに帽子を被った男の人に、声をかけられた。

 心底驚きながらも、礼儀にだけは煩い両親に育てられた慶子さんは「おはようございます」と、その人に挨拶をした。

 すると、和菓子屋さんも「おはようございます」と、慶子さんに応える様に挨拶を返してきた。

 しかし、和菓子屋さんは、そのまま慶子さんを解放するような雰囲気ではなかった。

 そりゃ、そうだろう。

 開店前の店先に立ち「おかしい」などと言っている人物こそが、「おかしい」と判断されてもおかしくないのだ。


 慶子さんは腹を括ると「あの」と、話し出した。

 そして「話すときは相手の目を見て」と言う母親の教えを思い出し、しっかりと顔をあげその和菓子屋さんのことを見上げた。

 そう。

 見上げるほどに、和菓子屋さんの背は高かった。

 そして、白い帽子の中にきっちりと前髪を入れているせいか、顔もばっちりと見えた。


 その男の人はさすが和菓子屋さんだけあって、顔も和風だと慶子さんは思った。

 そして、顔立ちはすっきりと爽やかである。

 けれど、すっきり爽やかと言いきれない何かがあると慶子さんは感じた。

 なんだろう? 

 顔の中の何かが、その邪魔をしているのだ。


  「なんでしょう」

「あの」と言ったまま黙ってしまった慶子さんを促すように、和菓子屋さんが問う。

「あ、はい。実は、裏道にある大きなダクトからスポンジケーキを焼くような甘い匂いがしたので、なんだろうと思ってうろうろしていました」

「あぁ、なるほど」

 和菓子屋さんは、意表を突かれたような顔をした。


「その匂いから、洋菓子店だと思われたのですね」

「はい。すみません」


 そうなのだ。 慶子さんは、ケーキ屋さんがあるのだろうと、思ったのだ。


「お時間は、ありますか?」

 和菓子屋さんが慶子さんに聞いてきた。

「よければ、店を少しのぞかれませんか」

 慶子さんは、和菓子屋さんにそう誘われた。


 

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