第22話 即バレ
「さて…と」
仕事に一区切りついた颯真がノートパソコンを閉じ、颯真は秀盟達のもとへ向かう。正直仕事が終わったわけでは無い。しかし集中力が削がれるからか、衆人環境で作業をするというのが大嫌いなのだ。喫茶店に堂々と居座ってこれみよがしに白紙のエクセルやワードを開いている者を、颯真はせせら笑って見下すタイプであった。
秀盟は龍人達へ飾られている武器の解説をしていたところだった。火縄銃や刀、エングレーブ付きのシングルアクションアーミーの様なとっくに骨董品と化しているヴィンテージ品や、亜空穴を経由して漂着した得体の知れない代物まで様々である。特に目を引いたのはチェーンソーを模したかのような大剣である。わざわざ白兵戦用の武器にチェーンソーの機構を組み込む理由が分からない上に、こんな物を振り回すようなアホがいるとは思えない。
「結構苦労したんだぜ、これ集めるの」
興味津々に眺める龍人へ颯真は話しかけた。
「いくらした ?」
「拾ってきたから全部タダ。問題は運ぶのとメンテナンス。でもそれやってる時が一番楽しいんだ。語り掛けて、勝手に想像するんだ。こいつらは前の持ち主とどんな風に過ごしてたんだろうなって」
「フン、でも最後は捨てられた」
「まあ…それはそう」
颯真の趣味に対して龍人は少し皮肉っぽく笑った。颯真もそれは否定せず苦笑する。秀盟はそれを見てから佐那の方へ首を向けると、彼女は小さく頷いた。
「まあ若いもん同士の方が話も進むだろう。颯真、そいつとは今後長い付き合いになるかもしれん。色々と相手になってやれ。佐那、少し話があるんだが良いか ?」
「奇遇ね。同じことを思っていた」
秀盟が颯真に龍人を頼み、佐那も特に何か言うわけでもなくオフィスを出て行こうとする。去り際に一度だけ振り向き、眉をひそめてから秀盟と共に部屋を出て行った。気のせいなのかもしれないが、なぜかオフィスの中で龍人の気配がした。それも二つ、全く別々の場所からである。
「……へえ、龍人か。良い名前だ」
秀盟達がいなくなり、一瞬だけ静寂が訪れたオフィスに颯真の声が響く。
「お前もな。颯真って……安直すぎないか。自分の名前のイニシャルから取ったのかよ。”S”って」
「やっぱバレたか」
「お前ゴーグルだけで顔隠せるわけねえだろうが。声色と喋り方を変える努力もしてねえし、それに…」
これが初対面ではない事を互いに認識した上で、龍人は霊糸を床に這わせる。やがて霊糸の先端がとある大理石の一角に潜り込んだ。
「そこになんかあるだろ。見せろ」
龍人に言われるがまま、颯真は近づいて大理石の床を足で踏む。青く光る術式が浮かび上がり、やがて床に格納されていた石の柱がせり上がった。銃器や武器が収納されており、その中にある弾倉を一つだけ霊糸で絡めとってから、龍人は自分の手元へと引き寄せた。
「肉分虫の気配が部屋に入ってすぐ分かった。念のため探知できるようにはしておいたが、まさかこんな形で見つけるとは思わなかった。老師もたぶん気付いてたな。出て行くときの態度からして」
「ふ~ん、まあ隠すつもりは無かったけどな」
「何だよ、負け惜しみか ?」
「いいや。れっきとした事実だ」
怪しげな協力者の正体が簡単に割れるとは思わなかったが、その張本人が大して問題のように思っていなかった事が龍人に更なる懐疑心を抱かせた。
「お前の目的が全く見えてこねえ。正体隠して近づいてきたくせにバレても構わないってどういう事だよ」
「それは大丈夫だと判断したからだ。素性、実力、後は…そうだな、性格 ? 俺なりに考えた結果、たぶんお前は俺の事を知ってても大丈夫。さっきのは単純に風巡組にバレたくないからあんな形で近づいただけ。お分かり ?」
「風巡組の事嫌いなのか ?」
「ああ、ぶっ潰すつもりだからな」
彼の企みに見当がつかなかった龍人だが、すぐに颯真はそれを示唆するような言葉を告げる。潰すという文字を彼が口にした時、体から放たれる気迫やこちらを見る眼光の中に殺意が混じっていた。本気だ。
「ぶっ潰す ? 正義の自警団様をか ?」
「あれが正義に見えるんなら、お前も同じレベルの知能とモラルしか持ち合わせていない獣だと宣言しているようなものだぞ…せっかくだ、立ち話も疲れるだろ。これからの俺達二人の将来について話そうぜ。晩酌でもしながらな」
「…奢ってくれるんなら」
「決まりだ」
龍人の肩を馴れ馴れしくポンと叩き、颯真が笑って見せた。爽やかではあるがどこか引きつっている、いうなれば緊張が見え隠れしているようなぎこちなさがある。直後、「失礼します」という冷淡な声を発してからオフィスに別の人影が入って来た。眼鏡を掛けた青色に染めた羽毛の鴉天狗である。
「秘書の織江だ。織江、残業代出すから晩酌ついでにドライブに連れてってくれ。今日はガレージの五番を使って良いぞ」
「そう仰ると思いまして、既に車庫から移動させて待機済みです」
「流石だな、神通力だけで言えば俺並みだ」
「前任者たちが大したことないだけです」
迅速な対応を颯真は褒めるが、織江は大して嬉しくなさそうだった。なぜこんな事でいちいち褒めるのだこの男はという、疑問さえ抱いてそうなほどに冷たい反応をしてからそそくさと動き出す。
「神通力ってなんだ ?」
気になった龍人が尋ねた。
「鴉天狗の、それも一部の類まれなる才能持ち特有の超能力みたいなもんだ。後で詳しく話してやる」
「そうか…それともう一つ良いか ?」
「どうしたんだよ」
「………酒飲むのにわざわざいるのか ? その銃は」
龍人の視線の先には、先程出した石柱の収納ケースからショルダーホルスターと拳銃、そしてナイフや消音器を揃えだしている颯真の姿があった。
「…ライフル持ち歩くわけにはいかないだろ ?」
「そこじゃねえよ」
何が悪いのかイマイチ分かっていなさそうな颯真を前に、龍人は誘いに乗った事を後悔し始めた。
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