第23話 接待

 煙を巻き上げながら葦が丘の街に敷かれた道路を、一台のステーションワゴン型のスポーツカーが疾走していた。カーブに差し掛かればタイヤが削り切れてしまうのではないかという勢いで道路を横に滑らせて曲がり、エンジンの轟音が響くたびに排気筒からは黄と橙の混ざった炎が時折瞬いた。やがて和風建築の料亭が見えてくると、その入り口に車は急停車する。出迎えをするために立っていた従業員たちも、特に動じず頭を下げだした。今に始まった事ではないのだ。


「着きました」


 ひとまず車のギアをローに戻した織江は、少しズレた眼鏡の位置を調整しながら告げる。


「おう、ありがと。酒は無理だろうが飯ぐらい一緒に――」

「いえ、駐車場で索敵を行いつつ待機します」

「了解。何かあったら知らせてくれ。お土産はいるか ?」

「…柿の葉寿司を」

「あいよ。龍人、早く降りろ」


 颯真と織江が約束をした後に龍人がゆっくりと、ふらつきながら助手席から姿を見せる。胃からこみ上げてきそうな何かを堪え、えづきを耐えるように口を噤んでいた。織江が車と共に颯爽と駐車場へ向かった直後、この後の事態を察した従業員が持ってきてくれた紙袋を無言で顔に近づける。そして吐いた。


「……次からは安全運転で頼む」

「ええ~ ? 楽しかったろ ?」


 紙袋を携えたままグロッキーな様子で心細く歩く龍人だが、楽しんでいた颯真からすれば理解できない反応であった。せっかくの週末の楽しみを味合わせてやったというのに恩知らずな奴め。颯真は龍人に対してそんな思いを抱きながらも、二人で石畳を歩き、滑らかな肌触りの暖簾をくぐって玄関へと辿り着く。


 だいぶ気分が良くなって来たのか、出迎えてくれた従業員へ会釈をしながら龍人は靴を脱いだが、同じく靴を脱いでいた颯真の足を見て疑問に思った。ミリタリーブーツを履いていた颯真だが、靴から露になったのは鳥類特有の鉤爪を持った三本指である。それもかなり大きい。


「その足、靴に入るのか ?」


 見た目はただの履物だというのに、どうやって足を収めているのか。そこが気になってしょうがなかった。


「亜空穴の中から採取できる”黒擁塵”って物質があるんだ。水や複数の化学薬品と混ぜて大気中にばら撒く事で簡易的な別の空間を作り出せる。まあ、要するに〇次元ポケットだな。その黒擁塵を靴の内側に仕込んでいるお陰で、どんな履物だろうと、どんな足のサイズであろうと自分好みの靴を履けちまう。素晴らしいだろ ? 俺が考案した。既に知ってると思うが、俺が生み出したの物は他にもあるぞ。例えば―――」


 よく手入れをされた艶のある檜の廊下を歩きながら颯真は説明をする。やがて二人は曲がり角を曲がった先にある奥の個室、庭園が良く見える席へと案内された。枯山水や錦鯉の泳ぐ池が供えられており、その上には小さく光ってうねりながら飛行する細長い虫の様な生物もいる。聞けば空魚というらしい。魚要素がどの辺りにあるのかは不明だが。


「―――つまるところ、この仁豪町に関して言えばウチの財閥が関わってない製品なんか存在しないってわけだ。機械、武器…鉛筆や下着に至るまで。ほぼ全部だぞ ?」

「ああ知ってる。博物館で散々見せられたよ。義翼を作ったのもお前なんだって ? 今は付けてないみたいだが」

「おう。いつも付けておく必要は無い。重いし…それに呼べば来るし」

「呼べば ?」


 テーブルをはさんだ状態から、向かい合う形で二人は座り込む。互いに胡坐をかいていたが颯真は上着の下に備えている銃器を少しだけ確認していた。いつでも使えるようにしているのかもしれないが、このような場ではいささか物騒である。


「まあひとまず面接じみた経歴語りは無しにしようぜ。この店はお通しから甘味まで最高だぞ。和食は好きか ? 日本酒は ? それとも焼酎がいいか ?」


 うずうずしているかの様に手をこすり合わせながら颯真が目を輝かせる。


「一応言っとくが金持ってないぞ」

「構わない。連れ出したのは俺だ。好きなモン食え…あっと、当ててやろうか。何が目的だ… ? だろ ?」


 颯真は人差し指を小さく上げて龍人の反論を牽制する。


「別に首輪付けて飼おうとしてるわけじゃねえよ。だが老師様も爺ちゃんの肩を持ってる立場なんだ。その身内である俺やお前が仲良くしてて損はないだろ。それにこれは、俺にとって先行投資ってヤツだ」

「どういう事だ ?」

「味方につけておいた方が後々良いかもしれないと思ったんだよ。お前に関する老師の動きを見るに断言できる。お前はたぶん…今後、仁豪町において台風の目になる男だ」


 運ばれてきた酒を自分と龍人の盃に注いで颯真は笑った。

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