第21話 儲けこそ至上

 龍人は早くも退屈していた。話がつまらないわけではない。嵐鳳財閥の先駆けともいえる組織が立ち上がったのが鎌倉時代にまで遡るといった歴史や、彼らが開発している武器や素材などが現世における警察庁や防衛省…特に超常現象対策部のような部門に提供をしており、それらの技術を流用した製品の開発によって仁豪町と現世の双方で莫大な利益を上げているといった自慢話の数々を、わざわざ数百億かけて作ったという博物館の展示品と共に秀盟が解説してくれていた。


 一組織のトップが直々に解説をしてくれるというのは有り難い事なのかもしれないが、生理現象には勝てない。そのまま立って眠る事さえ出来そうな睡魔が龍人を蝕んでいた。腕に取り付けている薄汚れたG-ショックに目をやると、デジタル数字が午前一時へと移り変わりかけている。基本暇を持て余している自分はともかく、秀盟や智明、佐那は仕事に影響が出ないのだろうか。気になって仕方がなかった。


「申し訳ありません。祖父は昔から三度の飯より自慢話が好きとまで言われる自信家でして」


 背後から智明が詫びを入れて来る。少しムズ痒くなったのか、着物の背中から出ている黒い翼を小さく震わせていた。


「ああ…いや、気にしないで。功績が偉大過ぎて俺みたいな馬鹿には凄さがよく分かんないだけだから。技術がどうのとか、発想の革新性 ?とか小難しいのはちょっとさ。俺低学歴だし」

「素人の方にもわかりやすくすべきと提言はしてるのですが、中々そうはいかなくて困っているのです。ですからよりシンプルに、今後は展示品の隣に”これによって生み出された利益”として金額を掲載してしまおうかと考えています」

「大丈夫か ? 何か凄く下品な気がするぞそれ」


 いやらしい会話が続いていた時だった。龍人は不意に足を止める。防弾ガラスの奥、白い壁に飾られた一つの展示品が目に入った。鉄製の翼があった。僅かに赤黒い錆が見受けられ、年季が入っている。どこかで見たような気がした。


「私の弟が作ったんです」


 立ち止まっていた龍人に横から智明が教えた。


「弟 ?」

「私や他の鴉天狗と違い、弟の颯真そうまには生まれた時から翼が無かったんです…人間でいう所の、身体障碍という物でしょうか」

「…言う程翼が無くて困る事あるか ?」

「いや全く。ただ鴉天狗という種族の歴史上、翼が無い者というのは白い目で見られ続けた過去がありますから」

「その通り。罪人となった鴉天狗の翼をもぎ取り、奴隷や召使いという立場に転落させられるという罰が大昔には存在した。それ故にいつしか、翼が無い者…空を駆る事が出来ん者は鴉天狗を名乗るべからずとそこかしこで言い伝えられておった」


 智明と龍人の会話に秀盟も加わって来る。この男はどうしてこういちいち口を挟むのが好きなのだろうか。出しゃばりな自慢屋。佐那は呆れた視線を彼に送っていた。そんな彼女をムジナは不思議そうに足元から見上げている。


「颯真だけではない。先天的に翼を持てなかった奇形たちは皆、生まれながらにして負け犬のレッテルを貼られて生かされる事が当然だった。だが、その流れを変えてみせたのがこの発明だ。機械式の義翼…これのお陰で憧れていた空を飛ぶ事が出来るようになり、喜びの涙を流した者は数え切れんぞ。その飛行速度を始めとした性能の高さ、我が財閥によるアフターサービスの良さ、それらのお陰で今では自ら進んで義翼に付け替えたがる者さえいるそうだ」


 誇らしげな秀盟と対照的に智明は暗い表情を浮かべていた。ある種のうしろめたさを感じるその悲しげな顔を龍人は怪しんだが、あまり深入りすべきではないと考えて秀盟の話を聞き続ける。


「喜べ小僧、そんな偉大な発明家にして我が財閥屈指の秘蔵っ子に会わせてやる」


 秀盟は自信たっぷりに宣言するが、不安と気まずさが龍人の足取りを重くさせ始めていた。おぼろげな直感ではあるが、なぜか颯真というその鴉天狗に会うのはこれが初めてでは無いような気がしたのだ。




 ――――嵐鳳財閥第一棟ビル、その最上階にあるオフィスでは一匹の若い鴉天狗が書類作業に追われていた。見晴らしのいいガラス張りの夜景を背に、乱雑に置かれた銃器と開発したばかりの試作型らしき銃弾、一体何本開けたのか分からないエナジードリンクや栄養剤の缶と瓶が転がっている。そんな生活感溢れる私物に囲まれたまま研究に関する報告書の作成と、今後行う予定の実験に向けた資料の整理、そして自分の机の目の前にいる男の話し相手に追われていた。


「……い…おい…おい!!」


 豚面の恰幅が良い眼鏡を掛けた妖怪が怒鳴る。


「あーごめん、前置き長すぎて途中から聞いてなかった」


 食い入るように見つめていたノートパソコンから体を離し、翼の無い背中で背伸びをして若い鴉天狗は心にも思ってない様な詫びをする。


「”どういうつもりだ、アンタ何考えてるんだ”って怒ってた所から再開してくれないか ? それか結論だけ言ってくれ」

「ふ、ふ、ふざけるな ! だいぶ序盤じゃないか ! 俺がオフィスに入って来た時の言葉だろそれ !」

「はいはいそういうツッコミいいから。要件なに ?」

「お前が…俺のアニメスタジオの買収を指示したんだろ ! 技術開発部とエンタメ事業部両方の責任者だか何だか知らないが、こんな横暴があって良い筈がない !」

「横暴って具体的に何だよ ? まさかとは思うが、アニメーターの連中を正社員の肩書きと給料を釣り餌に引っこ抜いた話か ? アッサリ出て行かれるような原因作ったの誰だろうな」


 脚を組み、目をこすりながら鴉天狗が反論をするが、そのこちらを格下の様に扱う態度が癪に障ったのか、豚面の妖怪は憤り続ける。


「ア、アニメは芸術であり、文化だぞ ! それを金に物言わせて、お前みたいなクリエイターとしてのプライドも無いような成金風情が支配しようなんぞ――」

「芸術だの文化だの、そうやって適当言ってまともに雇用せず安い金でこき使ってたツケだろ。ルネサンス期の芸術家たちでさえ名家や権力者のバックアップがあったから活動できてたって事すら知らないタイプか ? アニメ以外何の教養も無いバカがリーダーだと苦労するだろうな下っ端は」

「何だと⁉こっちが下手に出ればいい気になりやがって… !」

「いやお前がいつ下手に出たんだよ」


 その口喧嘩は、いざオフィスへ入ろうとしていた龍人たちの耳に入るほどやかましかった。


「じいさん、あれが昔は苛められてたって本当か ?」

「ああそうだ」


 自動扉の近くで龍人が秀盟に聞くとそっけない回答が返って来る。あまり大っぴらには言えないが、これは苛められてる側にも原因があるパターンなのではないかと龍人は疑いつつ、全員の後を追ってオフィスへとなだれ込んだ。


「颯真 ! 仕事は捗っているか ?」

「あれ、爺ちゃんと姉ちゃん ? てか、そいつら…」

「そ、総帥…⁉」


 豚面の妖怪と鴉天狗は一斉に秀盟達を見て顔を引きつらせる。だが颯真の顔が引きつったのは自分の家族が原因ではない。彼らに連れられている来客の方にあった。


「取り込み中悪いな、気にせずのんびりやってくれ。その間、客人達にオフィスのインテリアの拘りについて語らなければならんからな。小僧、見てみろ。ここに飾られている武器は…」


 幸い、秀盟は邪魔する事無く奥の方にある応接用のソファとテーブル、壁に掛けられた絵画や武器のコレクションへと向かって行ってくれた。豚面の妖怪も少し安心したのか、ふうとため息をつく。流石に財閥のトップ相手に立ち向かう度胸は無いらしかった。


「とにかく、全盛期はまだしもとっくに売上が落ちてまともに稼げない以上あっても意味無いだろ。お前のアニメ会社は解体。今後はウチの完全な子会社として管理していく。アニメーター連中はドン引きするぐらい喜んでたぞ。報酬ケチって、架空の領収書作って…それで浮いた金で外車買うわ豪遊するわなクソ社長から解放されたってよ」


 気を取り直して颯真は今後の方針を言い渡す。豚面の妖怪は強気に出るわけでもなく、秀盟たちの方をチラチラ見ていたが心が折れたのか立ち去ろうとし始めた。


「も、もういい ! 出てってやるさ、金の亡者共の集まりめ ! 俺のファンが黙ってないからな ! 告発してやる !」

「そうかい。まあアニメのためとか言って噓泣きしながら記者会見すれば、オタク連中は喜んで味方に付いてくれるかもな。せいぜい頑張れよ」


 豚面の妖怪が時折振り返って捨て台詞を吐くが、颯真は見送るわけでもなく餞別と言う名の皮肉を浴びせ続けながら作業を再開する。


「あいつ絶対性格悪い」

「龍人、思っていても言わないのよそういう事は」


 龍人の小さなつぶやきを佐那が同じく小声で窘める。神通力でその会話を察知した颯真は、目を向けることなく「悪かったな性格がクソで」とぼやいた。

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