Track.10 墓参り

 本日は晴天であった。


「うん。日焼け止めクリームは必須だな」

 女子じゃあるまいしと思っている方もいらっしゃるだろうが、一言ある。

 みんな、みんな、日に焼けると黒くなるわけじゃないぞ!


 赤くなる人だって存在する。俺は赤くヒリヒリするほうだ! 時には水ふくれを起こすときもある、火傷したのと同じ状態に陥る、日に弱いタイプだ。

 事前に準備して肌へのダメージを抑える。


 己の体と向き合って、生きているんだ、当然なんだ。


「あ、鋼始郎。ボクにも日焼け止めクリーム、ちょうだい」

「商一は黒くなるタイプじゃん」

「ムラなく焼くためにも日焼け止めクリームは必要だよ。保湿とかのアフターケアも面倒くさいし」


 転ばぬ先の杖。


 そんな言葉が頭によぎりつつ、俺たちは墓参りの準備に入った。

 準備とはずいぶん大がかりのように思われるが、蔵の中にバケツ込みでセットしてあるし、あとは庭にある花を適当にチョイスするだけである。


 花言葉はよく知らないが、じぃちゃんが生前惚れて買った古民家の庭にある花だ。世間一般には雑草でも、この庭で咲いていたという事実こそが、じぃちゃんには何よりの供養だ。


 近いうちに、枯れているであろう花々を回収するため、また墓参りするつもりだ。

 公営墓地だから、管理者の善意に頼るわけにはいかないからね。


 墓をきれいに保つのも結構大変だよ。


「今度来るときは舞生の異変を解決した後にしたいよ……」

 舞生には、前もって意識が戻ったら、元気になったら、電話かメールをくれということをしたためた手紙を送ってあるそうだ。


 その手紙は、舞生の両親のご厚意もあって、病院ベッドの横の彼女の貴重品入れと一緒に入れてもらっているとか。

 信頼されているな、商一。


「鋼始郎もペリドット世界の墓参りじゃなくて、トパーズ世界の墓参りをしたいだろ」

「そりゃ、まあね……」

 俺も予定ではばぁちゃんの家に行く予定だったからな。


 曜丙は吹奏楽部、友希帆は合唱部で、それぞれ夏は練習で忙しいらしいけど、休みはある。その休みに、くろのみ小学校解体イベントを見学したり、混音市の中心部で買い物したり、近状を語り合うつもりだったよ。


 と、いうか……俺の世界で生きている曜丙と友希帆と会って安心したい。


 ペリドット世界が悲惨すぎて、この世界の理不尽に怒りをぶつけるより、俺の世界戻っていやされたい。


「とにかく、異変を解決しないと、俺たちに夏休みを満喫するという未来はない。そんでもって、誰が敵なのか、敵の目があるかわからないから、怪しまれないように行動するしかない。そういう意味でじぃちゃんの墓参りは最適解。ばぁちゃん、気合入れておめかししてくれ!」

「はいはい」


 気合入れておめかしと言ったが、半分ウソだ。


 墓掃除があるので、ある程度汚れてもいい服装ではある。

 だが、ばぁちゃんは必ず化粧をする。うっすらとではあるが、普段の買い物では絶対にしない。ブラウン系の落ち着いた色の口紅を唇に塗って、馴染ませる。


「じゃぁ、行こうかね」

 ばぁちゃんが手にするのは、今朝摘んだ花。新聞紙で包み、それなり見栄えをよくした花束だ。


 バケツ込みの墓参りセットを持つのはもちろん、俺。


 商一はリュックに水分補給用のペットボトル二百五十mlを数本入れ、傷薬と塗り直すための日焼け止めクリームなどと、保健衛生に特化。


 どこからどう見ても、自然な墓参りだ。


 くろのみ墓地の道のりは散歩程度の距離なので、歩いていく。

 外に出ると、セミの鳴き声があちこちから聞こえてきた。騒音レベルではなく、風物詩レベルだったので悪い気はしなかった。


 今日も出だしは上々だ。






「あれ?」

 黄魁橋を渡ろうとした時だ。

 俺は橋の下、黄魁川沿いの荒い砂に覆われた扇状地に、花束が多く積まれているのを見た。


「あれって、この付近で亡くなった人がいるってことだよね……」

「う~ん。ボクたちと関係あるかどうかわからないが、少なくても、トパーズ鋼始郎は知らないのだろ?」


「ああ。俺が赤武区に引っ越した後に起きたとしても、曜丙あたりが話題にしてきたと思うよ。俺はここに来たら、絶対黄魁橋を渡るからな」


 黄魁川にまつわる五つの水子の怪談を話してきた男だ。

 死亡事故が起きていたとしたら、注意喚起もこめて、メールで知らせただろう。


「黄魁川付近で起きたことは、墓場で調べるとして、先を急ごう」

 橋付近で立ち止まっても、人の迷惑になるかもしれないからな。


 落ち着ける場所で、改めてスマホで検索するのが、吉であろう。


「ここは商ちゃんの言う通りだね。でも、トパーズとは違う所を率先して見つけるのはいいことだよ、鋼ちゃん」

「情報共有は大事だものな、ばぁちゃん」

 祖母は俺の発言を褒めてくれた。

 ちょっとうれしい。






 くろのみ墓地。

 俺の、大観家の墓は形も位置も変わらなかった。

 ただ、うちの墓の周りが多少異なっている。

「予想はしていたけど……デザイン墓石じゃないな」

「どんな墓があったんだよ、鋼始郎!」


 いや、一つだけ寸法も位置も変わらなかった墓はあったよ。

 猫脚以外はそれほど尖がったモノがなかった、天下井てんがい家の墓だ。

 ただし、ちゃんと清掃が行き届いていて、俺が知っているモノよりも数倍立派に見える。


  本来の姿がこっちだとすると、俺の世界のはなんてみすぼらしくなっちまったのだろうと思った。


「少なくも俺の知っている三觜みつはし勧夕かんせきしたがき香迷かもよいは、こんな一般的な、空気を読んだ墓じゃなかった」

「ここ……公営墓地だよな。そんなにすごかったのか?」

 むしろ、公営墓地だから、建てた可能性が否定できないのだか。


 霊園の中には、墓石固定の場所もあるというし。


 建て逃げしただろうと、つっこみたいぐらいは……すごかったよ。これを機にくろのみ墓地の規約が改訂されていたとしても、当然すぎて、納得するしかない。


「墓場だから写真を撮っていないけど……縁起悪いし」

 いや、卒業日に引きずり込まれた怪異空間では、記録のため墓石をバンバン撮ったけど。


 日常に戻ったら、消えちゃったからな。


 ノーカンだろう。


「特にひどかったのは、草家だったな。本型ポエムが痛かったよ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ……」

 草商一がどんな墓を想像したかわからないが、ポエムという言葉で、顔色を一気に悪くした。


 墓石にポエムは嫌だよな。


 しかも、万が一には墓管理を任せられる身じゃなぁ。

 ちなみにトパーズ商一は、その話を聞いた直後、インターネットで墓石を撤去する方法を調べていたよ。


「まぁ、ペリドット商一とは関係ない世界線の話だから。気にするな!」

 俺は自分の家の大観家の墓を慣れた手つきで、清掃する。

 持ってきたスポンジで軽くゴミをとり、墓場にある手桶を借りて、ひしゃくで水を流すだけだから、楽な方だけど。


「それもそうだけど……これから建て直すとか言って、そういうデザイン墓石になる可能性もあるじゃないか」

「……未来のことは誰にも分らないよ、商一」


 ペリドット世界でのくろのみ町の草家は、評判が悪かったし、その上あんな惨たらしい死に方だったし……悪目立ちするような墓にはしないと思うよ。

 トパーズ世界では水害で亡くなったからこそ、あの墓だったとも考えられる。


 だけど、下手に安心させるようなことは言えない。


 この世界ではまだそんな墓になっていないのだから、計画されていたら、止められるわけだし。

 アンテナは常に張っていたほうがいい。


「う~ん……気になるところだけど、そんな未知よりも、調べられる黄魁川で起きた死亡事故の方だよな」


 商一は器用にスマホを操作して、調べ出す。


 草家の墓についていた汚れをスポンジ軽くとった程度に終わらせているが、遠縁ということを考えると、そういうものかもしれない。むしろ、あんな事件が起きた後なのだ。墓石をついでとはいえ、掃除しただけでも義理堅い方だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る