くろのみ中学校無理心中事件 後編

 最後の一人となった勧夕かんせき稚羽雄ちはお


 勧夕は一度教室に戻り、殺したばかりの級友たちの習字道具から墨汁を取り出す。

 ソレを男子トイレまで持ち出し、トイレの個室に首吊り用の縄をかける。

 何度か引っ張り、自分の重さに耐えられるかどうか入念にチェックする。上手くいかずに、何回か仕切り直しもしていた。


 理想の吊り縄になるよう、何度も、何度も、何度も繰り返す。


 その姿勢は一途であり、真っ直ぐであり、純粋な想いのようにも見えた。


 ようやく、納得のいく吊り縄が出来たようで、ここからはライブ映像へと切り替わる。


 何台ものカメラとスマホなどといった通信機器を用意したのか。撮影動画の角度が、投稿した動画サイトごとに違うのは、複数の機材を使った証拠。


 勧夕は自らを一流のエンターテイナーであるかのように振る舞い、夢見る少年独特の高揚した顔で、高らかに宣言する。


 自分は、最大の悪だと。


 それを証明するためにこれから腹を掻っ捌いて見せようと。


 実は勧夕、ライブ映像に切り替える前に、所持していた錠剤型の違法薬物をすべて腹の中に収めていた。その時、水代わりに一緒に飲みこんだのは墨汁。

 大声を上げたとき、口元から黒いあぶくが出てきたのは、自殺する前に飲んだ墨汁のせいだ。


 まさに、狂気。


 どことなく泣き顔にも見えたのは目の錯覚か。


 大量に飲み込んだ錠剤のせいか、神経系統に異変が起きていた。

 こめかみの血管がドクドクと波打ち、血走った眼は獣そのものではないかと思ってしまうぐらいの禍々しさが宿っていた。

 さらに興奮したのか、過呼吸にもなっていた。


 勧夕に正常な判断力を期待するのは間違っているのを確信させるには、十分な要素だ。


 それは、勧夕自身も思い立っていたようで、死ぬ間際に仕掛けも用意していた。


 何度も吊り縄を入念に調整したのは、この最後の仕掛けの成功させるためだったのだ。


 勧夕は両手でサバイバルナイフを持ち、慎重に自らの腹を縦に切り裂く。そして、横に。最後に小さく横……丁度、漢字で七の字になるように、腹の肉を、腹筋を裂く。

 その奥からドロリと零れ落ちるモノを右手で掴み、いつでも引きずり出せるようにする。


 後は仕掛けがちゃんと作動するようにスイッチを入れるだけ。

 いや、スイッチを入れるではないな。吊り落とすのだ。


 首吊り縄に自らの重みを括り付け、墨汁でいっぱいになったバケツを落とす。


 ザバンッ!


 勧夕の計算通り、墨汁は彼の体に、腹部を中心に飛び掛かる。

 ソレを待っていたとばかりに、勧夕は浴びる。ただ、浴びるだけではない。同時に腸を思いっきり引きずりだしてきたのだ。


 外に出た内臓は飛び掛かる墨汁によって、当然、真っ黒に染まる。


 ……かつて、悪人の腸は黒く濁っているとされていた。

 逆を言えば、善人ならきれいな腸だとされた。

 それで、身の潔白を証明するため、高貴な身分の者に直訴するため、自らの腸を引きずりだし、その色で見極めてもらおうとする風習さえあったという。

 聞き入れてもらうためなら、自らの命と引き換えにしてもいいと、彼らは本気で思っていたのだ。散る間際の最後の訴えが、人々を心を動かし、社会をよりよい方向に向かわせると。


 未来を託したのだ。


 そんな過去の話を、勧夕は倣ったようだ。


 勧夕は首にロープが深く食い込んでいるというのに、気にすることなく、空中に揺れたまま、墨汁によって染まった自らの臓物を自慢するかのように、見せつける。

 泥遊びのように弄び、少し遅れて出てくる血で下の方が真っ赤に染まるのも目にせず、ただ、黒く染まったモノだけを執拗に見せびらかす。


 ヤクによって痛みがマヒした体は、鋭敏になった視力は、勧夕の都合のいい悪夢を肯定していたようだ。


 勧夕は笑っていた。


 ケタケタと笑い続けたのだ。


 それは勧夕の動きが止まるまで。

 嵐が通り過ぎるまで。

 なぜか通報がなかった、ある動画サイトのライブ映像は、最後まで止まらなかった。





 

 勧夕は誰にこの最後を見せつけたかったのか。

 それに関して、実は様々な憶測が飛び交っている。


 その中で、ボク、商一がひとつ気になるウワサを見つけている。


 かつて、くろのみ町では生贄の風習があったということだ。

 この手の話は、昔ならあったかもしれない程度で終わるはずなのだが、勧夕は少なくてもその気があったのではないかと、推測されている。


 守曜丙の死体への落書き。実は落書きではなく、儀式的な意味合いがあるものではないかという。

 矢風友希帆の死体を徹底的に損壊され、絵の具の代わりにしたのも、本気で黒魔術、もとい、かつてくろのみ町にまつわる儀式を行なおうとしていたのでないかと。


 ソレが失敗して、勧夕は邪神に体を乗っ取られてしまい、生贄の儀式を行った人間たちを血祭りにあげていった、と。


 儀式の失敗が死に直結するのも、よくある話ではあるが。


 より多くの人間に見せしめるためとはいえ、インターネットを駆使して生発信するという方向に進むのか。

 勧夕に憑依した邪神は現代社会や事情に精通した、俗っぽい柱だと思ってしまう。

 その邪神の趣向が、時代の流れに即座に対応するのものであったとしたら、それまでの話なのだが。


 恐怖と混乱を与えるという意味ではあっているので、否定出来ない。


 やはり、最後までライブ映像を止めなかった動画サイトがあったというのが、このウワサのミソだと思う。

 オカルト系の掲示板で今一番盛り上がっている説であるのも、スパイスの一つだろう。


 しかも、あのライブ映像にはこんな怪談まである。


 最後まで止まらかった動画サイトのライブ映像ではケタケタと死ぬまで笑っていた勧夕なのだが、映像が途切れた動画サイトのほうでは、途切れる寸前、憑き物が落ちたかのように勧夕の体から邪悪な気配が薄れ……映像を見ていた人間を睨みつけたという。


 その目には嫉妬が宿っていたという。


 邪悪なのは変わらないじゃないかと文句を言いたくなるのだが、ヤクでは説明しきれないほどの禍々しい気配は消え、ただ一個人の、男子中学生レベルにまで矮小された邪気なので、視聴した者たちには痛くもかゆくもなかったが、気にはなったという。


 確かに、悪人とはいえ人が自殺するシーンをじっと眺めている人間が、頭のねじが何本か抜けているような人間が、現代人のくせに過去にあったという公開処刑をショーとして楽しめそうな人間が、男子中学生の嫉妬程度でビビるわけがないのかもしれないが。


 何事なく生きている人間すべてが恨めしいと、悪霊となる才能の片鱗を見せて、映像が止まるという勧夕の話は、ゾッとするものがあった。


 ソレはボクが男子中学生だからだろうか。


 同世代という共通点だけなのだが、仮に邪神とはいえ、圧倒的理不尽な存在に命を奪われてしまったとしたら。

 ボクは、平々凡々とはいえ生きていられる人間に、嫉妬を抱かずにいられるのか。


 死後の話をしても無意味かもしれない。


 だが、疑念はある。


 そう、ボクの目の前で倒れた、永業舞生の異変を解決するまでは、どんな些細な疑念も見逃してはいけないのだ。

 オカルト的な事案だったからこそ、ボクはオカルト板にも潜った。

 その中で、しっくりとくるパズルのピースを形作ったのは、ウワサによって作り出されたという怪談。


 まだ余計なものがくっついている気もするが、それはこれからの調査にかかっていると思う。


 くろのみ墓地の慰霊碑。


 どんなものなのか気になるよ、鋼始郎。 

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