くろのみ中学校無理心中事件 中編

 教室の酒盛りは終盤へと差し迫っていた。


 誰がどのくらい、勧夕特製の簡易合成麻薬を飲んだのかわからない。

 ただ、その中で一番具合が悪くなったものがいればいいのだから……。


 保健室のベッドで休みたいと言った、三觜みつはし微華そよかが次なるターゲットに決まった。


 これから殺されることを知らないとは言え、三觜はどうしようもない未来を語った。レスキュー隊が自分たちの両親を救ってくれるとか、ほとぼりが冷めたら今度一緒にカラオケに行こうなど、滑稽だった。


 三觜が勧夕の手を借りて、保健室のベッドに横たわると同時に、死刑が執行される。


 勧夕が前から仕込んでいたのだろう、天井に吊るしていた、鋭い光沢を放つ斧が、目掛けて落下。


 頭をかち割り、脳みそと血を白いベッドに撒き散らす。


 それでも数分はピクピクと動いていた。


 即死、出来なかったらしい。


 中途半端に死にぞこなったために、地獄が続く。

 それを勧夕は冷めた目で見つめつつ、三觜の耳元で何かを囁く。

 耳の機能を失っていなかったらしい三觜は、目玉が飛び出す勢いで、振り向き、睨みつける。


 実際、片方の目玉は転げ落ち、眼孔がむき出しになった。


 生きたまま欠損ゾンビになっていく姿と、その憎しみがこもった表情に、さすがの勧夕も不気味に思ったのか。それとも元からそう言う予定だったのか……保健室のアルコールを三觜に振りかけ、汚物は消毒だと言わんばかりに、燃やした。


 グズグズと時間をかけて燃えていくのは、湿気が多いからか、それとも何か別の要因があるのか、保健室のベッドの周りだけを焦熱の地獄にする。


 意味不明の声が響く。


 焼けただれていく中で三觜は必死に訴えていた。

 おしゃべりな女は死ぬまでおしゃべりだったようだ。


 勧夕は三觜の呪詛が聞こえなくなるのを確認すると、これもまた放置。

 炭化した死体となった三觜が発見されるのは、この数時間後。そのあまりにも激しい損傷に、どれほどの恨みがあればこんな惨いことが出来るのか、考えさせられる。


 残り二人。

 どちらも、酔いつぶれたのか、気持ちよさそうに眠っていた。

 麻薬で昂った体で思う存分楽しんだのだろう。最後のバカ騒ぎを楽しんでいたのは、教室にある隠しカメラで撮られていた映像からわかる。


 香迷かまよい利宮りくが次の犠牲者に選ばれたのは、簡易合成麻薬をたらふく飲んでいたからだろう。


 この処刑方法は、一切抵抗できない状態であることが重要だったのだ。

 そして、地道な作業をする時間も必要だった。


 勧夕はなんと、嵐の中、土を掘っていた。


 目指すは人一人分が余裕で入る広さと深さ。

 なぜ、そんなこだわりが必要なのか。異常者の行動はわからない。


 土砂崩れでできた窪みを利用したとはいえ、この悪天候中、殺人鬼の神様にでも愛されているのではないかと思うぐらい、凄まじい勢いで、穴を掘った。

 雨でずぶぬれになりながらも、最終的には香迷を穴の中に放り込み、そのままの勢いで土をかぶせて、生き埋めにする。


 暗く、雨を含んで重くなった土が、泥が、覆いかぶさっていく。


 それもまるで、汚物を覆い隠すような冷めた目で、勧夕は黙々と作業に勤しむ。

 全く動いていない香迷利宮だが、その目には恐怖の色が見えた。


 どうやら、意識だけはあったようだ。


 カメラ越しでもわかる、苦痛、戸惑い、苛立ち、哀絶……そんな香迷のすべてを、勧夕は否定するかのように冷たい土の中へと埋もれさせる。


 最後にスコップを突き刺す。

 墓石の代わりなのだろうか。

 雨に打たれるソレを数分眺め、やっと勧夕の表情が変わる。


 ……笑顔だった。


 時間をかけたのはそんな絶望する顔を映像にきちんと収めたかったようで、いいものが撮れたと、勧夕は自身も濡れネズミになったというのに、鼻歌交じりで教室に上がった。



 そう、濡れた体のままだというのに、勧夕は意欲的であった。

 迷わず、次なる犠牲者、したがき商奈あきなの長い髪を掴むと、段ボールが積まれた放送室まで引きずる。


 あとはまるでゴミのように放り込むと、あらかじめ段ボールの中を入れ替えていたのであろう、先端部分が鋭いストロー状のモノを何本も取り出す。


 勧夕はいつ凶行に走る気だったか未だに不明だが、機会があれば実行しようとしたのは、この用意周到さから考えて間違いないだろう。


 勧夕にとって、この大嵐の中こそが、望み通りの──守ってくれる大人が土砂崩れの中に消え、悪徳に酔いしれて、隙だらけになったターゲットたちを甚振り殺すという──死の儀式を行うのに、いい機会だったのだ。


 プツリ。


 殺し方は至ってシンプルだ。

 草の顔色が悪くなるまで、大動脈まで貫く勢いで、刺していく。

 何本も刺していけば、最悪失血死になるだろうと、草の柔らかく瑞々しい肉体に容赦なく突き刺す。


 ブスリ、ブツッ!


 豪快にして、単純。だが、死に近づいているのが見て取れる。

 ストロー状の穴からチョロチョロと、赤い水が湧き出てくる。


 鮮やかで、淡やかで、艶やかな、血。


 簡易合成麻薬の効力によるものか、草は全身血を失いつつあっても、なかなか死なず、弱々しくも抵抗する。それは生存本能のなせる技なのか、喚き散らしながれも、ずぶ濡れの勧夕の体を叩いては、押し返そうとする。


 だが、圧倒的に力が足りない。


 鮮血によって赤く彩られる放送室。

 草の悲鳴が、嗚咽が、響く。

 だが、勧夕の作業は終わらない。草の息の根が止まらない限り、執拗に、何本も何本も突き刺す。


 いったいこの間に何リットルの血を失ったのか。


 血の気が失せた草は、次第に動きが鈍くなり、最後はプツリと糸が切れたマリオネットのように動かなくなった。


 その顔は白いお人形さんみたいで。


 勧夕と密着していたからか、程よく濡れた服は、体の、少女特有のまろやかで柔らかな線を強調させる。


 血に濡れた唇とのコントラストも相まって、残酷なほど美しいとネクロフィリアたちに高評価を得る、死体へと変貌を遂げた。

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