くろのみ中学校無理心中事件 前編

 最初に断っておく。


 これはボクこと商一が独自に調査し、頭の中でまとめた、ボクだけの見解だ。振り返って読むこともあるから、少なくてもボクには読みやすくなっている。

 ボクの親友、大観鋼始郎にも、万が一だけど読まれることも考えている。他者にも読まれることを想定した文章だから、殴り書きよりはマシだと思う。

 それでも構わないなら、この先も読んでください。お願いします。

 


 くろのみ中学校無理心中事件の全容は、当事件の実行犯である、勧夕かんせき稚羽雄ちはおが死ぬ間際までに撮った映像によって、ほぼ把握されている。


 インターネットの有名サイトに手当たり次第に軒並み投稿したため、対応が遅れ、削除しきれなかった。今はミラーも多く出回っており、この事件が風化しない限り何度でも蘇り、話題にされ続けるだろう。


 勧夕がなぜ、このような凶行に至ったのか、まだ調査中らしいが、真意は闇に葬られるのは、自明の理。


 死んだ人間の考えなど、生きている人間にはわからないのが道理だ。

 インテリたちによって、それなりの納得できる方に収まれば、用済み。


 同じ事件が起きないように、対策をとるさい参考にされ、その都度、誰かの憐れみを誘うのか、誰かの怒りを招くのか、ソレは受け取り次第だと、彼の死は吐き捨てられるだろう。


 それほど、彼はひどい人間だった。


 少なくても、映像の中の彼は同じ人間だと感情移入してしまったら、ダメな部類だ。

 徹底的に拒絶を示さないと、人間社会では生きづらくなるだろう。

 だからといって、孤独な人間に受け入れられるかというと、唾棄すべき悪党としか映らない。


 彼は、孤独ではなかった。


 彼は、スクールカースト的にも、社会的にも上位だった。


 ただし、小さな小さな町の中の話であって、広大な社会の中では石っころみたいな存在ではあった。


 同情できるような背景は持ち合わせていない。


 ただ一つ、気の毒だと思うことがあったとしては、彼にはちゃんと叱ってくれる大人がいなかったことか。いや、その言い方は微妙に違う。彼にも叱ってくれる大人はいた。


 ただ、受け入れるとは限らない。


 反省を促せるほどのカリスマ性のあふれる、精神的にも肉体的にも絶対的な上位者がいなかったから、というのが限りなく正解に近いだろう。


 そんな稀有な道徳者を求めなければならない時点で、終わっている。


 妥協とか譲歩とかいうのは、彼の中ではちゃっちな感で、上手く機能しなかった。

 生まれながらにして人間として大切なナニカが欠けた人間。

 それを周りが放置した結果、便乗してしまった結果、悪徳が栄え、そして自滅した。


 彼は最終的に破滅思考に囚われ、その命を、周りを巻き込んで、身勝手に散らした。




 無理心中をした人間なのだ。






 この無理心中事件で初めに殺されたのは、矢風友希帆だった。


 嫌がる矢風を五人の少年少女たちが嘲笑しながら、女子トイレで嬲り殺していた。

学校内にある、あらゆる凶器でやらなくていい工夫を凝らして、ミンチを作っていた。


 肉体はもちろん、骨まで削って。中学生のガキの無駄に多い体力を費やして、丁寧に、丁寧にミンチ肉を拵えていた。


 死因は出血性ショックであって欲しいぐらい、原形は残っていない。


 最終的に人肉百パーセントのソレは、かつての守曜丙の死体に描かれた落書きと同じ模様を、女子トイレいっぱいに描がくための、絵の具の代わりにされていた。


 ……黒魔術的なものを試していたのかね。


 ここでわかっての通り、この時点で五人の少年少女は人を残虐に殺している。

 こいつらが死んでも、誰もが因果応報で死んだだけだと思うしかないだろう。


 なお、なぜ、矢風友希帆を五人がかりで殺したのかというと、彼女の両親は生き残ったからだ。


 この情報は後からわかることなのだが、くろのみ中学校に避難するのは、黄魁橋を渡った先、橋上地区の人間だけだ。


 黄魁マンションは橋下地区にある物件。マンションという構造上、下手に避難所に行くよりも、マンションの方が安全である。


 現にマンションの方は被害が全くなかった。


 矢風がくろのみ中学校にいたのは、その日部活動のため学校に来ていたから。激しい雨が来るとわかっていても、学校側は強制的に彼女を呼びだした。

 そして、豪雨が来て、そのままくろのみ中学校に避難させられたらしい。

 裁判沙汰もあって立場が弱い矢風が学校側の言いなりになるしかないのはわかるが、かなりおかしな話だ。


 その学校側も土砂崩れの中で消えてしまったため、真偽不明。くろのみ町役場の教育課が、今もマスコミの対応に追われている要因の一つである。


 避難した自分たち五人の両親が土砂崩れによって絶望的な状況だというのに、矢風友希帆の両親だけは無事な場所にいる。


 勧夕は不公平だと言いがかりをつけ、自分たちよりも幸せになる可能性がある、それだけの理由で残りの四人の嫉妬心を煽り、扇動し、暴力で沈め、人を殺めた。


 恐ろしい発想だ。


 だが、勧夕の本当の恐ろしさは破滅を達成させたことだ。


 矢風友希帆を惨殺し、そのままテンションが高まった仲間たちに、何食わぬ顔で飲み物をすすめて来た、あの判断力。


 その中に、これからの惨劇をより実行しやすくさせるための違法薬物が入っていた。


 混音市に拠点を置くヤクの売人から購入したと警察は見ているらしいが、現時点でも購入ルートははっきりとわかっていない。


 そんな錠剤型の違法薬物を砕き、前々から学校に、しかも教室に持ち込んでいたであろうアルコール飲料に溶かしこむ。

 仲間たちに見えぬよう物陰で、動画にははっきりと映す形で、簡易合成麻薬が作られる。そして、勧夕は悪質な本性を隠して、仲間たちに手渡した。


 四人のうち三人がソレを口に含んで、飲んだ。


 飲む量はそれぞれであったが、それよりも目立つのは、飲まなかった一人。


 天下井てんがい義角よしずみ


 二番目の被害者で、彼は酒よりも水が飲みたいと、教室で酒盛りをしだした仲間たちを置いて廊下に出る。


 それについていくのは、勧夕。

 水割り用の水が欲しくなったと適当なことを言って、教室から抜け出すと、一気に天下井を後ろから、持っていた血だらけの金属バットで殴った。


 初動に迷いがなかった。


 鈍い音が廊下に響き渡るが、酒盛りをしている教室の奴らには全く聞こえなかったのか、外の暴雨の音の一つと思われたのか、誰も廊下側を気にしていなかった。

 勧夕はそのあと何度もバッドで殴り、天下井がケイレンしだしたのを確認すると、音楽室まで引きずる。そこには水がいっぱい入った掃除バケツがたくさんあった。


 雨漏りのため、用意していたバケツの数々だ。


 それが今、殺人に使われようとしていた。

 そう言えば、水が飲みたいって言っていたよね。なら、死ぬほど飲ませてやるよ、と勧夕は口を動かすと、躊躇なく天下井の頭をバケツに押し込めた。


 その勢いで、バケツの雨水の飲み込んでしまう、天下井。

 一つ目で殺す気はなかったのだろう。

 水が少なくなったのを確認すると、二つ目、三つ目と天下井の頭を押し込んでは、水を呑み込むまで繰り返す。


 口を開いた瞬間、バケツにつっこむので、天下井は何も声を発することは出来なかった。


 ゴボゴボと、吐きだした空気が水に溶け込む、濁った音がするのみ。


 雨水をため込んだバケツを使い終わった時には、天下井はまったく動かなくなった。


 死因は溺死。


 浅い溝の中や水たまりなどに顔面をつっこんで窒息死した場合も溺死になるので、水が気道内に吸引され、窒息によって死亡している以上、この死因で間違いはないだろう。


 勧夕は、バケツの中に頭をつっこませたまま、天下井義角の死体を音楽室に放置すると、教室に戻る。


 次なる犠牲者を求め、彼は戻ったのだ。

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