Track.9 明日に向けて
──時刻は
晩御飯や風呂などの日常的な生活を一通りこなすと、改めて、くろのみ町の地図を広げる。
「さて。どこから調査するか、だよね」
「くろのみ中学校に行きたいのはやまやまだけど、SNSを見る限り、キープアウトの黄色い規制テープが貼られたままだから、無理だと思う」
土砂崩れで校舎の大半を失った上に、無理心中事件の現場だからな。
物理的な危険度はもちろんのこと、精神的にも忌諱すべき場所、社会的にも立ち入り禁止されているという、あらゆる面で一般人が入り込むのは仕切りが高い。高すぎる。
「もし、入ることになるとしても、かなりポイントを絞らないと……」
商一、これは暗に法を破ろうということか。
こちらにはまじ全があるとはいえ……。いや、まじ全という摩訶不思議アイテムが通じるかわからない。
むしろ、対策をとっていないと言い切れるのか?
自分たちが持っている力は、不思議ではあるものの、他者が持っていないとは限らない。
むしろ、他者も同じような持っていると考えて、慎重に行動するべきだと思う。
それでなくても、このまじ全、俺たちの手元にある一冊だけとは限らない気がしてならない。
俺のこういう悪い感は当たりやすいからな。
自分だけが、自分たちがだけが、特別と思い込んで、警戒を怠り、何も考えずに突っ走るとだいたい痛い目に合うものだ。
自分が痛い目に合うだけならまだ自業自得と耐えられるものだが、舞生のこともある。
トパーズの俺には、ほぼ関係ないかもしれない。
でも、あの奏鳴さんのような可憐な少女を失うのは、このペリドット世界にとって大きな損失であり、俺が俺であり続けるための無くしてはいけないカギのようなものであるという気がしてならない。
こんなこと口に出したら、妄想がヒドイと非難されるだろう。だが、俺は確信に近いものを感じてしまっている。
だから、くろのみ町に同行したのだ。
危険だとわかっていても、進まなければいけないことがある。
どんなにショッキングなことでも、受け止めなければならないこともある。
だからかな。
「商一、俺は明日行く場所は、くろのみ墓場かくろのみ公民館……いや、ペリドット世界では建っていないのだったな。くろのみ集会所の二つのどちらかがいいと思う」
「集会所? そんなのあったのか」
「昔、この町の青年団の拠点だったらしいけど、青年団がある事情で解散してしまってから、誰も使用していなかったそうだよ」
そこら辺の事情はよくわからないが、公民館に遊びに行ったとき、遊び相手になってくれた年配のお嬢さん(七十代)からうっすら聞いたことがある。
「貧相なバラック小屋で、だましだまし使っていた場所だったって」
くろのみ図書館は休館。くろのみ町役場は水害復旧や無理心中事件もあって人の出入りが激しく、普段くろのみ町に住んでいない俺たちが行くには場違いだ。
それならまだ、墓参りと称して行きやすい墓場か、今は使われていない集会所に行ったほうが情報を抜きやすいだろう。
「ああ。あそこかい。もとは疎開してきた団体のための仮設住宅があった場所だったとか。確かに青年団が解散するまでは、集会所として使われていた場所だったね。補修も彼らが一手に担っていてね……。でも、あそこは、私有地のはず」
「私有地? 誰の?」
「う~ん。誰だったかねぇ……。橋上地区のお偉いさんの家系のモノだった気がするねぇ……」
無償で貸し与えていた場所だったのか。
「トパーズでは、混音市がその土地をお買い上げして、公民館を建てたってわけか」
詳しい事情は分からないけど、商一のこの意見はペリドットにくろのみ公民館が建ってない理由として、なんとなく納得できた。
「そうか、私有地か……私有地なのか」
「今色々とごたごたしているから、入るのは楽だろうけどね、鋼始郎」
もう商一は犯罪に手を染める覚悟を決めているよ。
バレなきゃ犯罪じゃないとか、境界線がわからなくてうっかり入ってしまった故意じゃないと言いくるめるとか、最悪捕まっても未成年だから少年Aで済むとか……。
そんな商一の心の声が手に取るぐらいわかる。
「……とりあえず、墓場から、行こうよ」
安全に情報を抜き取れる場所がそこしか思いつかなかった。
「あたしとしても、じぃさんに挨拶するのはいいと思う。よし、明日、くろのみ墓地に行こう」
「そうだね。じぃちゃんの墓参りも済ませられるし」
祖母からの賛成票はゲットした。
「墓場、か……」
商一はまだ悩んでいる。
自分一人だけでも集会所に行こうと考えているな。
土地勘もないのに。
あそこのまでの道のりは結構入り組んでいて、高くて大きな建物こと公民館を目印に進むからこそ、やっとたどり着けるっていう難所だぞ。
世界が違うから、そこまでじゃないかもしれないけど。道のりが変わらなかった場合、集会所なんて低い建物じゃ目印にならないだろう。
迷子になるぞ。
でも、そんなんじゃ説得できないだろう。ならば……。
「俺の世界の話になるけど、慰霊碑も建っていた。何の慰霊碑か、俺、知らないけど、こういう時、重要なポイントになるじゃないかな」
インターネット上に公開されている、くろのみ墓地の情報は少なかった。
公営墓地なので、菩提寺がないのが大きな要因であろう。
だからこそ、商一はくろのみ墓地には墓しかないと、少し勘違いしてる。
俺も普段は自分ちの大観家の墓にしか興味はないけど、くろのみ町は歴史や所縁を大切に残しており、慰霊碑もその一環の一つとして建てられていたはず。
そう、現地に行かないとわからない情報があるのだ。
「墓場には情報が眠っているっていうし。そこから当たってみるのもいいかもな」
まずはその慰霊碑を観察してからでも遅くはないかもしれない……と、商一は判断したようだ。
商一の目が眼鏡越しだというのに、メチャクチャ光っている。
やる気が出ているようでなによりだ。
「とにかく、明日はくろのみ墓場に行く。で……商一」
俺は、行先を決めたら、聞こうと思っていたことがある。
ペリドット世界の守曜丙の死はショックが強すぎて、途中で止まっていたこと。
無事目的地に到着し、一段落ついたのだ。
「舞生の異変と関連付けて調べたっていう、くろのみ中学校無理心中事件の資料、改めて見せてくれないか。俺の友、矢風友希帆も……死んでいる……」
「……気がついていたか、鋼始郎」
「パーキングエリアのテレビでくろのみ中学校無理心中事件は、在学生全員が死んでいるって、聞いたからな」
祖母の車のラジオは調整できたが、パーキングエリアにある情報媒体はそうはいかない。
新聞記事の一面にも少し載っていた。
「そりゃ、守曜丙が在学していたなら、矢風友希帆だって、くろのみ中学校に在学していたと仮定できるだろ」
弱々しい声しか出ねぇ。
覚悟を決めたはずなのに、別世界のことだと頭の中で言い聞かせてきたというのに、心が震えて仕方がない。
「怖い、悲しい……だけど、俺は知らなければならない」
「……鋼始郎。わかったけど、お前に倒れられると困るから、画像抜き、説明簡易版のほうのこちらの資料の方を受け取ってくれ」
昨日のうちにまとめたのか。
「ああ」
俺は商一の資料を受け取ると、目を通し……涙が溢れて止まらなくなった。
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