インテルメディオ エピソード4

 おまじないを試したら、平行世界の同一人物と入れ替わっていた。


 大観鋼始郎は不思議体験も怪奇現象も初心者だというのに、立て続けに深淵に巻き込まれている。


 情報過多で頭がパンクしそうなのだが、嘆いて何とかなる雰囲気ではないので、鋼始郎は心の中では泣き叫びながらも表に出さず、黙って親友の意見を聞き入れる。

 別世界の草商一でも、その生真面目さと情報を整理する分析能力は大して変わらなかったようで、本来なら絵を描くためにあるスケッチブックが、文字で埋め尽くされている。


 収集した情報を見えるように書きなぐっているソレだが、コレでもまとまっている方だ。実際、ここまでまとめるまで、三枚ほど犠牲になった。


 なお、犠牲になった用紙は破られ、床に散らばっている。ゴミ箱に直行しなかった理由は、もしかしたら、また文章化するとき見直すかもしれないと、まだまだ兼ね合いと調整が必要なのである。


「で、ペリドット鋼始郎」

 奇しくも、同じ発想まで至った、トパーズ世界の彼ら。


 平行世界といっても、極端に性格が変わるものではないらしく、本質はもちろんのこと環境も似たり寄ったり。


 ただし、決定的に違うところを優先して情報回収していたこともあって、ペリドットの彼らよりも荒れることはなかった。


 スタート地点が、平穏な日常と不穏な非日常という違いもあるので、トパーズ商一が特別に優秀だったわけではないだろう。


「君たちがくろのみ町に行こうとしたわけがわかった。ボクからすれば、親戚の墓参りに行く程度だから、そんな決死の覚悟で行く気は全くない」

「草って名字からある程度予想していたけど……したがき商奈あきなは、親戚だったのか」


 草商奈。

 くろのみ中学校無理心中事件の被害者の一人。

 ネット情報によると、放送室で血を抜かれて死んだ女子中学生。その体は細いストロー状の何かを、首筋、背中、胸、太ももなどに何本も刺され、大動脈まで貫かれたそうだ。


 最終的に青白くなった草商奈の体に、いくつもの赤いの管が生えていたような死体となった。


 死ぬまで暴れたのか、管から流れ落ちたと思われる朱色の雫によって、紫色だった唇は染まり、ソコだけは生前と大差のない艶やかさがあったという。

 そのギャップが、ネクロフィリアたちの心をつかんで離さなかったようで、画像が大量に出回っているとか。


 なんでそんなものがネットの海の中にあるのかというと、犯人の勧夕稚羽雄のせいである。己以外の死体の画像を、死ぬ間際にいろいろなサイトに載せたのだ。


 救助隊が二次災害を警戒して現場に行けなかった数時間であるものの、基地局のほうは無事で、ネット通信は可能だったそうだ。


 先に死んだ守曜丙の落書きされた死体をネット掲示板に掲載したのも、稚羽雄だと認識されたのは言うまでもない。



「ボクは正直商奈のことを知らないよ。なんたって、このトパーズ世界では、生まれる前に死んでいるからね」

 商一はインターネットにある自然災害をまとめたサイトの一記事を見せる。


 黄魁川の氾濫。


 十数年前の水害だ。


「こんな水害があったのか……」

「この水害がペリドットでもあったかどうかも疑問だが、くろのみ町に住んだことがないペリドット鋼始郎では、興味ないから調べていないだけかもしれないな」


 少なくてもトパーズ世界ではこの水害で、くろのみ町の住民が数名亡くなっている。

 有力者一族が集う、橋上地区にいる人間の死亡者は特に多い。


「ここで、商奈の両親と思わる人物が死んでいる。草家は子どもに『商』という文字を入れるのが通例らしくてね。くろのみ町のほうもそうだと思う」

「思う?」


「正直宗家のこと知らないから。ずいぶん前にくろのみ町から移転して、違う地にいるらしけど」

 ずいぶん前といっているが、半世紀以上前なのだろうなと、鋼始郎は思った。


 やたらに年数があるのは、古い家にはよくあることである。


「ボクも爺さんがそういう由来でボクの名を名付けたという事しか知らない。親戚だったというのも、死んでいるから知らされているというほうが正しいかもな。もしもの時の墓管理要員として」


「あらら」


「ボクは宗家とあまり接点がないから。祖父はそれなりにつながりがある話をしていたけど、ボクにとっては他人だな」


 関りがない親戚は他人同然なのである。


「ペリドット世界のボクに至っては、遠いご先祖様が住んでいた町としか認識ないかもね。商というのも、偶然の一致としか思っていないかも」


 いくら同じ名字でも、平民苗字必称義務令の時に適当につけてもらった可能性もあるので、全くの赤の他人だったというのも十分あり得る。


 事実かどうか定かではないが、明治当時、有名武将の名字を書いた紙を箱に入れて、シャッフル、そしてくじ引き。由来のくそもない運要素が高い方法で決めた地域もあったという、ウワサがあるぐらいだ。


 山一つ越えりゃ、有力者の名字を使っても、大きな問題になりゃしないだろう。


 くろのみ町という共通点があったとしても、年月が年月なだけに、たまたまくろのみ町に引っ越してきた、出ていった、草という名字の人だって考えられる。


 名字が、絶対的な血縁者であるという証明にはならない。


「ま、そんな水害があったからこそ、混音市と統合した折に、周りの建築物の耐久性を調べたり、ハザードマップを見直したり、大幅な改修工事に新たな避難所の建築があったわけだ」


 補助金などの大人の話は調べていないが、だいたい混音市と合併したことで災害対策を重視するようになったのが、正解に近いだろう。


 商一は調べた結果出てきた、自分の意見をスラスラと述べる。


「だから、くろのみ小学校は廃校になった。くろのみ中学校と名を変え使用続けなかった」

 このタイミングでクリックしたのは、鋼始郎のパソコンに送られてきた守曜丙のメール。


 同一人物だろうと平行世界から来た、別人のペリドット鋼始郎に見せるのはもちろんのこと、接点のない商一も見るのは、本来マナー違反、プライバシーの侵害なのだが、緊急事態ということで目をつむって欲しい。


「くろのみ小学校の解体工事のお知らせか」

「添付ファイルも充実していて、大変わかりやすい。いいメールだよ」


 鋼始郎は、分析系男子と仲良くなりやすいようだ。


「で、このくろのみ小学校解体工事直前に大きな催しをするようでね。ボクたちは矢風さんと一緒にくろのみ町に行って、その行事に参加しようという話になったわけだ」


 矢風奏鳴は現役大学生とはいえ、成人している女性なので、保護者代わりにはピッタリだ。


 男子中学生だけで、いくら鋼始郎に土地勘があっても、他県のくろのみ町、もとい、トパーズ世界でいうところの、混音市黄魁町に旅行するなんて許されるわけがない。

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