インテルメディオ エピソード5

「それでトパーズ世界の俺は、奏鳴さんにいい格好がしたくて、この本にあるおまじない【シュウセンの祈り】の試してみたってことか」

「共通の話題作りのためでもあるけどな」


 鋼始郎はおまじないの本をじっと見る。ペリドット世界と比べて保存状態がよかったのか、表紙の文字がくっきりと読める。


 【決定版 色とりどり おまじない 大全】


「俺の世界では、この『色とりどり』のところが丁度日に焼けしていたのか、消えていて、読めなかったな……」

 この違いが何の影響があるか、現時点わからない。


「そっか。ページ数や内容は問題なかったか?」

「ごめん。全部は把握してない」


 限られた時間の中で、目次で目についたモノを、藁にも縋る思いで試しただけの鋼始郎では、今から間違い探しをしろというのは無理だろう。


「んん~。そろそろ手づまりってところか」

 商一は寝っ転がって、だらけ始めている。

 ……かのように見えるが、散らばしたスケッチブックのページを見ては、その目は眼鏡越しでも鋭く光っている。まだまだ考察の余地ありというような真剣な表情している。


 鋼始郎への質問内容を練っているということか。


 アプローチを変えるためにも、今はグルグルと頭の中の個室で回っている言葉をかき集めて文章化する作業に、集中したくなったようだ。


「とにかく、このままでは鋼始郎をもとの世界に戻すことも、取り戻すことも出来ないだろうよ」

「そりゃ、そうだね……」

 商一は一番鋼始郎が認めたくなかった事実をあっさりと述べる。

 きつい現実に鋼始郎の心は凍るような冷たさを感じた。


「そういうことで、ボクがフォローするから、明日、予定通り混音市に行くよ。いいな、鋼始郎」

「え!」

 くろのみ町に行く予定だった鋼始郎ではあるものの、別世界で移動するとは思ってもみなかった。


 むしろ、この異変で、旅行は取りやめになるのではないかと思っていたぐらいだ。


 商一は鋼始郎のその考えを真っ向から否定してきた。

 真意がわからないと、鋼始郎は驚く。


「悪いとは思うよ、ペリドット鋼始郎。だけど、万が一戻れなかったら、ペリドット鋼始郎はトパーズ鋼始郎として、ここで生きていかなければならない。なら、鋼始郎にとってあり得ない行動をとるのはまずい。極力避けるべきだ」


 この商一の言葉によって、旅行どころじゃないだろうという言葉を、ペリドット鋼始郎は飲み込んだ。


 仮病を使って旅行を中止するほうが、鋼始郎的にはあり得ないのだ。


 現時点ペリドット鋼始郎は、トパーズ鋼始郎の代役を務めなければならない。

 これが、現実だ。


「奏鳴さんを口説くまでやれと言っているわけじゃない。予定通り旅行して、夏の思い出を作る。それだけだ」


 平穏な日常を享受している、トパーズ鋼始郎らしく振舞うのが、ペリドット鋼始郎の今後の行動指針だ。


「簡単に言ってくれるけど、曜丙のこと、どうする気だよ。一年以上会ってなくても、友だちだろ?」

 ペリドット鋼始郎にしてみれば、顔だけ知っている他者だ。


 しかも、死体として。


 正直、悲鳴をあげないでやり過ごすだけでも気が重い。

 この世界の曜丙は生者だから、顔色がよく生き生きしていているだろうが、絡みづらい。


「いや、仮にばったり会っても、明日は軽くあいさつする程度だな。もともとその予定だったし」

「あ~。久しぶりに帰ってきた当日に遊ぶ予定を入れるわけないか」


 明日は長距離移動したばかりだし、宿泊地に荷物を置いて、片付けながらも、旅の疲れをいやすのがメインだ。

 移動という一仕事を終えたら、まず寝て、身も心もリフレッシュするのが、これからの長期滞在への活力となる。


「久しぶりのばぁちゃんの家だとか、鋼始郎が言っていたからね。掃除しがいがあると思うよ」

「少なくても、この催しの日までは粘れるわけか」

 旅行の目的の一つである大事なこの日は、くろのみ小学校に午前十時集合となっている。


「この日まで何とかならなかったら、後は流れで何とかするしかないけどな。鋼始郎がいい感じに、ペリドット世界で起きているという怪異を解決して、トパーズ世界に戻ってくることを祈るしかないよ」


 商一は自分たちが出来ることはやるしかないとは思うが、ここまでしか出来ないのではないかと暗に示す。


「はぁ。こんなことになるなら、おまじないを試すんじゃなかったなぁ。会ったことない、俺。頑張ってくれ」

 世界が違う自分に責任を押し付けちゃったようなものだと、鋼始郎はしょげる。


「少しでもトパーズ鋼始郎に悪いことしたなと思ったら、演技と掃除をガンバレ、ペリドット鋼始郎」

「ああ、ピッカピッカに、見違えるほどキレイにしてやろうじゃねぇか」

 こうして、ペリドット鋼始郎はトパーズ鋼始郎の身代わりになることを快諾したのだった。





 ……ちなみに懸念していた守曜丙のことなのだが──くろのみ小学校解体直前のイベントで、混音北中学校の吹奏楽部が演奏する項目があって──吹奏楽部に所属している彼は、演奏の練習のため、催しが終わるまでは、鋼始郎と遊ぶ時間がないことが判明。


 一応、そのことは旅行前日にスマホのメールにしたためていたそうだが、ペリドット鋼始郎のスマホにはそのメールが届いていなかった。


 そこで、商一も試しに鋼始郎のスマホに電話を掛けてみると、おかけになった電話番号は電源が入っていないか電波が届かないところにあるためかかりません、というアナウンスがかかって繋がらなかった。


 どうやら、平行世界から一緒に来たペリドット鋼始郎のスマホは、トパーズ世界の受信機と通信し合えないようだ。


 混音市に到着するまで全く考えられなかった事態。


 一応この場は、鋼始郎のスマホが故障したと切り抜けるのだが……ますますペリドット世界に飛ばされた鋼始郎が心配になる。








「無事に帰ってきてくれよ、鋼始郎……」


 草商一は誰にも聞かれないように、空を見上げてそう呟く。


 見上げた夜空に浮かぶのは、小望月こもちづき

 まだ部分的に陰りがある、翌日に満月(十五夜)を控えた十四の夜の月。


 親友の帰還を待ち遠しく思う今、これほど相応しい夜空はあるだろうか。


 むしろ、こういう天気だからこそ、余計に待ち遠しいのかもしれない。


 商一は月の光に照らされたコップ一杯の水を飲み干す。


 その傍らには【決定版 色とりどり おまじない 大全】という分厚い本が静かに佇んでいた。

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