Track.3 聖痕?
「呑み込みが早いことには助かったよ。で、これが、舞生が入院してから起きてきた怪異と、これから向かうくろのみ町の資料だ」
「くろのみ町、だって……?」
「ああ。詳しいことは資料にあるけど、舞生の蝕む怪異は、ボクたちのルーツにあるくろのみ町が原因じゃないかってことで、乗り込もうと思っている」
俺は、くろのみ町って、混音市と統合しているその地名はなくなっているんじゃ……という言葉を呑み込む。
そうだ、ここはパラレルワールド。
混音市とまだ統合していない、もしくはしない世界線の可能性があるのだ。
情報をすり合わせるとしても、この資料を読んでからでも遅くない。
俺は一ページ目の舞生入院記録に目を通す。
昏々と眠り続けている舞生。
その姿は、不謹慎だが美しい方だと思った。奏鳴さんほどじゃないけどな。あと、机の上の溌剌とした彼女の方が好みだ。
単純に病人としては、整っているな程度である。
こんなにも華麗な少女なのだ。初めてその姿を見た俺でも、一刻も早く、動いて笑っている姿を見てみたいという気持ちにはなる。
「聖痕……?」
舞生の右腕の素肌に浮かび上がるのは、よくわからない痕。
形容としては、蛇や縄のような何か長い形状がとぐろを作っている、縄文土器の模様に限りなく近い、不気味なものだ。
そんな痕が、全く動かない舞生の体に時折現れては、通常ひたすら静かに眠るだけの彼女に痛みを与え、悶絶させるらしい。
「本来の意味はキリスト受難の傷痕が信徒の体の種々の部位に現れること、だけどさ、ただの痕じゃないから、この言葉を使っている」
医学的治療によって治すことができない。
周期的に出現し、消滅する。
その意味合いから、ペリドット商一は怪異と断定しつつも、聖痕という名称を使っているらしい。
「昏睡状態で浮かび上がってくるから聖痕か」
「この聖痕のせいで舞生は寝たきりなのではないかと、ボクたちは踏んでいる。そして、くろのみ町に行く理由については……」
「次のページってことだな」
俺は一枚めくると、その写真にゾッとした。
精神的な嫌悪感と言うべきか、拒否というべきか。
信じられない、信じたくないものが写っていた。
疑問はたくさんあったが、負の感情が全てを吹き飛ばす。
あまりのショックで急激に体温が下がった気がする。力も急激に抜けて、せっかく商一がまとめてくれた資料を床に落としてしまった。
「トパーズ鋼始郎? あ、ごめん。鋼始郎だから死体をいきなり見せても大丈夫だと思い込んでいたよ。そうだよな、いくらモノクロでも、きついモノがあるよね」
商一の言う通り、写っていたのは死体だ。
どこかの雑誌や書籍から切り貼りしたのか、ネットからもってきたのか、出典がわからないが、そんなことどうでもいい。
問題はこの死体に見覚えがあること。
「なんで、曜丙が死んでいるんだよ!」
くろのみ小学校自体の友人が、素っ裸で、変な縄模様を描かれ、死んでいる姿だった。
あんなにいい奴なのに、なんでここまで惨い死体になっているのか。
悪趣味な合成写真じゃないと直感してしまった俺は、同時に凄まじい冷気が心臓を絡めとるように覆いつくしたのではないかと、錯覚してしまうぐらいの悪寒と激痛を感じた。
「え、知り合いなのか?」
「……商一、俺、トイレに籠ってくる」
吐き気がする。
今にも暴走しそうな不安定な精神を意地で押し込め、便器まで駆け込むと、思いっきり吐き出した。
とりあえず、今日の朝の分は空っぽになるだろうなと、どこか頭の中の冷静な部分が判断しているのを他人事のように考えながら、俺はこみあがってくる感情と一緒に嘔吐。
酸っぱい臭いでいっぱいになったトイレの中で、一人項垂れた。
「くそ、なんだ、この世界……」
粗方吐き終えたからか、顔色は悪いままだが、脳がアドレナリンが大量分泌しているようで、冴えてきたような気がする。
「大丈夫じゃなさそうだけど、とりあえず言っておく、生きているか?」
「生きているよ。ショックから立ち直った気はしないけど」
でも、くろのみ町に行く理由はわかった。
「まだ精神が落ち着かないからこれ以上資料は読めない。だから俺の事情の方を先に話させてもらうよ」
あんな惨い曜丙の変わり果てた姿を受け入れるには、時間が必要だ。
世界線が違うといえども、だ。
心が拒否している。
「こちらとしてはそれは願ったり叶ったりだけど、本当に大丈夫か、トパーズ鋼始郎」
商一は俺のベッドを指さす。
寝て落ち着けということか。
「最終的には寝かせてもらうとしても、その前に商一に聞いてもらいたいことがある。俺は、小学二年生から赤武中学校に来るまで、くろのみ町のくろのみ小学校に通っていた」
「つまり、トパーズ鋼始郎はくろのみ町に対して土地勘があるのか」
「ああ。ただし、ペリドット世界のくろのみ町と俺の知っているくろのみ町は同じだとは限らない。現にくろのみ中学校という学校はなかった」
ペリドット世界の曜丙が死んだ場所。
俺はそんな中学校なんか知らない。
そもそも、くろのみ町には中学校はなかった。統合した混音市にある、混音北中学校に行くのが通常のはず。
曜丙の全裸死体が目立つ資料だったが、在学時の顔写真もあったからこそ、確信を持って話せる。
そう、この貧相な学ラン姿の曜丙。
混音北中学校の制服はシックなデザインの紺色のブレザーだ。左胸のパッチポケットに刺繍されたエンブレムは混音北中学校の校章。それらすべて卒業式で確認済みだ。
間違っても、時代錯誤の田舎特有の貧弱芋学ランじゃない。
俺にしてみれば、なんで曜丙が学ランを着ていたのかの方が、謎だったよ!
学校が違うなら、納得だけどな!
「曜丙と出会ったのは、俺が小学五年生だったとき。もう一人の友人矢風友希帆と一緒に、くろのみ小学校に転校してきた」
「……そうか」
商一がコップ一杯の麦茶を差し出してきた。
ゲーゲー吐いていたからなぁ、丁度水分が欲しかった俺は迷わず手に取り、ゴクリと飲み干す。
ぬるかったが、体調の悪い体にはゆったりと心地よく染みわたっていく。
程よい感じであった。
「ちなみに、他に友だちいたか、トパーズ鋼始郎?」
「後はばぁちゃん経由の年上の人たちかな? 友だちというよりも孫扱いだけど」
果たして友だちと言えるのか。
賛否両論型のディスカッションが起きそうだよ。
「まぁ、小学校時代はほとんど強制ぼっち生活だったからな。俺、曜丙、友希帆と三人しかいない学校だったから、必然的にこの二人しか友だちがいなかったよ」
あんな田舎じゃぁ、コレが限界だったよ。
けして寂しい学校生活だったね、って言わないでくれ商一。
空しくなる。
「ふ~ん……」
商一が腕を組んで考え始める。
なんか、俺、余計なこと言っちゃたかなっとも思ったけど、このタイミングでアドレナリンが切れてしまったようで、急激に具合が悪くなる。
しんどい。
これはもうベッドに入って、いったん休んだほうがいいだろう。
「ごめん、商一。俺一旦寝るわ。おやすみ」
できれば祖母と言葉を交わしておきたかったが、もう限界だ。
体調を整えるためにも眠ろう。
俺はベッドの上に寝っ転がって布団の中に潜る。
寝慣れたマイベッドだ。
世界は違っても寝心地のよさは変わらないらしい。
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