インテルメディオ エピソード2


商一しょういち、どうした?」

 

 別段問題ない時間帯なのだが、この時鋼始郎は嫌な予感がしていた。

 このジメジメした天気のせいで気分が悪いなんて、ちゃっちな理由ではない。


 鋼始郎の人よりも少し発達している第六感が、不吉だと囁くのだ。

 だが、この件に関わらなければ、絶対後悔するというのも教えてくれた。

 鋼始郎に迷いを失わせるに十分な動機がココに決定づけられる。


「大変だよ、鋼始郎! 永業えいごうが、永業えいごう舞生まおが倒れた!」


「なんだって!」


 永業舞生とは、一つ下の後輩で、愛らしい美少女だ。

 その出会いは近所の公園。幼い時は男と間違えて弟分的存在だった。

 後に性別が明らかになり、妹的な存在へと変更。恋心を自覚した現在は片思い中の大切な人へとチェンジしたのだ。


 その秘密は商一にバレている。


 むしろ、本人たち以外は知っている、公然の秘密だったりする。


 微笑ましくて、周りの人たちが目を細めて笑顔で見守っているのを、鋼始郎はまだ知らない。



「今、赤武病院に運ばれた! 永業の親父さんとお袋さんのスマホが繋がらないから、困っている。うちの親も出張中だから、頼れない。こうなったら、鋼始郎のばぁちゃんが頼りだ!」

 電話の相手である商一はかなり混乱しているらしく、落ち着かせるためにも頼れる大人が必要なのが、理解できた。


 長い付き合いもあっても、家族ぐるみで仲がよく、友好的な関係を築いている者同士。

 頼られていること自体は面倒だと思うよりも、うれしいし、誇らしい。だけど、内容が内容なので喜べないし、不穏だ。


 鋼始郎は冷や汗が出るのを感じた。

「わ、わかった、商一。今、ばぁちゃんに、電話を変える。ばぁちゃん、ばぁちゃん、助けて!」


 鋼始郎は、畳の自室にいるであろう祖母に叫びながら、大慌てで向かった。


 大観おおみ照乃てるの、御年六十七歳。


 第一印象は、総白髪の、人のよさそうな笑顔を絶やさない、理想的な老い方をしたご年配といったところか。

 髪型は一つ結びではあるものの、髪いじりが好きなので、指先のトレーニングを兼ねて、ちょっと凝ったヘアーアレンジで、お茶目なところをアピール。


 趣味は民俗学とオカルト。物知りで行動力のある、頼りになる鋼始郎自慢のばぁちゃんだ。


「どうしたんだい、鋼始郎。そんなに慌てて」

 照乃は丁度本を読み終えていたらしく、本棚に片付けようとしていた。


 ちなみにこの時の本の題名は『本日のおかず百選』。この後も何気ない日常が続いていたのなら、夕飯を期待していただろう。


「詳しいことは商一に聞いてくれ。俺は準備する」

 鋼始郎は有無も言わさず、照乃の皺くちゃの手に自身のスアホを握らせると、車のカギと財布、飲み物や軽めのお菓子を用意しだす。


 照乃は車を運転するのが嫌いではない。ただし、その前に軽く菓子を食べて、脳に栄養を行き渡らせ、集中力を高めるのが常だ。


「さらにメモ帳を入れて……後は現地調達かな」

 商一はもちろんのこと、病院に運ばれた舞生は気になる。

 だけど、具体的に病室で用意しなければならないものは何かと問われれば、鋼始郎には想像しきれなかった。


 病院によっては、衣服やタオルなど入院生活に必要なものを日額定額制でレンタルしている場合もあるので、下手なものは持っていけない。


 そもそも何が原因で入院しているかわからない。


 保護者代理として顔を出し、商一を回収するため、赤武病院に行くつもりなのだから、これ以上の荷物は野暮なのかもしれない。


 そんなお出かけセットを手ごろなバックに詰め終わった時には、照乃は外行きの格好をして鋼始郎の目の前に現れた。


「鋼始郎、準備できているかい」

「ああ、ばぁちゃん。この通り、俺はいつでもオッケーだよ」

 見苦しくない程度の体裁を整えた大観一行は、車で赤武病院へと向かった。






 ──赤武病院。

「うわぁああん、鋼始郎、照乃ばぁちゃん!」

 草商一は眼鏡の真面目系委員長タイプイケメンとして、校内にはそれなりにファンがいるほどの美形のなのだが、ただいまそのイケメンが台無しになるくらい動揺し、感情を爆発させている。


 公園デビューからお世話になっている、頼りになる年配の方代表の大観照乃の姿を見るなり、安堵の表情を見せつつも、我慢していた涙を滝のように流した。


「よしよし。よく頑張ったねぇ、商一」

 照乃は優しく商一を抱きしめると、頭を撫でる。


「怖かったんだねぇ。でも、よく我慢してここまで頑張れたね。後は、大人に任せな」


「そうだな。商一、よくやったよ。すげぇよ」

 鋼始郎とて、いろいろ思う所はある。


 だが、商一を恨むことはない。それでなくても、昔から馴染みのある後輩が昏倒したところに居合わせたのだから、不安で仕方がなかったのだろう。


 救急車に搭乗し病院までやってきたのも、責任感に従ったからなのか。

 ここまでの経緯を軽くに考えても、よくぞここまで重圧に耐えられたと素直に称賛するしかない。


 幼馴染としても、人としても、誇らしい親友だ。


「ひっぐ、ひっぐ……」

 商一は中学生と言えども、まだ庇護が必要な子どもだ。


 家庭の事情で一人になることが多いが、甘えたがりの面もある。


 照乃はそんな商一の性分を理解している。


 必要以上に構うこともちやほやすることもないが、理由があるときはこうして慰めてくれるのだ。

 他人の子であっても、鋼始郎の幼馴染であり親友である商一は、照乃の中では身内同然だ。


 もちろん、この先でこん睡状態に陥った舞生にも同じようなことが言える。


「ちょっと、看護師さん。先ほどやっと永業の親御さんと連絡が取れたんだけど、まだここに来れそうにないようでね。来るまで、このお嬢さんを見守っていて欲しいとお願いされたんだけど、このままここに居てもいいかい」


「はい、どうぞ」


 報告が行き届いていたのか、それとも照乃の人柄の良さが功を奏したのか。一行はこのまま舞生がいる個室で待つことが許された。


 まだ落ち着かない商一は照乃に任せ、鋼始郎は舞生の様子を伺う。


 まるで、眠り姫のように眠る、舞生。

 規則的な寝息を立てているところには安堵を覚えるが、鋼始郎の第六感は未だに警告音を響かせている。


 ナニカが起きている。


 ナニカが起きてしまっている。


 ドロドロとした得体の知れないナニカが、舞生の、そして鋼始郎の平穏を壊そうと画策している。


「んっ、くぅ、うぅぅ……」

 目に見える異変が起きたのは、このタイミングだった。


 舞生の顔が苦痛に歪む。

 同時に起こるのは異変。


「なんだよ……これ……」


 舞生の素肌に浮き上がるのは痣。


 痣が濃くなればなるほど、舞生の体力を奪うのか、呼吸音もひどくなっていく。白いシーツには脂汗が滲む。

 目の前で異常な現象が起きているのだと、いやというほど思い知らされる。

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